健康と青汁タイトル小
クリック 肝臓インデックス:掲載紙面選択

クリック 肝臓(1)
肝臓(2)


クリック 肝臓(3)
クリック 肝臓(4)
クリック 肝臓(5)
クリック 肝臓(6)



2-1. 旧に倍する健康

    滋賀県 S.H. 

     家内、数年前より肝臓が悪く、近くの医師に通いおり、3年近くにもなっておりましたが、たまたま、県移動図書巡回いたしてまいり、その節、先生の著書により光明を見出し、「これぞ」と思い、早速、青野菜つくりより始め、毎日青汁を励行いたしましたところ誠にメキメキと効果あらわれ、快復に向い、ついに医師の薬も中止いたし、ただ青汁のみ頼みをかけてまいりました。さいわい肝臓がいつのまにか全快いたし、旧に倍して、非常に健康状態となりました。



2-2. 血清肝炎

    山形市 T.M. 

     3年前、十二指腸カイヨウで、手術後、血清肝炎をおこしたり、回復もはかばかしくなく困っておりましたが、青汁を飲みはじめてからは、目に見えて丈夫になり、一年半、ずうっと続けております。
     しかし、冬期間の青葉の入手は、さいわい、当地支部長、小林様のお力尽しで助かってはおりますものの、栽培数量に限りがありますこととて、ほしいだけ、いくらでもというわけにもゆきませんので、その補いのつもりで、グリンジュースの素を使ってみようかと思っております。青汁は、毎日、1合〜1合5勺飲んでいます。



2-3. ほんとに幸福

    東京都 R.S. 

     早いもので、種々の病気に苦しみ、病院ではどうにもならなくなって、思いあぐね、田辺様(横浜スタンド)にお教え頂いてから、満2年経ちました。
     胃弱とか、神経性胃炎とか言われ、胆のう炎も病み、食は極度に細く、やせ細り、将来を悲観しておりました。
     昨年は急性肝炎を患い、生死の境をさまよいました。
     一時はイモ・マメ・ナッパに疑問を、抱いた事もありましたが、昨年暮より快方に向い、それからは、快くなることの早さ。
     今はすっかり健康体となり、日々明るく、愉しく働いております。
     二人の子供も、弱かった子供達も見違える程丈夫になりまして、医者いらずの昨今です。
     ほんとに、青汁食を知り得た事を、幸福と思って居ります。
     私は死ぬ迄、この食事を続けていくつもりです。健康になりました今、ご親切なる田辺様のご指導に深く感謝いたしますと共に、青汁会のご発展を心から祈ります。



2-4. 不治の病も

    群馬県 Y.O. 

     肝臓硬変症で、2年2ヶ月入院生活をいたしましたが、一向によくなりませんでした。
     長い間、一進一退でした。入院以後は、高蛋白、高カロリー食で、点滴すること1ヶ年半。
     リンゲルも十数回。針をさしても入らなくなり、副腎皮質ホルモン多量服用で、毎日死ぬことばかり考えるようになりました。
     その時肝炎で1年3ヶ月入院し、ケールで全快した高橋氏が、高崎市の青汁の会から、毎日、ケールの葉を運んでくれますので、6月15日に、先生は「駄目」というのを、自己退院いたし、毎日のんでおります。
     現在では、ねたきりの生活から動けるようになり、顔色もよくなって、いき返った、明るい生活をしており、不治の病も必ずよくなると信じております。



2-5. 4年来の肝炎

    高知県 S.U. 

     あしかけ4年の慢性肝炎を患い、去年2月より青汁を、町の保健婦さんにおききしまして、早速、先生の本をとりよせまして、飲んでおります。
     血液検査は、いつも、良くもなく悪くもなしでしたのが、6月と11月の2回に、正常に殆んど近くなりましたのに驚きました。週2回通院しておりますが、同病の人達にも、しきりに青汁の効用と飲用をすすめております。
     この頃では、野菜の不足と、勤めに出ています関係上、ともすれば、毎日が2日になり、することがありますが、五十肩と申しますか、右肩の痛みになやまされていますので、組織の若返りにと、ますます青汁を飲まないと、と痛感いたしております。



2-6. 散歩も出来る

    群馬県 Y.O. 

     肝臓病で、2年6ヶ月入院していても、一向によくならず、先生も、快くなって働けることは出来ない、というし、死のことばかり考える毎日でした。
     その頃、同病の友人が、ケールによる体質改善以外に方法はないから、というので、今までの高カロリー・高蛋白、動物性蛋白の酸性食品ばかりでは、絶対なおらないと思い、事故退院し、農薬の心配のないケールの葉を、高崎から運んでもらい、毎日2回食後の療法としてやっているうち、少しづつよくなって来ました。
     絶対安静の2年半の生活でしたが、散歩できるようにもなりました。



2-7. 青汁にめぐりあいて

     愛媛県 越智 廓明 

     私は僧侶でありますが、朝鮮で、十代より、広い境内で野菜作りに従事し、二十代より現在まで、果樹・野菜・酪農と、これまた広い境内管理に、土ととり組んでいました。これで、青汁にめぐりあう温床が出来ておったと申すものでしょうか。

     私が57才の夏(昨43年)、妻の病気が、数年前もとめていた遠藤先生の著書を思い出す機会をあたえてくれました。そしてまた、戦後、胃腸・肝・腎・腹膜などの大患で、医師にサジを投げられた、心友川端君が、青汁に一命を拾いし奇効に、妻の入院加療中、ずっと青汁を欠かさず服用させ、現在にいたっています。
     妻は、2〜3年前より肝臓がわるく、高血圧もありました。しかし、年に数回の胃症状と、更年期くらいの自覚症しかないままに、また、毎日の忙しい保母の勤めにまぎれて、そのままに過していました。ところが、昨春以来、心身の過労がつづき、病状のほのおに、小さな火の手がしばしば上るようになっていました。かてて加えて、偏食とくにビタミン・カルシウムの不足の累積は、妻にとって、今更ながら、うなづける不幸であったと思考されます。それだけに、青汁の服用は、病症の好転に、大きな役目をはたしたようでした。

     病上りの9月中旬、私は妻を同伴して、倉敷の緑の森の中央病院へ、遠藤先生をお訪ねさせていただきました。診療の後、ケールの種子を一袋と、「肝臓をまもるには」という冊子拝受しました。その種子は、9月下旬にまきましたが、8割方は今春開花し、種子5立あまりを採取しました。残りのケールは、今に、日々の青汁に大いに役立ってくれています。妻の病状は、月々の血液検査毎に軽快し、高血圧も2月ごろより、しだいに下降。4月以降、平常(130−85)となり4月より保母の現場に復しました。

     青汁調剤師の私も、ありあまるケールを、春以来飲用。現在では欠くことのできないものになりました。老化現象を少しでも軽くと念じ、「良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり」(食事五観偈)の訓えのとおり、三度の食事は良薬を服することと、いまさら、心得さされましたしだいです。しばしば採決すると、血液がうすくなり、献血にたえられぬようになると、献血の注意にありましたが、過去9回献血しましたが、これまでの血液の比重は57〜58どまりでした。それが、今夏の献血では60になっており、係りの看護婦さんを驚かしたほどでした。これも、全くケールの効用の嬉しい実証であったと思います。

     私は保育園を経営して二十年。いまは、700名余の市内保育所施設連合体のお世話もしており、この8月25日、連合体結成5周年記念研修大会に、遠藤先生を講師に、はるばるお招きのかなったことは、勝縁の一語につきるものです。先生のお話しを拝聴しまして、妻の病因には、偏食とくに緑葉野菜の摂取不足と、もう一つには、化学薬品の不知不識の乱用が、大いにあづかっていたのではないか、と思い当りました。

     カーソン女史著「生と死の妙薬」の中に、「アメリカでは、いま、小学児童の死因の第1位は癌だ。1才から14才までの子供の死因の12パーセントが癌なのだ。ボストンにはアメリカではじめての小児専用の癌病院ができた。」とあります。何ともいたましいことですが、欧米風の食生活になりつつあり、化学薬品の乱用もいよいよ甚しくなっている日本人の死因も、しだいに欧米風になり、子供の癌もかなりふえて来ているということです。今にして、この間違いをあらためなければ、どんなことになるか。思えば慄然とします。私どもは、先生ご夫婦を一夜お宿し、イモ・マメ・ナッパ・青汁を、身をもって実践しておられるのを拝見し、また10年は若くお見えになることにも、食生活の実証を示されておられるのに敬服いたしたしだいです。私ども、妻の発病によって青汁にめぐりあえたことは、まことに有難いことで、これぞ自利利他の妙行と、永年の友「土」に呼びかけるのであります。



2-8. 青汁と自然食で

    群馬県 Y.O. 

     難病の肝臓病で、事故退院して、はや1年2ヶ月。死ばかり考えた苦しみから、散歩、そして会社通いと、九死に一生を得たと申しましょうか、思いもよらない今日です。
     働ける日が来るとは、夢にも思えない、あの恐ろしさから、こうして、働けることの喜びを感謝しております。
     ケールの青汁とともに生きることは、ほんとうに素晴しい。この上ない生きがいと、有難く頂いております。
     このさき一生、厄介な慢性病であるけれど、絶対全快の信念でつづけたいと思います。
     また、肝臓を害する着色食品、漂白剤、防腐剤などの有害食品を食べないで、自然食で頑張りたいと思います。



2-9. 青汁日記(1970年)

     愛媛県 越智 廓明 

     7月1日。松山日赤病院へ。更年期でもあるし、小桜葉子さんの死にも恐れて、私は、妻をうながして子宮癌の検診に行った。
     2年前の7月は、肝臓疾患、高グロブリン血症、胆のう症と3つの病名に、平素からの高血圧とで、妻の1ヶ月入院の思い出の月であった。それと入院と青汁開始、満2ヶ年である。
     青汁は素人療法から、その年の9月遠藤先生に初にお目にかかって、正しいご指導を得て、爾来、私はジューサーと年中とりくんだのであった。
     翌年の3月には、高グロブリン血症も、高血圧も、青汁により退散。
     肝臓検査も合格。4月より常態に復して、今日は、検診終えた妻を献血にさそった。
     妻は初めてで早速に応じて献血をした。内心、過去の前歴の体で、献血不合格かと案ぜしに、あにはからんや、これ又、青汁の故血圧130。比重も婦人として濃い方です。と係の人の言葉を聞いて、私は心から喜ぶことができた。妻もどんなに安心したことであろう。
     1年4ヶ月近く保険証不用の彼女ではあったが、献血が、改めて証人になったと思った。私はケール苗を看護婦さんに約束して病院の中を持って歩いた。
     私のカバンには「食の危機と青汁」(遠藤先生著)と、「新栄養誌」3・4合併号と、それに待時間に妻に読まそうと持参したマレイ・ローズの父の手記「世界記録を生んだ栄養食」が入れてあったのであった。



2-10. 肝臓よくなる

    山形市 M.H. 

     青汁の約2年間の飲用で、5年まえの肝臓障害も、徐々によくなり、今では元気に勤務についております。



2-11. 肝臓よくなる

    高知県 S.U. 

     青汁のおかけで、肝臓の方もすっかりよくなりまして、昨年末に、共済組合病院での精密検査の結果も、異常を認めず、とのことで、ますます青汁をのまなければと励んでいます。



2-12. 希望を托して

    東京都 S.E. 

     昭和36年春、ある手術で輸血し、以来血清肝炎の疑で、あらゆる療法を試みました。
     書店で先生の「青汁の効用」を目にとめ、実行いたし、その効果の大なることを身をもって体得し、材料不足で何度か途切れましたが、約10年にわたって続行いたしております。
     材料は主として小松菜、パセリ、コンフリーの葉でしたが、勤務多忙につき、野菜の栽培も容易でなく、毎日欠かさず飲むには、どうしても材料のよいものが必要となります。
     慢性の肝炎は、やがて肝硬変に移行することははっきりしておりますので、何とかしてその進行を食い止めなければなりません。そして、もっとも信頼をおき、かつ実行しているのが先生の「青汁の効用」であり、いつも感謝いたしながら大コップ2杯を、毎朝欠かさず、知人にも広く宣伝し、多数の人々が実行いたしておりますので、ケールの種子をお願いいたしたく存じます。青汁のお蔭で体調よくなることを実証し、将来に大いなる希望を托している心境です。



2-13. 日増しに回復

    山形市 M.H. 

     青汁を飲みはじめて、今年で3年目。肝臓をわずらい、療養してから足かけ5年。日増しに体が回復し、今では、平常通りに働き、休日には、ある程度の力仕事(畑を耕したり、木をたばねたり)をしても、あまり疲れを感ぜず、もう少し働きたいという感が出るこの頃です。
     これも、青汁のお蔭だと思っております。油断せず、これからも飲み、体に注意してゆきたいと思っております。



2-14. 一日3合のんで

    高知県 S.O. 

     おかげ様で、一日3合のみ出して、にわかに食欲も出ますし、体の調子もよくなり、尿の検査では普通になりました。慢性(肝炎)になると困りますので用心しております。



2-15. 慢性肝炎と青汁

    群馬県 Y.H. 

     昭和45年夏、急性肝炎にて入院。治療すること約2ヶ月で退院。
     その後、通院していましたが、からだの調子がよくないので、検査しましたところ、また再発。すすめられるままに再入院しましたが、経過は一進一退を続けること約2ヶ月。
     そのころ群馬支部の平山先生に青汁をすすめられ、退院しましたが、慢性肝炎は悪くなるばかり。
     また入院しようかと思っている矢先、先生がお見えになって、私のいうことを守って青汁をつづければ必ずよくなる、と力づけていただき、この時から、肝臓病と青汁の戦いが始まったのです。
     はじめは、からだがだるく、食欲がなく、吐気がするので、朝夕に青汁(ケール)1合と豆乳を1合づつ飲み、つとめに行きました。
     この時のつらさは言葉にあらわすことができませんでした。
     少し食欲が出て来た時は約2ヶ月をすぎていました。
     それからは、豆、芋、ナッパ、青汁とで、体の調子がよくなって来たので、病院で検査したところ(GPT、GOT)、よいということで、医師も驚いていました。
     それに力を得て、ますます青汁にはげむこと約1年2ヶ月。
     今、その効果の大なることを体得いたし、われながら驚いているしだいです。
     これからも一生懸命飲んで、慢性肝炎にうち勝って行きたいと思っています。



2-16. 血清肝炎の予防

     医学博士 遠藤 仁郎 

     輸血後の肝炎(輸血肝炎、血清肝炎)は、まだ、けっして少なくない。
     いぜん、輸血用の血液を売血にたよっていた当時は大変高率だった。
     売血が禁止され、健康供血者の献血になってからも、まだ、相変らず相当の率で発生している。
     ために、手術はうまくいったが、あとの肝炎でさんざん手古ずり、ついには不幸の転帰をとる、といったことにもなりかねない。
     そこで、供血者から肝炎を除くために多大の努力がはらわれ、其の検出法にもあらゆる手がつくされている。
     にもかかわらず、なお発見されないものが少なくない。
     さいきんの外誌にこんな事例が報告されていた。
     それは、医療関係者で、肝炎ビールスをもっているとはつゆ知らず、たびたび輸血に協力。
     すすんで提供した血液から多数の肝炎が発生し、なかには亡くなった人もあった。
     おどろいて精細な検査がおこなわれたことはいうまでもないが、肝炎にかんする確証はなにひとつ、ついにつかめなかったという。
     さて、肝炎の病原ビールスの正体は、まだはっきりしていないが、輸血はもちろん、簡単な注射、あるいは入れ墨など、わずかな皮膚の傷からも、また、口からもはいって来る。
     そして、この肝炎は先進文明国に多いといわれている。
     それは、輸血や注射などによる感染の機会の多いこと。
     また、健康保菌者(かかっていながら、なんら自覚のない)が少なくないこと、にもよろう。
     しかし、またひとつ、さいきん、とくにその発生が目立って多くなったことについて考えられることは、一般の、ならびにことに肝臓の、抵抗力の低下していること。
     しかも、それは、現在の食の混乱を中心とする日常生活の不自然不合理化、公害、薬剤の乱用などによる障害、ことに肝臓の負担過重のために招かれているのではないか、ということだ。
     そこで、この肝炎の予防には、輸血や注射、その他、皮膚の傷だの、口からの感染の機会をなるべく少なくすること。
     供血者の選択を厳重にし肝炎にかかったことのあるものやその近親者はもとより、医療関係者もなるべくさけること。
     というのは、医師、看護婦、臨床検査技師、透析(人工腎臓)室勤務者、ならびに血液を扱うものなどには、肝炎にかかるものが多く(一般人の数倍〜十数倍)、健康保菌者も少なくない(前記外誌の例ように)ことがわかっているからだ。
     そして、それとともに、日常生活を自然化し合理化する。
     大気、水の汚染はともかく、せめて食べものだけでも安全化・完全化し、危険な農薬や工場・鉱山排出物、あるいは添加物による汚染のおそれのあるものは、つとめてさけ、安全良質食品のみによる完全食(イモ・マメ・ナッパ・青汁といった)にし、また薬の乱用をさけて、一般の、またとくに肝臓の、抵抗力の増強をはかることが大切であろう。

    (47・4)



2-17. 青汁に救われた私

    横浜市 E.N. 

     昭和37年、次女御産の折に、帝王切開の手術を受け、その後、急性腹膜炎で輸血をしたのが原因で、血清肝炎になりました。
     それから10年過ぎた昨年2月頃、蕁麻疹が出るので、肝機能を検査して戴きました所、慢性肝炎だと云われました。
     投薬、注射と、通院し乍ら治療して貰い、食事指導も、高蛋白、高カロリー、高ビタミンと、お腹一杯食べて、出来るだけ安静にして居りましたが、だんだん悪化して、11月下旬に入院しました。
     入院中は、メチオニン、プロパピール、ビタメゾンの薬で、GOT、GPTも正常に戻りましたので、50日足らずの入院でした。
     退院后も、安静にして、前述の食生活を続けて居りました所、又、悪くなり、再入院の宣告を受けました。
     丁度そんな折に、青汁の新聞を見せて戴き、早速、田辺さんにお電話して来て貰いました。
     田辺さんは、私の食生活と顔をみて、貴女は、美食で肝臓を悪くしているのだと云われ、このまま今の食生活を続けるのは、死に急ぐ様なもんだと仰言られました。
     薬もやめて、食生活も、全く反対のさつま芋に青汁、根菜類、果物。肉・卵・白米は食べてはいけないと申されました。
     半信半疑で実行して、1週間目に検査して頂きました所、今まで、どうしても正常に戻らなかった肝機能が、どうにか正常に落着き、こんな嬉しい事はありません。
     私は、青汁と田辺さんに救われたと申しても過言ではない様です。
     又、私と入院中一緒だった肝硬変で、7ヶ月も入院してもよくならなかった人も、青汁を始めて2週間で、正常近くまで機能が回復し、この上なく喜んで居られる様で、病院でも不思議がっている様です。
     ちょっと、何処かが悪い人を見ると、直ぐに青汁を進めたくなります。
     現代医学でも、現代栄養学からでも、どうしてもなおらなかった難治性肝炎が、ここまでに機能を回復したのは、遠藤先生と田辺さん達が作り出された青汁のお蔭だと唯々感謝するのみです。


 
クリック 引き続き、肝臓(3)へ






ご意見・ご要望はこちらへ
階層リンク 田辺食品 青汁 健康と青汁 上の階層へ
サービスリンク 更新記録 全体構成 商品紹介 注文方法

Copyright 2010 08 田辺食品株式会社