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1. サツマ芋

     医学博士 遠藤 仁郎 

    サツマ芋白  米
    熱 量118342
    蛋白質  1.3  6.4
    カルシウム 24  6
     33160
    ビタミンA 10 ※  0
    ビタミンB1  0.15  0.10
    ビタミンB2  0.04  0.04
    ビタミンC 30  0
    ※ カロチン芋では1000〜4000
     サツマ芋はよい熱量食品ですが、もちろん、その熱は米麦にくらべるとずっと少いものです。それは水分が多いからです。蛋白質も相当あり、質的にも穀類と大差はありません。しかしアルカリにとみ、ビタミンBとのバランスの点では、はるかにまさっています。カルシウムは24ミリグラムで、穀類にくらべ著しく多くあります(白米では僅か6ミリグラム)。そしてカルシウム対燐の比もよろしい(この比は1:1‐2が理想的とされていますが、サツマ芋では1:1.38、白米では1:26.7)。また熱量の割にビタミンB1の多いことは、さらに注目すべきです。芋の熱量は、ほとんど糖質(澱粉と糖類)と蛋白質によるものですが、これらの1カロリーについてB1は1ガンマ(千分の1ミリグラム)あればよいのです。それが、なんとサツマ芋では1.27ガンマもあるのですから、よほどの余祐があるわけです。なおビタミンCのあること、カロチン芋ではAにもとんでいます(ふつうの白い芋では僅か10単位にすぎませんが、カロチン芋では、色の濃さによって1000から4000単位、あるいはそれ以上のものもあります)。

     こうした諸要素のそろっていることは、主食品としては比類をみぬところでありまして、栄養バランスの上からいえば、穀類はもとより、豆類よりもさらにすぐれた食品というべきであります。ですから芋を主食にすれば、少くとも邦食欠陥の一つであるビタミン類(ABC)の不足は大いに緩和されます。
     また、今一つよいことは満腹価の大きいこと。つまり、すぐに腹にこたえ、適当な副食物なしには、とても充分には食べられない。このことも完全食を得やすくするのに重要なことです。
     このようにいろいろの点で邦食の改善に有利な性質をもっており、またそれだけに、穀食にくらべ刺戟性も少いと考えられるので、私はこのんで腎臓炎、高血圧、糖尿病、その他の治療食に応用しています、病体の負担をかるくすることにかなり役立つように感じられます。

     かように栄養上すぐれている上に、味はよし(嗜好の差はありますが)、収穫は多く、価も安いのですから、もっともっと利用すべきものであると思います。もっとも芋ばかりを主食にすることは特別の場合(芋地方あるいはある種の病気のばあいなど)に限られ一般には無理でもありましょうが、一日一食くらいを芋にすることは、さほど困難ではないでしょう。
     芋飯などそのよい例で、芋と米と同量を飯にたくとすると、カルシウム:燐の比は1:6.43、1カロリー当りのB1は0.54ガンマ(白米では0.29ガンマ)となり、そのバランスは白米飯よりは、ずっとよくなりますから、その害も少くなります。小麦粉の衣をきせたテンプラ、アワテ餅(生芋をアンに入れた小麦粉団子)も同じです。そのほか、蒸したり、焼いたり、から揚げしたり、あるいは汁の実にするなど食べ方はいくらでもあります。
     寒さに弱い欠点はありますが、適当な貯蔵法を講ずるのもよいし、乾燥しても良いでしょう。少し手はかかりますが蒸し芋を乾したカンコロも重宝ですし、切り乾しした芋粉は、そのまま、あるいは小麦粉、ソバ粉、その他の粉と混ぜて、用途はすこぶる広い。しかし、利用法はどうであろうとも、ともかく、芋は主食品。米麦と同格のもので、ふつう一般にやられているような副食とすべきものでないこと、そして適当な蛋白質食品と、充分な野菜ことに緑葉類を配してはじめて完全食となるものであることは、よく心得ていなければなりません。
     いずれにしても、現在、このすぐれた芋が食糧として用いられているのは、ほんの少量にとどまり、大部分は家畜の飼料、あるいは澱粉原料にしか利用されておらず、いたずらに腐敗するにまかされているものが少くないというのは、まことに勿体ないことです。




2. 大根のひとりごと(1)―葉っぱの方もお忘れなく―

     友成 左近 

     オレたちの仲間には、いろいろなのがあるが、人間どもは、あまりよく知ってはいないようだ。オレたちの世話をしている連中は、わりあいよく知っているが、食べてばかりいる連中ときたら、サッパリ知っていない。
     細長いダイコン以外に、太くて短かいショウゴインやバカでかいのはサクラジマといった仲間があることを知っている程度だ。せいぜい、夏とか秋とか時なしとか、ハツカ、といった区別があることや、オレたちの遠縁にカブがあることぐらいだ。それはマア仕方がない。オレたちは、人間どもに、食べてもらう以外に用がないらしいから、もっとくわしく知ってほしいと望むのはムリであろう。

     いったい、オレたちは、生きていく力はバカに強いのだが、残念ながら働きまわって生きていくことができない。日照りが続いて水がかれてきたり、ジャマものにさえぎられてお日様と仲よくできなくなったり、土の中によい食べ物が乏しくなったり、害虫ッてヤツがやってきたりすると、いかに生命力が強いオレたちも、さすがに閉口する。
     そこを、人間どもがうまく世話をしてくれるので、ありがたいと思わねばなるまい。ジツパひとからげにダイコンと呼ばれても、ガマンしよう。

    安ッぽくみているらしい
     ところで、この頃、ちょっとガマンしかねることがある。人間どもがオレたちの世話をするのは、食べるためらしいが、どうもオレたちの値打をトクと心得ていないようだ。モドカシくて仕方がない。人間どもがオレたちを食べるのは、オレたちの生命力がバカに強いからであるらしいが、オレたちのどの辺に生命力が沢山あるのか、カンちがいしているようだ。
     オレたちの生命力の大部分は、緑色をした葉ッぱのところにあるのだが、そこンところを、よく心得ていないようだ。根ッこばかり食べて、葉ッぱはゴミ箱やタンボにすてたり、ニワトリやブタやウシにやっている。
     そして、下手クソな役者をダイコンと呼んだり、ダイコンといえば、とかく値打の少ないものの代名詞にして、いかにもオレたちを安ッぽくみているらしい。
     コイツァ人間どもにもお気の毒だが、オレたちにもいささか心配の種だ。
     値打が少ないとみると、大切に世話をしないのが、人間どものクセだからナア。オレたちの仲間にカキバダイコンというヤツがいるが、この頃では、もう殆んど人間どもに忘れられている。
     コイツは、葉ッぱをヤタラに沢山もったバカに生命力の強いヤツなのだが、根ッこが小さいかららしい。だが幸い。一部の人間どもが、ニワトリやウシにくわせるため、お粗末ながら世話をしているので、死にたえなくてすんでいる。
     けれども、それほど葉ッぱの多くない仲間は、いささか先行き不安である。

    値打をよく知ってほしい
     だが、人間どものやり方をよく調べてみると、そう心配しなくてもよかろう。オレたちの値打をよく心得ている人間どももいる。人間どもは、食べ物の値打をよく調べて、食品成分表ッてものを作っているが、そこにオレたちの値打がちゃんと出ている。
     人間どもは、食べ物の値打を栄養価と呼んでいる。そして、オレたちの生命力を、熱量とか蛋白質とかミネラルとかビタミンといった栄養素にわけ、これらをさらに細かくわけて、オレたちにどれ位含まれているか数量を示している。
     まだ十二分に知りつくしてはいないようだが、これ位でも知っている連中がいるのでマアマア安心もできる。あまり細かくオレたちの値打を宣伝すると、食ってばかりいる連中はメンドウぐさがるので、要点だけ簡単にいうと、こうなっている。よく心得て、これからオレたちを、あまり安ッぽくみないようにしてほしい。

    (つづく)




3. 大根のひとりごと(2)―葉っぱの方もおいしいよ―

     友成 左近 

     この前いったことで、オレたちの値打が、根ッこばかりでなく葉ッぱにもあること、いや葉ッぱの方にウンと沢山あることが、よく分かってくれただろう、これからは、もう「ダイコン、ダイコン」と、あんまり安ッぽくみられないようになるだろう、と思う。
     だが、まだ気がかりなことがある。
     根ッこはともかく、葉ッぱは「まずくて食えない」と思っている連中が意外に多いからだ。

    まずいといわれても値打は変わらない
     人間どもは、ものを食うとき「うまいとか、まずいとか」いって、うまいものばかり食いたがるクセがある。
     これは、オレたちともおンなしだが、どんなものが「うまいか、まずいか」見分けるところが、ちがっている。
     オレたちは、生まれつき「値打のあるものはうまい。値打のないものはまずい」と間違いなく見分けがつく。
     大きくなってもボケはしない。
     人間どもは、この点、至ってダラシがないらしい。
     小さい時から「うまいもの、まずいもの」と教えこまれて、やっと見分けがつくようになる。
     ところが、この「うまいもの、まずいもの」というのが、いささかあやしい。
     だいいち人間どもが「うまい」といっているものに案外値打のないものもあり、「まずい」ときめているものにも、大いに値打のあるものがある。
     いったい「値打のある、なし」は物の本性で、人間どもが、「うまいとか、まずいとか」いっても、別に変わるものではない。
     事実、オレたちの葉ッぱは「まずくて食えない」ときめてかかっている連中が多いのに、前にもいったように、大いに値打がある通りだ。
     人間どもが食っている最も値打のあるものに、少しもヒケはとらない。

    葉ッぱの方もうまいはず
     オレたちの間では「値打のあるものはうまい」ということになっている。
     これは真実だと思う。オレたちは値打がある。
     だから、うまいはずだ。とくに葉ッぱの方は格別うまいはずなのだ。
     事実、昔の人間どもはみんなほんとに、うまそうに食っていたそうだ。
     ニワトリやウシを見給え。他にどんなものがあっても、まずオレたちを、葉ッぱの方から、うまそうに食ってくれる。
     葉ッぱをしっかり食ったやつは至って元気がよい。
     卵をよく産む。乳を沢山出す。ちょっとやそっとでは病気にかからない。
     だのに、この頃の人間どもには、オレたちを、そう「うまいもの」とは思わず、とくに葉ッぱの方は「まずくて食えない」ものときめてかかっている連中が多い。
     下手な食い方をしてオレたちのピリッとカライところや毛ばだちが気にさわった連中ときたら、いつまでたっても「食えないもの」ときめこんでいる。
     オレたちを、とくに葉ッぱの方を、おいしく食っている連中が、少々すすめても、気味悪がって見向きもしない。
     その上、こんな連中をあんなものしか食えない貧乏人か、いかもの食いの変人とみるらしい。

     ○ 

     さてさて、お気の毒なことだ。だが、人間どもに、みんな、おいしく食ってもらわないと、オレたちも先行き不安だ。
     うまく世話をしてくれなくなる恐れがある。
     人間どもに広く、オレたちが大いに値打があるだけでなく、なかなか「うまいもの」だ、ということをトクと心得てもらわねばなるまい。
     だが残念ながら、さしあたり、こんなことより妙手が思いうかばない。

    食っている人々を見習え
     まず第一に、オレたちを葉ッぱの方まで、うまそうに食っている連中が、そう多くはないが、確かにいることを知ってほしい。
     見習ってほしい。
     いかにも丈夫である。
     病気にかかることはマレだ。
     薬代が殆んどいらない。
     しかも、オレたちは、大いに値打があるのに値段は至って安いンだ。

    食わず嫌いになるな
     第二に、オレたちをアタマから「まずいもの」ときめて、食わず嫌いにならないようにしてほしい。
     たとえ少しずつでもよいから、とにかく食ってほしい。
     案外「うまい」ということが分かってくる。
     少々まずいと感じても、そこをシンボウして食いつづけてほしい。
     おいおい「まずい」とは感じなくなる。
     そのうち「うまい」と思うようになる。
     人間どもの舌は、そうしたものなのだ。

    食い方を工夫せよ
     第三に、オレたちは、種類、部分、月令などによって多少味わいがちがっているので、それに応じた食い方をしてほしい。
     コイツア案外「うまい」ということが分かってくる。
     下手な食い方をして「まずい」といわれるのは迷惑至極だ。
     とくに人間どもは、調理という知恵をもっているはずだ。
     それを大いに働かせて、ますますおいしく味わえるようにしてほしい。
     とはいっても、タマには「まずい」ヤツに出くわすこともあろう。
     スがたっていたり、バカにニガカラかったり、シワかったり。だが、これは、人間どもが行き届いて世話をしてくれなかったためだ。
     オレたちのセイにされてはツライ。
     オレたちは、よく世話をしてくれたら、必ず「うまい」ものになるのだ。
     タマに「まずい」ものに出くわしたからとって、オレたちをミンナ「まずい」ものときめつけないようにしてほしい。

    砂糖ダイコンは別だ
     なお念のため、ひとこと云いそえておきたい。
     砂糖ダイコンについてだ。これは、ダイコンといわれていても、オレたちの仲間ではない。
     悪口をいうのは心苦しいが、これは、オレたちより、はるかに値打が劣っている。
     また、そう「うまい」ものでもない。
     試みにニワトリやウシにやってみ給え。
     オレたちの方を先に食う。
     また、これを度はずれて沢山食わせていると、ヘンな病気にかかることもあるそうだ。
    (つづく)




4. 大根のひとりごと(4)――つとめてナマのまま――

     友成 左近 

     オレたちは、とくに葉ッぱの方はバカに生命力が強い、人間どもの言葉では栄養価が高い、ということがよく分かってくれただろうか。おいしいンだ、ということもトクと分かってくれただろうか。どうも、まだシカとしないようだ。
     オレたちの食い方をよく心得ていないかららしい。根ッこの方はまだしも、葉ッぱの方はサッパリ分かっていない。人間どもは、ずいぶん賢いようだが、マのぬけたところもある。だから、オレたちは、まだまだ安心できない。だが、なかには、よく心得ており、とくに葉ッぱの食い方を大いに宣伝している連中がいる。気がかりだが、そう悲観しなくもよかろう。
     イキのよい間に ナマのままで
     オレたちの最も望ましい食い方は、ひと口でいえば、オレたちの生命力を十二分に生かして食うことだ。根ッこも葉ッぱも、できるだけイキのよい間に、つとめてナマのまま食うことだ。
     というのは、オレたちの生命力は、大地から引き抜かれると、だんだん衰えていくからだ。おまけに日光や空気にさらされていると、ひどく衰える。葉ッぱの方の衰え方は目立って著しい。また、にたきをすると、生命力までいっしょにいためつけるからだ。

    おろしダイコン
     根ッこの方をナマで食う食い方は、よく心得ているようだから、あンまりいう必要はなかろう。が念のために、一つ二つ。
     最もよい食い方は、おろしダイコンだ。皮つきのままおろし、おろしたてを食ってほしい。しょうゆだけでなく、けずりガツオ、チリメンイリコ、味の素なども添えてほしい。いかにオレたちが「うまい」といっても、ひとりだけでは味が引き立たない。
     シャレたことのすきな連中が、ニンジンおろしをまぜて、モミジおろしにする、これはアリガタクない。ニンジンにあるアスコルビナ−ゼというヤツが、オレたちのビタミンCをこわすからだ。だが、コイツは口に入れたら無力となるので、ニンジンおろしは別皿にするか、同じ皿に入れても、まぜないでおけばよい。
     もっとも、ナマスにする場合は、スがきているので、ニンジンをまぜても差し支えない。
     サシミなどに添えるケンも、作りたてを食ってほしい。水につけ、おまけにしぼって添える連中がいる。ぜひやめてほしい。オレたちの生命力の大部分が水にとけ出てしまうからだ。
     なお、オレたちをナマで食うと、ちょんびりカラいが、このからミは、オレたちのジアスターゼと共に、消化に役立つのだ。あンまり嫌わない方がよい。

    ナマ食がうまい葉ッぱ
     葉ッぱの方はナマでは食えない、と思っている連中は、どうもオレたちの仲間の性質をトクと心得ていないらしい。なるほど広く人間どもが食っているダイコンの葉ッぱは、ゴワゴワして毛ばだっており、ピリッとカラくて、ちょっと口にあわないだろう。だが、オレたちの葉ッぱが、みンなこうなのではない。
     ナマで食ってうまいのは、まず第1にハツカダイコンだ。シャレた云い方ではラディシュ。コイツは元来、葉ッぱの方を食ってもらうヤツで、根ッこの方はホンの御愛想についているのだ。だから、根ッこを大きくして食べようとすると、葉ッぱはタケすぎ、毛ばだってシワくなる。葉ッぱが10センチか15センチ位のびた頃を、まぶきながら食ってほしい。
     第2はカキバダイコンだ。コイツは専ら葉ッぱだけを食ってもらうヤツで、根ッこはテンでモノにならない。その代わり、葉ッぱが、ふつうのダイコンの倍以上もつく。最もおいしいのは、10センチか20センチ位のびた若葉の頃だ。つぎがマン上に向ってピンとのびている間だ。外側から一葉一葉かいで食ってほしい。
     第3が小カブだ。コイツは、ハツカダイコンと同じ要領で食ってほしい。
     第4がふつうのダイコンやカブの葉ッぱだ。コイツは、まぶきか細根の間か、大きくなったら、シンの柔らかいところを食ってほしい。少しカラいが、これが身上なのだ。

    おいしく食べる調味
     葉ッぱの方をナマで、おいしく食ってもらうには、調味についても何ぞふれておかねばなるまい。
     最も簡単でサッパリしているのは、ヤキ塩を、ごく少しパラッとふりかけて食うことだ。少しカラミのあるヤツは、細かくきざんで軽く塩もみにすればよい。
     それから、元葉のままでもよし、ソースかケチャップを少しかけて食うことだ。マヨネーズかホワイトソースかゴマミソをつけて食うのが最も上等だ。

    清浄栽培したものを
     こうした食い方をしても時に少々シワいこと、カラいことがある。これはオレたちのセイではない。日当りのよい土地に堆肥を十分施して、よく世話をしてくれたら、おいしくなる。
     オレたちに寄生虫がついている、といってナマで食わない連中がいる。十分腐熟していない人糞を使って作るからで、これもオレたちのセイではない。
     もう一つ。オレたちは、あんまりおいしいので、よく虫がつく。人間どもは、いちいち手で取るのを面倒くさがって農薬をふりまく。オレたちにはマアありがたいが、よく洗い落として食ってほしい。できれば農薬なんぞ使わずに作ってほしいのだが。

    青汁材料として
     最後になったが、ぜひ、いっておかねばならないことがある。青汁にして飲むことだ。これにはカキバダイコンの葉ッぱが最適だ。少しもカラいことはなく、なかなかうまい。十分成長して濃く色づき、少し傾きかけた頃が最もよい。つぎがカブの葉ッぱだ。コイツは少しカラいこもあるが、他の材料に加えたら殆んど感じなくなる。その他の葉ッぱは、十分成長すると、残念ながら、どうも青汁には不向きらしい。(以下につづく)


5. 大根のひとりごと(4)――葉ッぱの調理法いろいろ――

     友成 左近 

     オレたちは、根ッこも葉ッぱも、つとめてナマのまま食ってほしいンだが、人間どもは、とかく調理して食いたがる。だが、こうすれば、見た目や口ざわりや味わいに変化がつくので、オレたちを沢山おいしく食ってくれるようになるわけだ。とくに葉ッぱの方を、ナマでは食いにくいところまで食ってくれる。マア辛抱しよう。だが気がかりなこともある。根ッこの調理法は、わりあい広く、いろいろと心得てくれているようだ。一夜づけ、ぬかみそづけ、千枚づけ、浅づげ、タクアンづけ、みそづけといった漬け方、煮つけ、おでん、フロフキといった炊き方、千切り干、花切り干、ねじり干といった乾燥法やその調理法など。
     これに引きかえ、葉ッぱの調理法については、なにほども心得ていない連中が意外に多いようだ。冬づけ以外に調理法がないものと考えている連中も少なくない。だが、オレたちの値打は葉ッぱの方にウンと沢山あるのだ。葉ッぱの調理法については、ぜひ、いろいろと、みんなに心得てもらいたいものだ。

    一夜づけ、ぬかみそづけ
     漬け物にして食うことはわりあい広く心得てくれているようだが、最も望ましいのは一夜づけとぬかみそづけだ。これには、どんなダイコン葉でもよい。カラミのないカキバダイコンが最もよい。たけすぎたのは歯の丈夫でない人には少し不向きだ。一夜づけは、固いジクを取り除いて、細かくきざみ少し塩をふりかけ、軽いおもしをすればよい。これに根ッこのタンザク切りを混ぜてもよい。ぬかみそづけは、元ジクを取り除く程度にして、元葉のままつけたらよい。ともにアッサリした漬け物で、なかなかうまい。なお、一時に沢山収穫した場合には、ほして冬づけにするのもよい。保存がきき、また至っておいしい。だが、少々シワく、またかなり塩からいので、口の中であンまり塩からく感じなくなるまで、よくかんで、のみこむようにしてほしい。胃膓をいためるからだ。

    乾燥粉末
     冬づけよりも乾燥粉末にする方が、はるかに賢明だ。サッと熱湯に通して、かげぼしにし、葉ッぱだけしごきおとして、もみつぶせばよい。冬づけより永く保存がきき、その上オレたちの生命力がウンと沢山残る。歯が丈夫でなくても胃膓をいためない。大いにやってもらいたい。ゴマ、イリコノリなどをまぜると、すばらしいフリカケにもなる。

    みそ汁、煮つけに
     シンの柔らかいところや若葉やまぶきなどは、みそ汁のみにするとよい。ミジン切りにして、火からおろす前に入れて、緑色があざやかになる程度に煮るのだ。また卵のあつやきやオムレツのコロモに入れたり、カレーライスや煮つけに加えるのもよい。ともに見た目も美しく、オツな味わいを添える。とにかく、柔らかいところは、ナマで食うか、他の料理に加えて食ってほしい。

    菜ッ葉めし
     柔らかいところは、もうひとつ、ゴハンに入れて菜ッ葉めしにしてほしい。細かくきざんで、煮上がり少し前に入れ、塩も少し加えて軽くかきまわし、きちっとフタをして2、3分間煮てあと十分むせばよい。緑色がよくはえて、青豆御飯などと同様、見た目も美しくおいしくもなる。米の食い過ぎも防げて、けっこうだ。またヤキメシに入れてもよい。むしパンやダンゴに入れてもよい。

    油で調理して
     ところで、多くの連中がオレたちの葉ッぱが「まずくて食えない」と思うのは固いセンイもさることながら、毛ばだち、カラミ、アオ臭さのためらしい。だがこれは、油で調理すれば、ちっともジャマにならなくなるのだ。少々タケていても差し支えない。

       第一がテンプラだ。固いジクは取り除き、適当な大きさに切って、テンプラにあげる。キクやミツバのテンプラに少しもヒケはとらない。また細かくきざんでニンジンやタマネギなどとヨセアゲにしてもよい。

       第二がカラアゲだ。ジクから葉ッぱをしごき取って細かくきざんで、熱い油でカラッとあげるのだ。ホロホロして、とてもうまい。この間、テレビ料理で大いに宣伝しておいた通りだ。

       第三が油いためだ。葉ッぱをしごき取って細かくきざんで、いためたらよい。キャベツやタマネギと混ぜてもよく、ハムかソーセージを少しきざみこんだら、すばらしい。

       第四がイリナだ。葉ッぱを細かくきざんで油でいため、アゲやケズリガツオ、サンショやシソの葉や実を少し加えて、しょうゆでカラリと煮つめるのだ。水気が多くて煮つめにくかったら、最初元葉のまま軽くゆがいたらよい。ゴハンにまぶして食ったら、すばらしくうまい。

     なお、ジクは、とかくノケモノにされているようだが、これも工夫して食ってほしい。柔らかいうちならわざわざ取り除かなくてもよい。少し固くなったのはゆがいて細さくきざんで、あえものにしてほしい。歯ざわりのよいものだ。

    煮たきは軽く薄味で 煮汁は捨てずに
     最後になったが、ぜひ付け加えておきたいことがある。煮たきをする時、できるだけ軽くしてほしいことだ。煮たきをすればするほど、オレたちの生命力、人間どものいう栄養素がこわれていくからだ。緑色が最もあざやかになったところでやめるように、つとめてほしいンだが。
     また、水くさいのは困るが、できるだけ薄味にしてほしい。きつい塩気は胃をいためるだけでなく、オレたちの生命力とくにカルシウムと帳消になるからだ。いまひとつ、油でいためても煮つけても、煮汁は捨てずに食ってほしい。オレたちの生命力がとけこんでいるからだ。で、なるべくゆがかずに調理してほしいンだが、ゆがくなら、軽くむしゆでにしてほしい。なお序ながら、いうまでもなく、よくかんで食ってほしい。(35・12・1)




6. ニラ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     ふつう粥や雑炊や汁の実などにし、下痢によいとか冷え性によいなどといわれます。私など、子供のころ、よくおなかをこわしたし、寝床での粗相もたびたびやったので、ニラ雑炊の味には大変なじみぶかいものがあります。
     傷ついたサギが、足にニラを巻きつけていたという伝説があるように、外用の効にもいろいろあるようですし、ニラの青汁が多くの病気によいことも、古い書物には書いてあります。わが民間療法でも

      狂犬咬傷にニラのしぼり汁のみてよし (経験千方)
      吐血にニラの汁をとり2、3杯のむべし(救急方)
      卒倒にニラの汁童便にまぜのますべし (経験千方)
      驚死にニラのしぼり汁口鼻にそそぐべし(経験千方)

    などとあり、本草綱目にはもっと沢山の記載があります。

     しかし、これは、とても飲みづらいものです。だいぶ以前のことですが郷里に帰っていて、お腹をこわした折やってみたことがあります。今は亡き老母に、特に注文してこさえてもらった手前、捨てられもせず、我慢して飲むは飲みましたが、刺戟(においも味も)のきついのにホトホト閉口した思い出があります。

     しかしナマの味は、とても、すてきです。生ニラ飯とでもいいますか、新芽のやわらかいのをきざんで、ご飯にうんと混ぜ、醤油、冷えたダシ汁か味噌汁をかけて食べます。熱い茶(ニラ茶づけ)か熱い汁(ニラ汁飯)でもよいが、やはり、生ニラのヒリッと舌をさす味わいにこしたものはありません。もっとも、あとで口やからだがいくぶんにおうらしいので(ニンニクほどのことはないにしても)、朝食や昼食には遠慮して、もっぱら夕食にたべることにしていますが、この味をおぼえてからというもの、煮たものや汁の実にするのは勿体なうてしかたがありません。サラダはもとよりマッシュポテト、キントンなどにも青味としてせび生のままを入れたいものです。粥や雑炊や汁にも、冷えてから入れる方が、ずっと風味がよろしい。支那ふうの料理はもとより、卵焼やオムレツ、コロッケやミンチボールその他のひき肉料理、むしパンや団子、流し焼やお好み焼といった粉食料理にもせいぜい入れるべきです。

     ミネラルやビタミンの含量は、


    カルシウム 40ミリグラム、
        燐 41ミリグラム、
    ビタミンA 6000単位。
       B1 0.07ミリグラム、
       B2 0.30ミリグラム、
        C 30ミリグラム
    大根葉では
    カルシウム 190、
        燐 30、
        A 9000、
       B1 0.10、
       B2 0.30、
        C 90

    というのですから、相当よいわけです。

     しかも、いちど植えておけば、年々はびこり、春さきは、まだ寒いうちから、はやくものび出して来ます。この新芽の美味さはまた格別。そのままほうっておけば硬くなるばかりですが、てきぎに刈りとると、そのたびに、若いやわらかい新芽が出て来るので、順ぐりに摘んでゆけば、晩秋、霜にやられるまで、いつでも、おいしい青芽を食膳に上すことができるわけです。そして夏の終りころつく白い花の可憐さにも、なかなか捨てがたい風情がありますから、花壇や軒下の縁どりとしても気が利いています。その上、かまどの灰をやる程度で、ほかには肥料らしいものは殆んどいらぬのですから、少しも世話はかかりません。まったく懶人菜という名のとおりで、素人づくりの家庭菜園には欠かされぬものの一つです。




7. シソ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     梅干はひどく重宝がられるのに、妙に、捨ててかえりみられないのはシソの葉です。
     ふつうは梅漬に、それも色つけのためにつかわれるだけ。何でも無駄なくうまく利用した昔の田舎でそだった私どもも、シソで思い出すものといえば、筍の剥皮に梅漬のシソを三角につつんで、角の口から汁を吸い、あとでカスのシソ葉をしがんだことや、蕨狩や茸狩の弁当行李に、梅とともに入れてあったシソの葉の忘れられぬ味。それから、乾して揉んだ粉をフリカケにしたくらいのものです。
     芽シソや青シソは刺身のツマに添えられてはいますが、西洋料理のパセリ同様ただのアクセサリーとして眺められるだけで、食べる人は滅多にありません。

     ところでシソの葉の成分となると、とても、ありふれた野菜など足許にもよれぬ素晴しさです。

     カルシウム  180ミリグラム、
     燐       47ミリグラム、
     鉄      8.6ミリグラム。
     ビタミンA   2万単位、
     B      0.1ミリグラム、
     B2     0.4ミリグラム、
     C       85ミリグラム
     というのですから、さしづめ特級野菜ともいうべきところです。
     そして、味もよし、風味もよろしい。さらによいことは生で食べられることです。
     青汁にも無論できます。ただし、この青汁は、アカシソはもとより、アオシソでも、アクが強いとでもいうのか、黒ずんだいやな色あいになるのは、全く惜しいものです。においはいく分残りますが、味はずっと落ちます。

     つくるのはいとも簡単で種子をバラまいておけば、勝手にそだちますから少しも手数はかかりません。はじめ密生させておいて芽シソやまびきを利用し、あとは適当な間隔に残しておいてつぎつぎにとれば、真夏から秋まで、いつもやわらかい若葉を味うことができます。

     そのまま味噌、酢味噌、油酢味噌、醤油、三杯酢、フレンチソース、マヨネーズなどで食べます。また、きざんで飯にうんと載せ、醤油や冷味噌汁をかけ、かきまぜて食べます(冷汁飯)。刺身などそえれば即席シソ鮓というところです。
     熱い茶や汁をかけてもよろしい。生のまま五目飯や五目鮓にちらすのもよし、飯やいろいろのおかずをくるんで食べてもなかなかおいしいものです。汁の実にもなりますが、この際は、なるべく椀にとって食べるすぐ前に入れることです。
     食べ切れぬほどできれば塩づけにしておきます。(梅漬でもよろしいが、ただ塩漬しておいてもよろしい)。ながく貯蔵でき、いつまでも風味のよい添物になります。米沢あたりでは、千枚漬といって、糸でつないで味噌漬にしてあるそうです。これはも一つおいしいでしょう。

     ともかく、利用法の多い上に、成分はすごくよいのですし、夏の青物不足の時にも、まるで雑草のようにどんどん繁茂します。しかも病害も虫害もあまりありません。いちどまいておけば、次の年からは、秋に落ちた実から、うるさいほど生えて来るのですから、まことに重宝といったもので、素人の家庭菜園には欠かされぬものの一つです。




8. カボチャ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     カボチャといえば、中学校の時代、幸か不幸か私はその先生には教わりませんでしたが、出来ぬ生徒に、「このカボチャ頭め!」とどなるという数学の先生がいられました。
     中がからっぽだということなんでしょうが、カボチャを食うたびに、いつも、この話が思い出されて、カボチャばかり食っていると頭が悪くなるんじゃないか、などと心配したものです。
     キウリだの、ナスだの、トマトだの、品のよい野菜の多い時に、デンとすわったツラ付のよくないでっかいカボチャは、いかにも下卑てみえます。そのためだけにも、カボチャなんか、と毛嫌う人も少くないようです。
     また、カボチャは結局高くつく、と敬遠する向もあります。
     カボチャそのものはもとより安いものですが、味つけの砂糖が沢山いるというのです。
     それは、たいて食べることしかご存じないためで、ひどく手のこんだ料理でなくとも、汁の実、雑炊、粥飯にするもよし、揚げものもよろしい。短冊切りかせん切りにして、酢のものにしたり、三杯酢、マヨネーズ、フレンチソースでも結構たべられます。
     また大切りにして、キウリやナスと同じく漬物にしてもなかなかよい風味があります。
     たくにしても、なるべく淡味か素炊きにして、味噌やネギ味噌、モロミなどをつけて食うのもよろしい。これだとうんと食べられるから主食代用にもなります。
     カボチャの栄養価は、品種によって多少ちがいますが、カルシウムが比較的多く(カルシウム44mg、燐56mg)、ビタミン類ことにA、Cにとみ(A1000iu、C20mg)、B群も相当あります(B1・B2とも0.03mg )。
     また、ただ腹ごたえがよいだけでなく、実際熱量もかなりあります(54カロリー)。
     カボチャで主食が節約でき、これによって米が減るだけでも余程よいのですが、さらにビタミン、ミネラルの多いこともあずかって、栄養のバランスはずっととれて来るわけです。
     カボチャをよく食べる所に長寿者が多いといわれたり、冬至に食えば中風にならぬ、などといわれていることからも、それによる栄養の改善が健康上に及ぼす影響がうなづかれましょう。
     味が悪くなり成分も落ちはしましょうが、そのままでも、また切り干しても、貯蔵ができるのは有難いことです。
     ともかくカボチャ時だけでも、うんと食べたいものです。
     健康になるだけではなく、おそらく「カボチャ頭」どころか、頭もずっとよくなるに相違ありません。
     なお、お上品な料理では外皮を剥いてありますが、勿体ないことです。
     カボチャと何とやらはツラの悪いほどよい、といわれている通り、外皮はゴツゴツして見かけは悪いが、味はよいし成分にもとんでいます。つとめて全体を食うべきです。
     いやそれどころか、中のタネも一緒に食べましょう。
     南瓜子は支那料理にはつきものですが、確によい食べものです。
     質のよい脂肪が含まれていますから、とかく脂肪の不足しがちな私どもの習慣食の欠陥の補正にも役立つわけですし、味もよろしい。
     カボチャのうちではおそらくいちばんおいしいところといってよいでしょう。
     炊いて食うもよし(煮つけにして、なかわたもうまいが、子仁はさらにおいしい)、乾燥したものは炒ってポツリポツリやる。
     子仁だけとり出してすりつぶし、ゴマやナンキンマメ同様、ふりかけや和え物にしたり味噌にまぜこむなど、いろいろ利用法はあります。
     変ったところでは、まいて出た新芽を食うのも面白いもので、生食もできれば油いためにもなります。




9. 緑餌タンパラとは

    湘南藤華園 T.U. 

     過ぐる昭和28年愛知県下からタンパラと銘打って売出された養鶏用緑餌植物があった。
     従来青葉の不足する夏に主として作られていたものに竜舌菜(菊科)があったがタンパラはそれよりか鶏が好んで食い初夏から晩秋まで茎葉とも刈取って使われ夏の気温で刈取られた基部から側芽が伸びて幾度も刈取り出来中々多収で緑餌の減少する夏枯れ時打って付けのものであると宣伝之れ努められたものであった。
     始めてこの種子が売出された当時その名称が甚だ珍なのに興を引かれ筆者寡聞にして未だそれなる植物名を耳にしたことなく従ってそれがどの様なものなのか皆目その本体をつかめぬままに種子販売者に質したが植物学上のタンパラに就ては確答が得られなかった。
     従ってタンパラなる名称に対してはそれがどこの国の植物名かさっぱり判らない。
     勿論学名ではないし、英名でもなさそうだ。或は印度か南米辺りの土語によるものではないかとも思ったがそう詮索は止めにして不明のまま過して来てしまった。
     然るに筆者が過て栽培した植物の中にどうやらこれに似かよったもののあった記憶を辿って何は兎もあれ百聞は一見に如かすと今から8年前売出された種子を求めて試作した結果は筆者の思い通りの植物であった。

     終戦後の22年春養兎の飼料にと思って戦時中救荒食に都会の宅地利用の所謂一坪菜園に取り入られた中華民国では既に立派な蔬菜として取扱われている?(ヒユ)菜学名アマランタス、マンゴスタナス(?(ヒユ)科植物)であることを確め得た。
     本植物が立派に?(ヒユ)菜の名称があるのに、聞いた丈ではちょっと見当も付きかねる名で呼んでいるのは何故だろうか。
     種子販売者が商策上、珍名称で呼べば如何にも最近海外から輸入された新種とでも思わすためか、二つにも我国人の通弊であるアチャラ物を貴とする弱点を捕えて植物学上何の根拠もない出鱈名のタンパラが登場されたわけ。
     罪の無いことではあるが学問上誤らせられる罪深いものの一つであろう。
     タンパラと銘付って売出した養鶏屋の主人が筆者の質問に答えた言は唯思い付きで名付けたのがタンパラだと。
     本植物に就いて筆者は既に昭和9年に「農業及び園芸」誌の熊沢三郎氏、同15年「採集と飼育」誌上に篠原捨喜氏による夫々の発表を見ており前述の様に自らも栽培使用して来た。

     本植物は学名の示す通りアマランタスの語源は凋れないの意、マンゴスタナはマレーの植物を意味しておる。
     即ち熱帯性植物で乾燥に耐え強健なものであることを学名が明示しており印度原産のもので我国にもこの属のものの一つコビユは古くから畑地に作られ野生化しておる渡来植物で栽培種中にアカビユ、ハナビユ、シロビユ、アオビユ等があり、宮崎安貞著「農業全書」元禄9年刊に『?(ヒユ)種々数多し2月(旧暦)に下種し3月末に植ゆべし、その色青きあり赤き、紫またまだらなるあり料理には青きを用ゆべし、味もよくこの葉菜の絶間に成長し珍らしきものなり・・・・・・』とある様に夏の青菜の少い時利用すると便益があるとされておる。
     なお伊張国柱の「成形図説」文化元年刊には『本草に六種ありといえども要は四種』として白?(ヒユ)、赤?(ヒユ)、斑?(ヒユ)を挙げており白?(ヒユ)をよしとすと言い野?(ヒユ)は田野に自生し之を細?(ヒユ)と云うとあって植物学上のイヌビユを指すもの。
     本題で解説を試みようとするものはヒユナであって、元来栽培作物とされ中華民国ではヒユナ、台湾でヒユ、イヌビユや観賞植物の雁来紅に似た植物で性極めて高温乾燥に耐え病虫害殆んど被害なく十字花に属する菜類の栽培出来ない時期によく生育しかなりの悪条件の処でも立派に育つので家庭菜園に利用され夏期に重宝なものである。

     我国でも古来救荒植物としてイヌビユが非常時食に供せられていたが之は雑草であるので繊維が多く泥臭いので余り感心しないがヒユナは全然そうしたことなく浸して、胡麻和え、吸物、味噌汁に入れホウレン草に似た味を持っており肥大した茎の皮を剥いで塩漬として乙な風味がある。
     なお本植物の薬用価値は便通をよくし姙婦の食養に適し茎葉の煎汁は解熱に効があり、種子を煎用し目疾を治すとも言われる。
     中華民国上海で出版された呉耕氏の著書や果産公司刊行の孫雲蔚著の実用園芸学等に夫々支那野菜として挙げられて彼の地の食膳を賑わせておる栽培作物の一つである。
     我国に紹介されたのは昭和の4年頃で一部の人達に興味をもたれ栽培されていたが何時しか忘れ去られていたものが昨今また登場したのが今更らしく珍種視されたものである。

     遠藤青汁の会々長の遠藤医博が『健康と青汁』第69号誌上に発表なられたバイアムの題名の下に述べられたAmarantus retrofIexus,L.はアオビユのことで雑草のヒユと言われておるのはAmarantus BIitum,L.Var,oleraceus,Hook.f.イヌビユ(野?)で遠藤会長の記事にもある様に発芽時の幼植物は両者とも近似の様相をなしておるが長ずるに及んでは前者がより大形に生長し茎葉共に雄大で葉に稍粉白を帯びておる。

     尚両者の性分分析を表記して比較してみれば次の通り。

      成分表
               イヌビユ   アオビユ  
      水分        84.44  88.63
      蛋白質        2.91   3.07
      脂肪         0.20   0.41
      含水炭素       6.91   4.36
      灰分         2.37   2.09
      繊維         3.16   1.44
      還元型ビタミンC 101.70 125.26

     本稿の表題のタンパラ即ヒユナに就ての分析表は未だ発表を見ないので比較出来ないのが残念ではあるが生食煮食共に所謂泥臭がないので灰分は少いと思われるし繊維も少く前二者より緑葉の濃度は淡く葉型は稍細長い。
     ?(ヒユ)菜に就ての性状は大略この辺にしてそれの栽培法を概説して本稿を終ることとする。
     前述のように至って丈夫な作物であるから粘質土、砂上、日向、半蔭地何れにも育ち、播種すれば殆んど放任でよく成育する。
     本種は元来熱帯産のものであれば気温上昇した頃に播種するがよく種子の発芽に要する温度は10度(C)以上を必要とされておるので4月以前では発芽が悪い。
     普通4月中旬から梅雨頃まで随時播種出来る。
     暖地では3月下種してもよい。肥料は差して施さずとも育つのが基肥に堆肥に鶏糞を混ぜたものを与え茎葉採収後に時折追肥として窒素分の液肥少量を施し置けばその後の発育を助成する。
     播種に際しては畑地を耕し平らにならしそこに撒播するか十二乃至十五糎間隔に条播し覆土は乾燥甚だしい砂地以外は行わず単に足か鍬で鎮圧するだけで足りる。
     土質乾湿、養分の多少で発育を異にするが大体1ヶ月で九糎から十二糎程に伸びるから間引いて食用するか他に移殖する。
     日当り良い場所では六十糎間隔に15〜18糎株間に植付け伸長三十糎位になった頃上部を摘むように採収すれば脇芽が発生分枝して茂ってくるので伸びるに従って上部を適宜刈込んで大量に使用出来る。
     盛夏の候干天続きの時適度に灌水すれば刈取ってもすぐ伸び驚くばかりの収量があり夏枯れの青葉不足時に重宝この上ないものとして大いに推奨したい作物の一つである。
    (完)




10. ホウレン草と結石の問題(1) 特にその体験と古典による考察

    千葉大学教授 T.S. 

    はじめに

     昨年来、ホウレン草は結石を作り易い、と云う事が一部の人々によって取りあげられ、種々話題をなげた処であるが、この点に関して最近の日本医師会雑誌(1960、1月1日号)の論説欄に、ホウレン草問題として

      「そう云うさわぎは日本人の非科学性の故である。大衆を迷わさない為に啓蒙する義務がある。これを啓蒙すべき機会である。その非科学性をはびこらす処に、医への不信や医療制度の混乱がもたらされるのである。冬場を青々と生きているホウレン草は日本人の非科学性を知っているように見える、云々」

     と、ホウレン草が結石を作ると云うようなことは問題とするにたらない、非科学的なものだと批評しておる。はたしてその通りであるかどうか、又ホウレン草は一般に信じられておる程に推賞すべき野菜であるかどうか、私の体験を述べ、更に興味ある記載を本草学に関する2、3の古典に発見する事が出来たので、専門外ではあるが、吾々の常食としておるホウレン草に対して認識を改める上に多少なりと参考になる処があればと、ここにペンをとった次第である。

    私の体験

     既に1年余りも前のことであるが、私は着色野菜をと云うわけで、当時毎日のようにホウレン草を食べていた。油で軽くいため、或いは僅かに火に当てるだけで、時には朝夕食べる事もあり、而もそれを相当期間続けた。1、2ヵ月と云うものは特にしばしば食べた。それ程ホウレン草は良い野菜と信じていたわけである。然るにその頃原因と思われるものも無く、突然に放尿時に軽い放散痛が現われ、約1週間経過を見たが一こうに治らない。やむなく泌尿器科の御世話になり、診断は膀胱結石、然し未だ小さいようであるからと、空腹時に大量の水を一度に飲むことを指示され、幸いに手術など受けることもなく排出されたわけであるが、当時は結石の原因如何と考えてもみず、勿論思い当ることも無く過ぎてしまった。

     又私はその頃常に軟便ないし下痢に近く、腹痛も無く食欲も普通であった為め、特に内科的検査も受けなかったが、快便と云う日は少なく、その原因の不明なる儘に、その度毎に下痢止めを服用したりしていたが、朝と午後と2回の下痢には再三悩まされたものであった。然しそれも後で述べるようにホウレン草をやめるようになって、いつとなしに忘れたように治ってしまったのである。
     さて偶然のことであったが、飼っておるチャボがホウレン草をどうしても食べようとしない事に気付いたのは、膀胱結石の事があってからしばらくしてからの事であった。私は一つの疑問を覚え、あの菜っ葉ずきのニワトリが食べないとは実にふしぎである、何か理由でも有るのではないかと考え、急にホウレン草を敬遠しはじめたわけである。
     その後ホウレン草は結石を作り易いと云う記事を某誌上で見るに及んで、急に思い出したのが自分の膀胱結石の原因は、ホウレン草の食べ過ぎにあったのではないかという事である。勿論私の膀胱結石の原因がホウレン草であったと断定を下すものではない。然し他に思い当る原因も無い場合、蓚酸を多く含み従って蓚酸カルシュームの結石を作り易いと云うホウレン草を、比較的長期に亘って、それも殆んど毎日のように、しかもゆでこぼす事もなく食べていた事実を考える時、一応ホウレン草をその原因に考えることは許されるであろうと思うのである。

     その後ホウレン草に対する私の関心が一段と大きくなった事は申すまでもない。即ちチャボはゆでたホウレン草もなかなか食べない。なかんずく、葉の部分は最後まで残すことを知ったのも最近のことであるが、興味の有るが儘に、私は私の経験を友人に話してホウレン草に就いての何等かの知識を得ようと努力した。その一人の曰く、ホウレン草は産後の婦人が食べると血を荒らすと云って昔から嫌うものであると。又他の一人は、昔ホウレン草のシボリ汁は堕胎に用いた程であると云う。更にホウレン草には他の菜につくような虫も着かない。或いは小鳥にやると死ぬと云う点など、すべて近頃知り得たものであるが、何れにしてもホウレン草は、はたして推賞するに値いする野菜であるかどうか、頗る疑問を抱くに至ったわけである。(以下次号)




11. ホウレン草と結石の問題(2) 特にその体験と古典による考察

    千葉大学教授 T.S. 

    古典による二、三の考察 私は、上述のような云い伝えに興味を覚え、その由来を知るべく試みに李時珍の有名な本草綱目(明、万暦6年、1578)をひもといて見た。即ち次のような示唆多い記載を発見することが出来たのである。

      菠薐、菠菜、菠斬草、赤根菜

     菜及び根、気味甘冷にして滑、毒無し、士良曰く微毒あり、多く食えば人をして脚弱からしめ腰痛を発し冷気を動かす、腹冷を患う者は必ず腹を破る、ゴマメと同じく食わざればかく乱を発す、五臓を利し腸胃の熱を通じ酒毒を解き丹石を服する人之を食う佳なり、血脈を通じ胸膈を開き気を下し、中を調え渇を止め燥を潤おす、根尤も良し、北人肉麺を食って之を食えばやすく、南人スッポン、水米を食って之を食えば即ち冷す、故に多く食えば大小腸を冷やす、久病大便渋滞して通ぜざる者及び痔漏の人常に宜し、滑以て穴を養って自然に利す

     凡そ以上のような記載である。周知の如く本草綱目は李時珍が27年間の年月を費やして二千種に近い薬草、食物或いは動植物、鉱物等の効能を詳しく記載したもので何れも多年の経験をもとにしたものであろうが、古今東西にその類の無い尨大にして貴重な文献である。
     今その内容を吟味するに、一部難解な字句も有るが、要するにホウレン草には今日の言葉で云うならば、第一に緩下作用が有る点を明記しておる事に気がつくであろう。私自身この本草綱目を読んで一年前の下痢に近い便通の原因も凡そ知り得たわけである。何となればホウレン草をやめるようになってから、いつとはなしに下痢の傾向は忘れるように治ってしまったからである。ホウレン草の緩下作用に関する本草綱目の記載は誤り無いと思われる処で、痔によいと云う点も充分理解し得るのである。
     私は同じような記載を貝原益軒の之も有名な大和本草にも発見することが出来た。ちなみに同書は益軒80才の時(宝永5年、1708)の著にかかるものであるが、ホウレン草に就いて次のように書いておる。
     春、とうを取て熱湯に浸たし日にほして収め食すべし、生なるは味美なれども性冷利、多く食すべからず、人に益あらず、微毒あり、俗に云う婦人鉄漿を以て歯を染めてその日にホウレンを食えば死すと、未だその是非は知らず、云々。
     即ち右の記載からもホウレン草には緩下作用の有ろう事が考えられる。今日までこの点に就ては誰も知らなかったのではあるまいか。先の医師会雑誌にもこの点に就ては一言も触れていない事からも容易に察せられる処である。何れにしても、ホウレン草にはどの程度に緩下作用が有るか、又それは如何なる成分によるかも今後改めて検討さるべき処であろう。
     なお古典に云う冷の意味は充分には明らかでない。然し、冷にして滑、又は冷利と表現されるホウレン草の性質は、吾々の見逃していた処ではなかったろうか。民間に云い伝えられる産後の婦人には血を荒らす故に良くないと云う意味も、身体、殊に腹を冷やし、更にその緩下作用の故に出血を長引かせたりする傾向のある事をさしたものとも考えられるのである。
     ホウレン草のしぼり汁が堕胎に用いられたと云う云い伝えも、そこに根拠が有るのではないかと思う。
     次に、ホウレン草による結石の点であるが、この点に就ては本草綱目にも明らかな記載はない。然し前記医師会雑誌にも見る如く、ホウレン草による結石はアルカリ食品を主にしておる人には出来易いが、蓚酸カルシュームは酸性の溶液中では溶けるから、白米や肉類の如き酸性食品を主にしておる人には尿は酸性となり出来ないわけである云々……という記事を見る時、数百年も前の本草綱目に酸性食品と見られる肉まんじゅうの如きものと食べればやすし云々……と云った点は、或いは当時既に結石の点を経験的に知っていたものか、更に別の理由によるものか知る由もないが、真に示唆に富んだ言葉であり、むしろ驚くべき経験であると思う。
    (以下次号)




12. ホウレン草と結石の問題(3) 特にその体験と古典による考察

    千葉大学教授 T.S. 

     日本医師会雑誌には蓚酸結石の事に就ては何十年も前からよく分っていた事で医学を学んだ者なら誰でも知っておる筈であると云っておるが、然しホウレン草には蓚酸が多い。従って多食すれば結石を作り易いと云う点はそれ程に周知の事実であったかどうかである。
     ホウレン草は根が良いとは民間に云う処であるがそれも本草綱目に明記する処であり、チャボが葉を残しても根の方は食べる事を思うと、蓚酸等の有害な成分は葉の部分に主として含まれておるとも考えられるのである。

     この点、貝原益軒が熱湯に浸たし日にほして食すべしと教えておる点は、大いに参考にすべき処であろう。ビタミンの事を考えてゆでこぼす事なく食べたのは正に私の不覚であったわけである。ホウレン草は虫も食べない点も考えてみる必要がある。又小鳥にやると死ぬと云うこと、私が知り得た限りでもホウレン草に就ての疑問はなお少なくないのである。私の場合、主食と云っても白米は僅かしかとっていない。塩辛いものは余り好まず、又当時は肉よりむしろ魚を多く食べていた。
     更に私は胃腸も強い方ではない。そう云う私の場合は特別なケースであり、従って単なる体験をもとにして、ホウレン草に就てかれこれ云う事は当らないと云う批判も有るかもしれないが、ホウレン草の多食による結石の貴重な一例ではなかったかと云う事は、かなり強く云い得ると思うものである。
     その間の便通に就ての経験も同様である。何れにしてもホウレン草に就て全く無知であり、又その偏食が招いた当然の結果であったかもしれないが、それによって古典の記載或いは民間の云い伝えにも、なかなか真理があり、再検討すべき数々の点を発見し得た事は、大きな収穫であったと云うべきであろう。

     少なくともホウレン草に就て蒙を啓くに大いに役立ったものと思う。ホウレン草は着色野菜なるが故に各種のビタミンは豊富であろう。然し菜っ葉ずきのチャボが食べようとしない事実、更に私の体験と、民間に伝わるホウレン草に関する云い伝え、及び本草学による興味ある記載を見る時、ホウレン草は従来信じられておる程に推賞すべき野菜ではないと云う事は云い得ると思う。
     然し緩下作用の点に就ては用い方によっては例えば便秘の傾向の人などには大いにすすめるべきであるかもしれない。
     又将来の研究如何によっては有効な緩下作用を持った成分が発見され、その方で使用の道が開かれる事も考えられるのである。
     何れにしてもホウレン草は国民が常食としておるものではあるが、その適、不適或いは用い方に就ては、なお再検討を要する点が少なくないと思われるのである。

    おわりに
     ホウレン草の多食に原因したと思われる私の膀胱結石の体験から、ホウレン草に就ての民間の云い伝えにも多分に根拠の有ること、又本草学に関する古典の記載が今日の学問に対して極めて示唆に富んだものである事を発見し、ホウレン草に関しては更に医学的研究が為されて、その長所と短所が明確にされることを切に期待してやまない。




13. エンサイ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     青汁のことで本草綱目をしらべていた時、はじめて「雍菜」という字に出くわしました。
     それには「コウサイ」と読みがながついており、「鉤吻(ツタウルシ)の毒を解するに煮て食ひ、また生で擣き服す」とか、「擣汁を酒に和し服すれば産難を治す」などと出ていました。
     ついぞ聞いたことのない名なので、少し気がかりでしたが、ともかくと、ぬき出した記憶があります。
     その後、いつも気になっていながら、雑用にまぎれて、そのままになっていたところ、一昨年の夏の初めころだったでしょうか。宮崎県日南市の小弥太郎サボテン公園にいられる渡辺忠夫氏から、

    「これは甕菜(エンサイ)、和名アサガオナ、マレー語でカンコンという南方産の菜の種子です。台湾から引揚げの時もちかえりました。4−5月ごろ播くと、7・8・9月の頃、蔓性の茎葉をよく繁らせます。青汁の材料にどうでしょうか。お役に立てばおつかい下さい。また南方の思い出とともに8月15日の終戦記念日に召し上っていただくことを希います。」

     という書面とともに、アサガオによく似た種子がおくられました。
     早速、庭の畑におろし、知人のいく人かにもわかって試作してもらいました。
     間もなく、細い針のような芽が出て来ました。
     しかし、その夏はひどいひでり続きだったので、のびがわるく、8月15日が来ても、とても食べられそうもありません。
     渡辺氏の折角のご好意に添えないのはまことに残念であり、また心苦しかったのですが、それにしても、おかしいことだナ、と不審に思っているうちに、それから数日後、ひょっこり、当の渡辺氏が来訪されました。
     その由を告げわびると、氏は私の畑を見られて、
     「学名Ipomoea aquatica,Forsk.の示す通り水がないと、うまくゆきません」
     とのこと。(aquaticaは水を好む意)これには、まさに冷汗三斗の思いでしたが、つくり方の指示に忠実でなかった私の愚かさ、不注意を心から恥らいつつ、十分に水を施し、しき草を厚くして乾燥を防いだところ、なる程のびる、のびる。
     どんどん枝わかれし、ニュウニュウと四方に匍い出して行く。
     その成長ぶりには、ただあきれるばかり。葉もずっと大型になりました。
     ヒルガオ科なので、葉の形はやや長めですが、同じ科のサツマイモによく似ています。
     葉質の軟いことも、切口から白い乳状の液の出ることも同じですし、味わいも少しねばりのあることも全く同じです。
     そして、生でも食べられるし青汁にもなります。
     油いため、汁の実にもよろしい。南方では藁苞にはさんで池の中に投げこんでおくそうで、茎が中空なので、繁茂しても沈ます、池の面に浮んでいるといいます。
     (甕で試してみましたが、これはダメでした――蚊がわいて困りはてて)。
     水湿地を好むのですから水辺または湿気のあるところにつくれば、夏の早天にも盛んに繁茂します。
     節々から発根し、つき易いので挿芽でふやすことも出来ますから、夏の野菜不足のさいの緑菜源としてまことに重宝なものです。
     晩秋になってアサガオそっくりの白い花がつきました。
     しかし期待していた種子はついに実りませんでした(渡辺氏からも、気候の関係上無理でしょう、とのことでした)。
     なお花がつきだすと味が落ちるので、南方では、そうなればもう食べないということですが、私は結構おいしいと思いました。
     渡辺氏も、そう願っていられるのですが、何とかこれも日本国中へゆきわたらせたいものです。
     種子は渡辺氏にお願いすれば譲っていただけるかと思いますが、横浜の華僑の方に聞いたところでは、横浜ではこの菜が市販されているそうですから、種子もあるいはあるかも知れません。




14. アルメロン

     医学博士 遠藤 仁郎 

     もうだいぶ以前のことになりましたが、もと三井銀行大阪支店長をしていられた飯村さん(現在中央仮設鋼機社長)が、東京にかえられ、まもなくブラジルへ出張されました。その時、むこうの在留同胞に青汁の福音をつたえたいと、わざわざケールの種子を携行されました。ところが、行かれてみると、ケールは沢山つくられており、青汁としての利用法は大変観迎され、ブラジルのシュワイツアーと称されその功績をたたえられている(昨秋日本医師会から表彰された)サンパウロの細江先生らが中心となられて普及につとめられているそうです(別項参照)。
     この飯村さんが、約1年後に帰国された際、細江先生から託されて持ち帰られた3種の種子の一つが、健胃作用があるというこのアルメロン(またはアルマロンAlmeao)です。あとの2種は、ジラウというナス科の野菜(茄子のような果がなり、若いうちにとって薄く切り、塩水に15分位つけ、オリーブ油でからあげにして食べるので利胆作用があり、肝臓病によいGirau)と、ルクラという十字科の野菜(ゴマの匂いをもつ、サラダ用野菜で、消化作用をたすけるRucura)です。
     ジラウとルクラとはうまくゆかず、ついに、絶えてしまいましたが、アルメロンだけは大成功。年々種子をとり、近しい人々にわかっていますが、みな大変重宝され、感謝されています。アルメロンはエンダイブ(キクチシヤ)の類で、かりにブラジルキクチシヤと呼んでいますが、チシヤやレタスと同じキク科で、春さきトウだちし、うす空色の可愛いい花がつき、種子もとれます。
     もっとも時には故郷を思い出してか、秋にも花が咲くことがあります。ふつう春と秋に播種しますが、条件さえよければ、いつでも出来、厳寒期をのぞき殆んど年中利用できます。たくましく育ち、大きな葉は、長さ30‐40cm、巾10‐15cmにもなるものもあります。
     葉質はだいたい軟いものなのですが、超大型に成長しきったもの、ことに夏期のものなどはやや硬くなります。味は、レタスやキクチシヤに似ていますが、少し苦味があります(胃によいといわれる所以でしょうが)。嫩い軟いものでは左程でもありませんが、たけたもの、ことに夏期のものは苦味がつよく、初めての人にはちょっと食べにくがられるほどです。しかし食べなれると大して苦にならぬばかりか、むしろ、このほろ苦さが好ましくさえなります。青汁にもならぬではありませんが、ふつうサラダにして食べます。わかい葉が食べよいのは勿論ですが、たけた大きい葉でも、頃合いの大きさに千切れば結構たべられますし、すごく大きい奴をそのままバリバリやるのも愉快なものです。
     また、大きい葉を皿にひろげ、それに料理を盛るのも仲々みごとなものですがその全部を食べるくせをつけるのも面白い趣好というものでしょう。いたってつくりやすく、素人でもらくに栽培できますから、これも、ぜひ家庭菜園にとり入れたいものです。

    まき方
     苗床にまき、数枚の葉の出るころ、本畠にうすします。株間は少くとも1尺ぐらいはあけておきます。じか播きでもよろしい。こぼれた種子から、思いもよらぬところに立派に育っているのを見かけることがよくあります。(昨年の種子が少々あります。ご希望の方は送料―2円―をそえてお申込み下さい。但し精々100名分位しかありませんので、品切れの節はごかんべん願います)




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