健康と青汁タイトル小
 芋・豆・ナッパの食べ方 インデックス

芋・豆・ナッパの食べ方(1)


芋・豆・ナッパの食べ方(2)
芋・豆・ナッパの食べ方(3)
芋・豆・ナッパの食べ方(4)
芋・豆・ナッパの食べ方(5)



1-1. 玄米粉食

    豊中市 I.N. 

     最近私の田舎、奈良市の山奥僻田舎の伯父をたずねましたが、「青汁は富国の汁」と感激している伯父だけに、90才夫妻は、その長男65才ともどもに青汁礼讃。お蔭で若返った顔や手の「しわ」が伸びたと生々した溌剌さであって、誠にうれしく思いました。
     その節、食改良の話に花が咲いて、玄米飯の代りに玄米の粉食と申しますか、玄米の粉末をつくって、毎食味噌汁又は粥の汁の熱いので、葛湯の方法で糊状にして、茶呑茶碗に3杯。約1合5勺(粉末)と副食物。即ち白米の代りに玄米粉を食っている訳になります。
     糠、胚芽等のビタミン、ミネラル、カルシウム摂取を考えたことになり、玄米飯の「すい飯」の繁を簡易化したとのこと。腹持ちが仲々よくて、胃膓の負担を軽減し、完全食になる。しかも青汁は常の通りに用いていると申し、先生の御教示を乞いたいと希望しておりました。また小麦粉についても、田舎産そのままを粉末にして使用して、市販のパンと比較してよいと思われます。(33・2・4通信より)


     実に羨しいことです。これこそ理想的な食べ方というものでしょう。粉食で玄米の欠点はすべて除かれます。新鮮な純正食品ばかりの食餌は正に自然の恵みそのものです。小麦粉も同様です。副食品にも充分の注意を払われ青汁を励行されるならば、必ずや百才以上の長寿をえられることでしょう。




1-2. 豆を食べよう

     医学博士 遠藤 仁郎 

     大豆や落花生のよいことはよくいわれているし、またよく知られてもいます。が、ほかの豆類ももっと食べたいものです。
     これらの豆類のよいことは、蛋白質が多いことと(尤も質は余り優秀ではないが)、ことにカルシウムやビタミンBに富んでいることです。
     そしてこのことは白米の欠陥を補うのに最も重要なことです。
     白米の食べすぎがやかましく戒められているのは、カルシウムやビタミンBが乏しいからです。
     米のカルシウムは、もともと含量が少い上に、燐やフイチンが多いため(これらは、共にカルシウムの吸収を妨げるので)、利用もよくありません。
     豆では、カルシウムの含量が多い上に、燐も、フイチンも、米に比べて少いので、それだけよく利用されます。
     また白米にはビタミンBがごく少いが、豆類にはずっと多い。
     ところで、糖質や蛋白質から出る熱量の1カロリーに対し、ビタミンBは1ガンマ(千分の1ミリグラム)あるのが理想的とされていますが、どうでしょう。
     白米と小豆を100グラムづつ合せると、その熱量(これらは殆んどすべて糖質と蛋白質だけからのものです)652に対し、ビタミンBは0.6ミリ即ち600ガンマで、ちょうど理想通りに釣り合います。(カルシウムと燐の比は1対7.3。1対1〜2が理想的とされていますから、これは十分とはいえませんが。)
     昔から小豆飯が祝いごとにつかわれているのはこの意味から大変興味のあることで、決してただ色目がよいということだけではなく、おそらく、このように栄養のバランスをとって、健康を増進し、一家の繁栄をことほいだものに相違ないでしょう。
     また、小豆の餡が菓子や餅や団子に入れられ、あるいはまぶされているのも同じ理由から頗る合理的というべきです。
     ことに菓子の場合、原料が米にしても麦にしても、それに砂糖がうんと入れられます。この精製した白砂糖は全く糖分だけで他には何もありません。
     そこで米麦に足らぬビタミンBは、砂糖がはいることで、いよいよ不足が甚しくなり、その結果体内代謝で酸性のものが出来ます。
     それを中和するためにはカルシウムがより多く要るのですが、これももともと少いのですから、ますます不足することになり、ついには骨からもって行くことになるため、骨組の細い、抵抗力に乏しいひ弱いからだになるわけです。
     ところが、そこへ小豆(餡)が来ると、その割合次第では、ビタミンBとの釣合いがうまくとれ、カルシウムにも余猶が出来る。
     従って餅や菓子の害が除かれるか、少くとも減る道理です。
     まことに妙を得た組合せ、まさに神の摂理ともいうべきもので、昔の人の経験の尊さには全く驚き入るばかりです。
     それに餡はもとは塩味であったといいます。それなれば更によいわけです。
     しかし、それだけで手放しに安心は出来ません。というのは、これはただ成分の計算上の話で、実際には調理と咀嚼が問題になりますが、いずれもかなり困難で、一般に豆類が消化の悪いものとされているのは周知の通りです。

    調理
     かたい豆を軟く炊くためには長い時間をかけるか重曹を入れます。
     ながい時間をかけることだけでもビタミンBは減るが、重曹を入れるとひどく壊されます。また普通「あくぬき」し煮汁を捨てて飯に入れたり餡にします。
     餡は殊に念入りにやり、上菓子の餡の小豆など少くとも5−6回あくぬきするそうです。
     こうなると、味はよいか知らぬがビタミンもカルシウムもぬけてしまい残ったものはほんの僅だけにすぎず、折角の小豆飯、小豆餡の意味もまるで失われるという結果になります。
     ですから、生のソラマメやエンドウの豆飯などはその点大変よいわけで、普通の豆類でもなるべく手を加えずに食べる工夫が望ましいものです。
     その一つは粉食です。そうすれば調理も簡単ですし消化もよろしい。
     変った利用法もいろいろ考えられましょう。ともかくもっと豆類を利用したいものです。
     そして調理の際のロスはなるべくなくしましょう。なお豆類は副食ではなくて、主食品であり、米麦と同格で、その補いになるものであることも忘れぬようにいたしましょう。
     また市販の餡や甘煮の豆の類には、殆どすべて有害な人工甘味のズルチンや、有毒な色素さえもが使われていますから、この点にも充分注意されねばならぬことを、念のため申しそえておきます。

    食品熱量蛋白質カルシウムB1B2
    (カロリー)(グラム)(ミリグラム)(ミリグラム)(ミリグラム)(ミリグラム)
    白米3426.41600.100.04
    小豆31020.9754300.500.10
    白米※
    小豆
    65227.3815900.600.14
    ※白米、小豆100グラムづつ




1-3. 越中のゾロ飯

     医学博士 遠藤 仁郎 

     玄米(主として屑米)を臼で挽いてあらい粉にし、それをたぎっている湯の中に入れて、杓子でかきまぜながら炊いたもの。これを食ふと腹がすかず普通1日5合の飯を食ふ人は、ゾロなら1日3合で十分だと昔から云ひ伝えているといふ。(後藤興吉 食物文化誌)




1-4. 大根のはっぱ

    倉敷市 H.E. 

     今年も又大根のおいしい時節がやって来た。
     終戦前後のどさくさの中での大根葉の思出は忘れがたい。
     大根葉といえば、以前の常識では、決して歓迎されるものでもなく、まず、食べられないものとして、ごみ箱に捨られるか、八百屋の店先で黄色にかれてしまう運命のものであった。
     ところがこの大根葉は、戦争中を都会の物質不足の中で暮した私達に思いがけない経験をさせてくれた。

     終戦前、私達は京都市桃山町に住んでいた。
     周囲一面の畠で春は麦、夏は胡瓜にトマト。それがすむと8月半から畠一面大根の小さい二葉が土上に顔を出す。お百姓がそれを次々と間引いて、1本の大根が成長するのに充分な間隔にしてしまう頃には、葉は30センチ位に伸びてみずみずしい青い葉っぱになっている。
     それから二旬ほどすぎて大根の白い根が土の上ににょきにょきのぞき出す時分になると、葉は見事に成長して、葉末の露が朝日にきらきらかがやく姿を見るのは実にすがすがしく気持のよいものであった。
     この頃から大根がぼちぼち抜かれ初める。お百姓は青青と成長した大根を引抜くと、先ず土を払い、次に折角立派に成長した葉っぱを何等ためらうこともなく、まるで厄介者をとり払う様に、大半もぎ取って捨ててしまう。そして少しだけ葉のついた大根を籠に入れて帰って行くのである。

     青葉の栄養上の重要な役割や雑草の利用についてかねがね主人からきいていた私は、いかにも無造作にすてられる大根葉が勿体なくて、何とか利用の方法はないものかと考えずにいられなかった。
     しかし、捨られているとはいえやはり人様のもの、取ってくるのはいかにも後めたい気持になり、日に日にすたって行く葉を恨めしげに眺めていた。
     ある日のこと、とうとう我慢出来なくなって、丁度来合せたお百姓に思い切って、捨葉をもらう約束をしてしまった。こうなったらしめたもの。子供と一緒に籠を持って毎朝畠に出かけては、一人ではとても持きれない大根の葉っぱをせっせと運んだ。そして間もなく大根葉の加工作業が初まったのである。

     勿体ないとはいえ、とても一度に消費し切れない大根葉の山をみてはさすがに一寸とまどった。
     そこで、これを熱湯にさっと通して乾燥することにした。こうすると、葉は丁度お茶の葉の様に美くしい緑色をのこし、(酵素を熱で殺してあるので破壊作用が止る)、しかも冬の乾燥期のこととてまことにきれいに乾上る。
     これを揉んで粉にして保存した。主人は更にもちをよくするため油をしみこませることを考え出しヤシ油に混合したりした。
     この乾燥葉は、倉敷へ移転してからも、郷里の母が受継ぎ続けて下さった。お蔭で腎臓炎を起し二度目にたおれた時にも、これが大いに役に立ち大変早く快癒することが出来た。

     それ以来大根葉は、薬万能の私の考えを根底から覆した様である。
     「大根葉は栄養のあるものよ、病人にも効きますよ」などと、あう人ごとに言い出したのはこの頃からだったと思う。いかにも医者の家内らしくない言草であるが、経験が私にそういわすのである。

     世の中は一応平和をとりもどし、都会にも戦前の生活が蘇がえり、あらゆる物質や食物が氾濫して何一つ不自由のない生活が出来る様になった。
     にもかかわらず、習慣的に日かげ者にされた大根葉はいよいよ顧みられず見捨られたままである。八百屋の店先に切捨られた葉っぱや、芥箱の中で大根葉を見る度に10年前のあの大根畠のことを思い出す。
     そして叫びたくなる。「大根葉は人間の食べるものですよ、これを捨てるのは大切な栄養を捨てることですよ」と。
     大根葉をもっと大切にしましょう、そして私共の栄養改善のためにもっともっと活用しようではありませんか。

    1. 生の大根葉はかなり固いものでも、みじん切りして蒸パンや、味噌汁に入れるとおいしくいただけます。
    2. 乾燥大根葉も蒸パンや小麦ダンゴに混ぜると栄養のバランスがとれてよい相です。
    3. 細かく刻んで天ぷらにしてもおいしいです。
    4. 其他の方法―焼飯やいため御飯の中に細かくきざんで人参などと一緒に混ぜる。又御飯が煮上ったところへみじん切の大根葉を少量の塩と一緒に混ぜると、かほりのよい「菜飯」になります。




1-5. 茶がらのテンプラ

    倉敷市 H.E. 

     今年も又大根のおいしい時節がやって来た。
     終戦前後のどさくさの中での大根葉の思出は忘れがたい。
     大根葉といえば、以前の常識では、決して歓迎されるものでもなく、まず、食べられないものとして、ごみ箱に捨られるか、八百屋の店先で黄色にかれてしまう運命のものであった。
     ところがこの大根葉は、戦争中を都会の物質不足の中で暮した私達に思いがけない経験をさせてくれた。

     終戦前、私達は京都市桃山町に住んでいた。
     周囲一面の畠で春は麦、夏は胡瓜にトマト。それがすむと8月半から畠一面大根の小さい二葉が土上に顔を出す。お百姓がそれを次々と間引いて、1本の大根が成長するのに充分な間隔にしてしまう頃には、葉は30センチ位に伸びてみずみずしい青い葉っぱになっている。
     それから二旬ほどすぎて大根の白い根が土の上ににょきにょきのぞき出す時分になると、葉は見事に成長して、葉末の露が朝日にきらきらかがやく姿を見るのは実にすがすがしく気持のよいものであった。
     この頃から大根がぼちぼち抜かれ初める。お百姓は青青と成長した大根を引抜くと、先ず土を払い、次に折角立派に成長した葉っぱを何等ためらうこともなく、まるで厄介者をとり払う様に、大半もぎ取って捨ててしまう。そして少しだけ葉のついた大根を籠に入れて帰って行くのである。

     青葉の栄養上の重要な役割や雑草の利用についてかねがね主人からきいていた私は、いかにも無造作にすてられる大根葉が勿体なくて、何とか利用の方法はないものかと考えずにいられなかった。
     しかし、捨られているとはいえやはり人様のもの、取ってくるのはいかにも後めたい気持になり、日に日にすたって行く葉を恨めしげに眺めていた。
     ある日のこと、とうとう我慢出来なくなって、丁度来合せたお百姓に思い切って、捨葉をもらう約束をしてしまった。こうなったらしめたもの。子供と一緒に籠を持って毎朝畠に出かけては、一人ではとても持きれない大根の葉っぱをせっせと運んだ。そして間もなく大根葉の加工作業が初まったのである。

     勿体ないとはいえ、とても一度に消費し切れない大根葉の山をみてはさすがに一寸とまどった。
     そこで、これを熱湯にさっと通して乾燥することにした。こうすると、葉は丁度お茶の葉の様に美くしい緑色をのこし、(酵素を熱で殺してあるので破壊作用が止る)、しかも冬の乾燥期のこととてまことにきれいに乾上る。
     これを揉んで粉にして保存した。主人は更にもちをよくするため油をしみこませることを考え出しヤシ油に混合したりした。
     この乾燥葉は、倉敷へ移転してからも、郷里の母が受継ぎ続けて下さった。お蔭で腎臓炎を起し二度目にたおれた時にも、これが大いに役に立ち大変早く快癒することが出来た。

     それ以来大根葉は、薬万能の私の考えを根底から覆した様である。
     「大根葉は栄養のあるものよ、病人にも効きますよ」などと、あう人ごとに言い出したのはこの頃からだったと思う。いかにも医者の家内らしくない言草であるが、経験が私にそういわすのである。

     世の中は一応平和をとりもどし、都会にも戦前の生活が蘇がえり、あらゆる物質や食物が氾濫して何一つ不自由のない生活が出来る様になった。
     にもかかわらず、習慣的に日かげ者にされた大根葉はいよいよ顧みられず見捨られたままである。八百屋の店先に切捨られた葉っぱや、芥箱の中で大根葉を見る度に10年前のあの大根畠のことを思い出す。
     そして叫びたくなる。「大根葉は人間の食べるものですよ、これを捨てるのは大切な栄養を捨てることですよ」と。
     大根葉をもっと大切にしましょう、そして私共の栄養改善のためにもっともっと活用しようではありませんか。

    1. 生の大根葉はかなり固いものでも、みじん切りして蒸パンや、味噌汁に入れるとおいしくいただけます。
    2. 乾燥大根葉も蒸パンや小麦ダンゴに混ぜると栄養のバランスがとれてよい相です。
    3. 細かく刻んで天ぷらにしてもおいしいです。
    4. 其他の方法―焼飯やいため御飯の中に細かくきざんで人参などと一緒に混ぜる。又御飯が煮上ったところへみじん切の大根葉を少量の塩と一緒に混ぜると、かほりのよい「菜飯」になります。




1-6. 野菜サラダ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     菜っ葉のしっかり食える料理は何といってもまず西洋料理の野菜サラダ。
     ラテン語の塩(サール)から出た名で、塩で調理したものという意味らしいが、そのほんとうのねうちは、くさぐさの野菜、果物、野草などを生食するところにある。
     こいつは大いにまねたいもの。ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ヤマイモなどいろいろの芋類だけでなく豆も南瓜も栗も百合根も。
     野菜にはトマト、キウリ、チシャ、キクヂシャ、キャベツ、パセリばかりでなく、なるべく青いものを多く。
     ケール、大根葉、小松菜、シソ、ニラ、ワケギ、ネギなど。いずれも新鮮が生命だから、家庭菜園からのとりたてが最上。
     季節のくだもの。また山椒、クコ、ハコベナズナ、タビラコ、タンポポ、ヨメナ、ヨモギ、ゲンゲ、ノゲシ、ヒユ、イワチシャといった野草山菜の新芽も入れたい。
     調味料は本式には油と酢と塩で、その混ぜ方にむつかしいコツがあるらしいが簡単なフレンチソース、マヨネーズでも、和流に味噌、醤油でも結構。
     なれれば何にも無くても充分おいしくいただける(どころか、その方がもの本来の味が味わえて却っておいしくもある)。
     ふつうでも週に一度か二度は食べたいが、高血圧や動脉硬化、ふとりすぎ、糖尿病、肝炎や腎炎などでは、ぜひ毎日ほしいもの。私はそういう病気には週一度くらいは断食して、青汁だけ飲むとか、野菜果物だけにすることをすすめているが、それにはこうしたサラダがうってつけというものだろう。




1-7. 最上の料理

     医学博士 遠藤 仁郎 

     一般家庭の料理も大いにすすんできました。学校でもいろいろおそわるし、参考書も沢山できています。新聞や雑誌、ラジオにテレビと、毎日、それはもう、世界中のといっていいほどの目あたらしい料理が紹介されます。そして、多忙な農山村でも、栄養や料理の講習会がさかんに催されています。またみんななかなか熱心であり、評判もいたってよいようです。まことに結構なことと申すべきでありましょう。しかし、それでつくづく感じられるのは、料理のあり方は、果してあれでよいのだろうか、ということです。
     どうも、ほんとうの意味の栄養の改善とか合理化ということとは、およそかけ離れたご馳走。それも珍らしい、ひとの知らぬ新奇さをきそうといった、一種の虚栄料理に堕しつつあるのではないでしょうか。どの献立をみてもまことに立派です。出来栄えもすばらしい。色目もよく、味もよさそうです。けれど、経費はどうでしょうか。手数はどうでしょうか。また、栄養学的にはどうでしょうか。それから材料食品の安全性はどうでしょうか。
     多くのものが、経費と手数を食い、人工を加えすぎ栄養的には却って偏った(不完全な)ただ見た目と舌ざわりばかりをよくした料理のように、私には思えてなりません。そして、安全性ということになると、いろいろ珍らしい材料が用いられ、また文化的と称せられる瓶詰や罐詰食品その他の加工貯蔵食品の使用が多いだけに、はなはだ気がかりです。
     ところで、私は、最上の料理というものは、経費はかからず、手数もとらず、それでいて、味はよく、栄養的にはすぐれ、しかも絶対安全な料理でなければならぬと思うのですが、それには、自家菜園からひきたての清浄安全野菜(緑菜)の少しも手をかけぬ、自然そのままの生食にまさるものはないと考えます。
     自家栽培ですから、全然お金はかかりません。浄水で洗うだけで食膳に上すのですから、これほど手数のかからぬ料理はありません。そして、その味。いかなる料理の妙手の腕前でも、新鮮な緑葉のそれに及ぶものはありますまい。調味料も簡単なものほどよく、無ければさらによいのですから、ここでも経費が助かります。しかも、栄養的に、これにかなう完全食品はちょっと見あたりません。
     また、これほど立派な、これほど真心のこもったご馳走は、またとあるまいと私は信じています。ご馳走という言葉を考えてみてもわかることですがこれは、なんでも茶道から出た言葉だということで、お茶席の主人が、招客のために、文字どおり馳り走って、心をこめてとりそろえたもてなしもの、という意味だそうです。
     すると自家栽培の新鮮野菜ほど、その意味にピッタリするものはないではありませんか。自家菜園というと、何でもないことのようですが、、実は、なかなか簡単にはまいりません。とくに、安全な清浄栽培のための心づかいとなると、とても生やさしいものではありません。まず、土地の選択が大切です。よそからの汚水を冠ったり、流れこんだりしては困ります。水はけはよく日当りも風通しもよくなければなりません。そして、その整備。これにもかなり骨が折れます。
     さらに、種まきから、その後の育成の間の、なみなみならぬ配慮と努力。肥料が安全でなければならぬのはいうまでもありません。しかし、化学肥料だけでは、質のよいそして味のよい野菜はできませんから、いつもから充分の堆肥の用意を怠ってはなりません。また、農薬もうっかり使えませんから、客に出せるほどのナッパをつくるには害虫の駆除だけでも、いいかげんの手数ではすみません(もっとも私は平気で虫のくったのを出しますが)。
     こうしたことがらを勘定に入れると、おいそれと、そこいらの食料品店で買いあつめた珍味類(どんな物騒な混ぜものがしてあるかも知れぬ)とは、まるで、わけがちがいます。しかも、その栄養価や安全度はまさに100%なんです。とても、これほどのもてなし、これほどのご馳走はありっこないと申す所以であります。大事な家族の健康のためにも、また遠来の珍客のためにも、第一流の、いや最上の料理として、あえてこれをおすすめしたいと思います。




1-8. 生食菜のつくり方(1)

     医学博士 遠藤 仁郎 

    私の方法
     緑葉食青汁、食膳の緑化に欠かされぬものは生食できる菜っ葉類の供給。市販の野菜には大概下肥がつかってあるし、農薬もかかっているかも知れぬ。虫は薬で始末できるとしても、農薬は恐ろしい。そこで、安心して生でたべられる野菜は、自分でつくるか信頼できる農家に委托する他ありません。

    栽培地
     陽あたり、風通し、水はけのといこと。1日少くとも6時間以上陽のあたる所といわれていますから、樹木や家屋のかげは駄目。垣に囲われた風通しのよくない所では病害や虫害をうけやすい。水はけの悪い所や地下水の高い所もよくない。それは根の発育に土壌の空気が関係し、湿気が多すぎると発育が悪いからです。で、畝を高くしたり、排水溝を設けることが必要になります。また他所の汚物や農薬をうけたり、汚水の流れこんだりする恐れのない所でないと、折角骨を折って清潔につくっていても不潔になってしまいます。なお生食の生命である新鮮さのため、また管理の点からも、家の裏庭とか附近の空閑地といった所が便利です。私の家は蓮池を埋立た所で、庭は南側ですが、家と塀との間にあるので、余り条件はよいとはいえません。

    土つくり
     移って来て家の内が片づくと庭を掘り起しました。深いほどよいのですが、まず2尺くらい。石や、ビン、鑵などの邪魔ものを除き、土はなるべく小さくくだきました。栽培に適した土は、手で掘るとかたまるが、つつくとすぐにばらける、というのがよいのだそうですが、石炭殻や赤味かかった粘土質の山土ばかりでした。そこで草や落葉、ワラ切れ、ムシロ、コモ、タタミ表などの切れ端し、台所のゴモクなどを混ぜこみました。これをくり返しているうちにしだいにボロボロの良質耕土になりました。

    種まき
     広い地面があれば、条をたてて播くのですが、私は庭が狭いので、普通のまき方のほかに、4分の1坪位を単位に、うんと厚播きし、伸びるにしたがい間引き、あるいは片隅から抜いてゆき、全部終れば播きかえする、というやり方をしています。(これは箱作りにも応用できます。ミカン箱を3〜4箇用意し、次々に播き、食べ終れば土を作り直して、また播くという風にやれば都会のアパート住いでも、また北国の冬でもやれるでしょう。)種子の上に覆う土は、雨でたたき出されぬ程度にかるくかければよろしい。

    苗つくり
     苗を作るには、苗床にまき、適当の大きさになれば、根をいためぬよう、土塊のついたままを、よく耕し軟くした土地に移植します。

    配置
     播付けや根付けには陽当りを考えて、早くとるもの、丈の低いものは南側に、ながくおくもの、丈の長くなるものは北側に、また多年性のものは掘りかえしに邪魔にならぬ場所に植えつけます。

    肥料
     専門書にはむつかしいことばかり書いてあって、結局どうすればよいのか、素人の私などには呑みこみにくいので、私は私なりに簡単に、「菜っ葉をつくり、それを持って行くのだから、欠乏して来るのは葉の成分だ」。だからそれを補えばよい。作物の肥料は結局われわれの栄養と同じだろう。完全肥料というのがあるにはあるが、こいつおそらく、学校の所謂完全給食だの家畜の完全飼料が、実は甚だ不完全であるように、きっと何かが欠けているに相違あるまい。
     化学肥料ばかりだと、一時はよく出来てもやがて土地が荒れてしまうということだ。また、われわれの栄養でも家畜の飼料でも、菜っ葉をうんと添えてはじめて本当に完全になるように、肥料にも、それを充分に施しさえすれば必ず本当に完全になるにちがいない。化学肥料は有機質が充分にあってはじめて素晴しい効果を現わすというのもそれだろう。
     と解釈して、ともかく堆肥だ緑肥だというわけです。
     ただしその堆肥も正式に作るのは面倒なので、平素からつとめて敷草を多くしておき、また庭の隅に積み重ねておいて、機会毎に混ぜこむ、といった横着な方法をとっています。
     その他には風呂の木灰をいれ、また石灰をまく程度で、殆んど肥料らしい肥料は使いませんが、ごらんの通りよく出来ています。
     なお石灰は、もともとわが国の耕土には乏しいものですし、雨で失われる上に良質葉菜類の栽培では特に損耗が著しい。
     たとえばケールには0.3%のカルシウムが含まれており、反当少くとも1500〜2000貫はとれますから、それだけでも5〜6貫(坪当では15〜20匁)は減る勘定になります。
     これは従来から甘藍作りの肥料として、反当過燐酸石灰七貫といわれているのと一致するようです。また石灰が不足していると、野菜に摂られるストロンチウムの量がふえるといいますから、この点からも充分の施用が望ましいわけです。
     下肥は一切使いません。これも完全に腐熟したものは差支ない筈なのですが、汚染の危険を伴いやすいので、やはり避けた方が安全です。
     また化学肥料は、いわば注射薬のようなものですから緑肥堆肥類を主肥料とし、これに補助的に用うべきものです。
     私は肥料屋にすすめられて合成肥料なるものをやったこともありますがうっかり葉にかけてすっかり駄目にしてしまったので一度切りでやめました。むしろ鶏糞、魚粉、油粕などの方が素人には無難だろうと思います。

    (つづく)




1-9. 生食菜のつくり方(2)

     医学博士 遠藤 仁郎 

    害虫駆除
     いろいろ有力な農薬が出来ています。
     しかしホリドール(パラチオン)などの滲透性の猛毒剤はもとよりのこと、人畜無害と称せられている農薬でも、余程慎重でなければなりません。
     それは、そのもの自体は無害の筈でも、原料薬品が粗製で毒物を含んでいることがあり、これが思いがけぬ中毒の因にならぬとは限らぬからです。
     私は原則として、農薬(ことに合成薬品)は一切使わぬことにしています。
     今では農薬を使わぬ農家はありませんから、虫どもは安全な畑をめがけて集って来ます。
     そこでどうしても害虫の被害はさけられません。青虫、黒虫、アブラ虫、夜盗虫、はてはコオロギ、バッタにいたるまで。やっと芽ぶいたばかりの双葉をすっかりやられたり移植した苗が、根もとから食い切られている、という腹立たしい事件が頻発します。
     やむを得ぬときは除虫菊とかデリス根剤といった自然物からとった農薬にすべきです。
     これらは毒作用が早くなくなるし、少くとも人工的にまぎれこむ毒物の懸念だけは絶対にありませんから、まず安全といってよろしい。
     しかし私は、より一層安全かつ確実な方法として、なるべく毎日(被害の多い時季には朝夕)見まわり、こまめに駆除することにしています。
     専門の農家でも、「なるほど農薬はよくきく。しかしそれも一時的で、やがて虫に抵抗力が出来、ついには全く始末におえなくなる」といっている程です。

    栽培
     大切なことは年中切らさぬこと(周年栽培)。
     それには品種や播種または植付け時期の注意が必要ですが、時無し種を主とし、それに季節季節のもの、また多年性のものをとり合せれば、ズブの素人でもそうむつかしいことではありません。
     いろいろ利用できるものはありますが、私が多年試みて重宝しているものをあげてみますと、年中あるいは殆んど年中いつでも出来るものには、ケール、カキバダイコン、廿日ダイコン、時無しコマツナ、時無しカブ、チシャ、キクチシャ、キクナ、パセリ、ネギ。春まきには、シソ、バイアム、アマトウガラシ(これは菜っ葉ではありませんが)。
     秋には、ワケギ、タマネギ、ミズナ、カツオナ、その他の菜類。
     多年性のもの、ニラ、サンショウ、クコ。

    ケール
     色々の品種があります。青汁用には丈の高いツリー(木立)ケールと背の低いポルトガルケール(若いうちはサラダ用にも、汁の実漬物にもなります)。
     生食用にはチジミケール。播種は春さきから晩秋までいつでもよろしい。
     苗床にうすく播き、土はごく軽く。雨の多い季節にはただふりまいておく位の方がよく、余り丁寧に土をかぶせると却って発芽しにくいようです。
     密生したら適宜移植。4寸−5寸になれば定植。株間は少くとも1.5−2尺。カキバダイコン、廿日ダイコン、時無コマツナ、時無カブこれらは主に生食用として大きくなれば青汁用、または漬物にもします。
     厚播きして、のびるにしたがい間引き、若いうちに食べてしまい、土地に余祐があれば適宜移植して大きくもします。
     また秋には、その他の菜類も播き添え、真冬に備えてなるべく多く保存しておきます。
     春先から次々に追播してゆけば年中利用できます。

    チシャ、キクチシャ
     春秋に播けます。苗は1−2回仮植し、本葉4−5枚の時本植。(株間5−7寸)

    キクナ
     春秋まきでき、基部を残しておいてもまた繁って来ます。

    アオシソ
     いちどまいておくと、あとは種子が落ちて毎年はえます。若い葉は生食、青汁にもなります。食べ切れぬ時は塩漬けにしてながく風味を保存出来ます。

    バイアム
     南方原産のヒユ科の一種。これも一度まいておけば毎年はえ、真夏の青物不足の時にどんどん繁るのでとても重宝。但し生食や青汁用よりは油いためとか汁の実によろしい。

    パセリ、セロリ
     これも種子が落ちて毎年生えますが、春秋にまけば(苗床にまき適宜移殖)年中とれます。
     いずれも生食用。但しセロリは刺戟が強いのでむしろ薬味用です。

    アマトウガラシ(細莢もの)
     葉ではありませんがやはり緑菜の一つ。果菜のうちではおそらく最上品。3月頃露地に苗を作り、適宜移殖。5月頃定植(株間1.5−2尺)すると、促成物の出終る初夏の頃から晩秋までおいしい青トが楽しめます。

     ネギ、ワケギ、タマネギ、ニラネギは年中(春秋まき及び古株の植つぎで)。
     ワケギとタマネギは、初秋の頃球根を植えると、やわらかい新芽が出る。
     ニラは多年性。邪魔にならぬ所に植えておく。毎年春先から秋晩くまで利用できます。
     いずれも若葉を次々に摘んで生食。クコ、サンショウも植えています。
     このようにして行くと、生命の源ともいうべき良質の新鮮野菜を、毎日欠がさず食膳に上すことが出来るだけでなく、栽培そのものにもなかなか尽きぬ興趣がわいて来るものです。
     殆んどの食品が加工され薬品や色素の危険にさらされている今日ほど、こうした安全な家庭菜園の必要な時はありません。
     健康のためにも、また楽しみとしても、ぜひおすすめしたいと思います。
     なお畑は広い程結構ですが、うまく利用すれば、まず一人当り1坪あればよいのではないかと思います。
     私の庭の植付面積は精々4−5坪にすぎませんが、家族4人分は裕に供給できます。




1-10. くろい米と青野菜(5) −青野菜の食べ方−

     友成 左近 

     そこで、青野菜は、その他の食品の取り合わせ方とも深い関係があるわけですが、少なくとも200g以上とることが必要です。
     できれば400g以上とることが望ましいのです。
     200gとすれば、青野菜だけから、実効力価に換算して、5,000以上のビタミンAがとれるわけです。
     なお、肝油やバターなどからビタミンAを必要量以上に多量にとると、副作用がおこることがありますが青野菜からとる場合には、各種のビタミンがよく調和しているので、そうした副作用はおこりません。
     多ければ多いほどよいのです。
     といって、青野菜は、そう沢山には食べれませんし、また沢山食べるには、それ相応の工夫が必要です。
     また、青野菜を、一人1日当り200ないし400g以上供給することは、さし当り、むつかしことではありましょうが、牛乳、卵、肉、魚その他に比べたら、そうむつかしいことではありません。

     ○ 


     さて、青野菜を沢山食べるといっても、その食べ方に工夫をしなければなりません。
     それは、こうだからです。
      第一に、  青野菜には、固いセンイが多く、各種の栄養素は大部分、このセンイからできている細胞膜につつまれているのです。
       それで調理の仕方を工夫したり、よほどよくかんで食べなければ、消化吸収が悪く、あまり沢山食べると、胃腸の負担が過重となります。
      第二に、  青野菜は、鮮度がおち易く、鮮度がおちれば、栄養素によっては、それだけ無効になっていくものがあります。
       また、ゆでたり煮たり、アクぬきをしたりすれば、栄養素によってはそれだけ無効になったり、ゆで汁にとけ出たりするものがあります。
      第三に、  青野菜には、厄介な寄生虫や細菌や、危険な農薬がついている場合があります。
       よく洗ったり、さらに熱処理をしなければなりません。

     ○ 

     そこで、青野菜の調理法や食べ方には、格別の工夫が必要となるわけです。
     最も望ましいことは、できるだけ新鮮なうちに、生のまま食べることです。
     けれども、シュンギク、チシャ、レタースなど、ごく柔らかいものならともかく、広く青野菜を、沢山、生のままパリパリたべるというわけにはいきかねます。
     そこで、これは、スリバチでもミンチでもミキサーでも、とにかくすりつぶして食べるか、さらに汁だけしぼりとって、青汁にして飲むようにすれば、この理想に最も近いわけです。
     ところが、青汁にすると少々アオくさくなって、のみずらい人もあります。
     けれども「シンから丈夫になるには」と元気を出して、少しずつでも飲んでいると1週間か10日もすれば、けっこう飲めるようになるものです。
     そして、その頃には、からだ具合がなんとなくよくなってきます。
     そうこうする間に、そうおいしいものにはならなくても、のまねば何かモノ足りなく感じるようになります。
     人によっては捨て難い味わいとなってきます。
     とくに秋から冬にかけては、そうです。
     このように、青汁にして飲むようにすれば、青野菜を、日に200gいな400g以上、生のままとっても、胃腸にそう負担をかけることなく、またそれに含まれている各種の栄養素が最高度に消化吸収されるわけです。
     しかも、この青汁と、それに含まれているビタミンやミネラルその他の栄養素は、米、麦、芋、砂糖、油や肉、魚、卵、大豆などとそれに含まれている炭水化物や脂肪や蛋白質などと異って、少々多すぎても、少しも差し支えなく、むしろ多すぎる位が、かえってからだによいのです。また、青汁にして飲むようにすれば、しいて野菜でなくてもよいわけです。
     家畜の飼料として栽培しているものでも、無毒無害である限り、雑草でも木の葉でもよいわけです。
     いな、その方が、かえってよいのです。
     この頃広く、青汁の材料としているケールは、もともと養鶏用の飼料です。

     ○ 


     けれども、青汁にする場合も、よく気をつけねばならないことがあります。
      第一に、  何分生のまま食べるわけですから、材料は危険な農薬や人糞などで汚染されないように、清浄栽培をしたものでなければなりません。
       そして、きざむ前によく洗うことが大切です。
       また、用器や手先も清潔にしなければなりません。
      第二に、  青野菜といっても、ホウレンソウなどは、その中に含まれているカルシウムが、シュウ酸と結合していて、吸収しにくいので、青汁の材料には不向きです。
       それに、青汁に常用して多量にとっていると、このシュウ酸カルシウムが吸収しにくいといっても、やはり多量に吸収され、腎臓結石などをつくる恐れもあります。
       ゆでるか油いためにして、ほどほどに食べることが適切です。
      第三に、  青汁にする場合でも、すりつぶして食べる場合でも、ニンジンは含めないことが大切です。
       生のニンジンには、ビタミンCをこわす酵素が含れているからです。
       もっとも、この酵素は、煮れば無効となるので、ニンジンは煮て食べることです。
       また、生のままでも、口に入れたら無効となるので、すりつぶした生ニンジンは、器を別にすればよいわけです。
       なお、ニンジン葉の分には、この酵素はなく、これは栄養価の極めて高いものです。
      第四に、  できるだけ新鮮なうちに青汁を作ること、そして作りたてを飲むか、でなければ一時冷蔵庫に保管しておくことが大切です。
       飲みにくくもなり、効力のおちてくる栄養素もあるからです。
      第五に、  生のバターや食用油を少し加えて、ビタミンAの吸収をよくすることも大切です。

     ○ 


     ところで、こうして青汁をのむ場合でも、のまない場合にはなおさら、毎日の食事に青野菜を沢山とり入れることが大切です。
     さらに、キャベツ、ダイコンその他白野菜もできるだけ沢山とり入れることが大切です。
     そして、この場合、気をつけたいことがいろいろあります。
      第一に、  生で食べ易いものは、つとめて鮮度の高いうちに、生のまま食べることです。
      第二に、  むしたり、ゆでたりする時には、できるだけ僅かの水で、短時間で行ない、緑色があせない程度にすることです。
       また、つとめて油いためにすることです。
       さらに、アクぬきをしなくてすむものは、できるだけそうしないことです。
      第三に、  煮て食べる場合には、煮汁をすてずに、いっしょに食べることです。
       また、アゲその他油物と共に煮ることです。
       さらに、あまり塩からくせず、つとめて薄味にすることです。
       でないと胃をいためる恐れもあり、カルシウムをそれだけムダに使います。
      第四に、  こうして野菜とくに青野菜を、できるだけ沢山食べ、それだけ穀類や肉魚類をひかえることです。
     こうした食物は、必要量だけは、ぜひ食べねばなりませんが、食べすぎては却って有害となるからです。
     また、とかく食べすぎ易く、事実、食べすぎている場合が多いからです。
     さらに、いうまでもないことですが、菓子類は、極力ひかえめにすることです。
    (つづく)




1-11. 野菜入り卵焼

    玉島市 S.T. 

     青菜を小さくみじん切りにしましたものを卵でつなげる程度に混ぜ合せ、これに塩、其の他好みの味付けをしました物を、とろ火でゆっくりと焼き上げます。又此の外にも天婦羅の衣を溶く場合にも青汁を使いますと、風味のある天婦羅が出来上ります。




1-12. 豆板(ひっぱり)

    玉島市 S.T. 

     材 料   豆一升
     糯米 3合
     塩  少々
     青菜(ミンチ掛してどん鉢1杯位)
     青汁を入れてもよい
     作り方 
    1. 豆を水洗いする。
    2. 蒸し器に豆を入れ、其の上に米を入れて一緒に蒸す。
      大体蒸せた頃に、ケール(青葉)のミンチに掛けたものを、米の上へむらなくかけ、後3分位蒸す。
    3. よく蒸せたらこれを餅搗で塩少々を入れて搗く。
    4. 搗け上ったものを器に入れ4、5糎厚さにのばしておき、適当な堅さになった時うすく切る。
    5. 後よく乾燥して置く。




1-13. 年中ナッパを

     医学博士 遠藤 仁郎 

     いちばん簡単で安上りの健康法は青汁だと、いまやちょっとしたブームになって来ました。が、こいつ、どうも、あんまりおいしいものでありません。それに、まるで、クスリででもあるかのようにいわれていますが、実は、ただ、今までの習慣食に不足しているミネラルやビタミン類の最優秀補給源であるナッパを食べる一方便にすぎません。また、べつに汁にせねばならぬものでもありせん。要は、質のよい=ミネラルやビタミンにとんでいるナッパを、うんとナマで食べさえすれば、それでよいのです。たとえ青汁をのんでいる場合でも、そうすることによって、いよいよミネラルやビタミンに余裕ができ、それだけ青汁の効果も著しくなるというわけです。

     それに、ナマのナッパほどおいしいものはありません。菜園からひき立てのイキのよいものほど、そして質のよいものほど、おいしいものです。もとより、下肥や農薬(この害はとりわけおそろしい)の心配のないものでなければなりませんから、なるべく、家庭菜園を活用して、年中きらさぬようにつくりたいものです。春さきには、冬をこしたナッパ類のトウ立ち。ケール、アブラナ、ダイコン(養鶏用のカキバダイコンのほうがおいしい)、コマツナなど。ニラの新芽。野草や木の芽も、それぞれ持味があって結構なものです。ついで、春まきのダイコン、コマツナ。だんだんまき次いで、いつも2‐3寸のびた「食べごろ」をきらさぬようにします。夏ちかくなるとこれらの栽培はむつかしくなりますが、ニラ、シソ、パセリ、アルメロン(ブラジルキクチシャ)は、真夏にもめげずそだちます。やがて、ワケギ、タマネギ(球をふせておく)の新芽。
     秋の野菜季節ともなれば、もろもろのナッパ類。寒さの増すにつれておいしくなり てきぎ播きついで行けば、真冬にも新鮮なナッパに、こと欠きません。もっとも、雪の多くないところでのことではありますが。
     良質で安全(清浄で無毒)な、こうしたナッパ類のとり立てを、ただ水で洗うだけで、自然のめぐみのそのままを、あるいは、いくらかの調味料をそえて、バリバリやる。これほどすぐれ、また、健康的な食べ方は、恐らくないでしょう。




1-14. 縁のご飯

    東 S.S. 

     現在、チキンケール、かきは大根、その他の青葉など栽培して(二坪位のところ)、青汁をつくって飲んでいますが、今日は、青汁で一寸変った御飯の食べ方を読者の方々にお知らせしたいと思います。
     毎年青シソを栽培しますので、他の青葉と一緒にまぜて青汁をつくり、御飯にかけて食べたところ、香りもよく、味もよく、見た眼も緑の御飯といって、夏の食欲を増進してくれます。この青汁をつくる時、必ず植物油と塩少々を入れてやっています。正油と化学調味料を用いると尚一層緑の御飯の味がよくなります。

    (36、8、18)




1-15. グリーンサラダ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     栄養を完全にし、健康を増進するために、私どもは生の菜っ葉をしっかり食べること、そして、その一方便として、すりつぶして汁にして飲むこと(青汁)をすすめているのですが、こいつ、だいいち、あまりおいしいものでありません。そのうえ、すりつぶすことだけでも、もういくらか失われる成分があるでしょうから(汁にして味が悪くなるのも、おそらく、そのためでしょう)、生の葉のそのままをバリバリやるほうが、ずっとよいわけです。
     そして、また、安全(清浄無毒)な材料でさえあれば、野菜だけでなく、野草でも、木の葉でも、およそ食べられるほどのものは、みな利用すべきだとも考えます。


     この正月には、ひどい寒波にいじけて残っていたカキハダイコンの葉、コマツナ、CO(これが寒さにたいし一番強かったようでした)。わずかに芽ぶいているハコベ、ナズナ、タンポポ。それにセロリを少し加えた7種をグリーンサラダにして食べましたが、どうも、これが本当の「ななくさ」の食べ方ではないだろうか、という気がしました。

     梅雨のなが雨のようやくあがる頃、私の庭には、春まきのカキハダイコンやコマツナ、COなどは、ひどく虫にやられてしまって残り葉も殆んどなくなります。そして、シソ、ミツバ、アルメロン、クコ、赤地利ソバにまじって、クローバー、ノゲシ、ヒユ、イノコヅチ、オオバコ、ヒメジヨオン、タデなどの雑草が生いしげり、捨てた種子から出たカボチャ、カキ、ブドウの芽ものびています。
     草とりがてらに、やわらかい部分だけを摘みとれば、これらも結構サラダの材料になり、夏の青物不足の補いにも役立ちます。だいたい野草や木の葉には味のよくないものが多いのですが、中にはなかなかうまいものもあり、それぞれに特有の持ち味もあって面白いものですし、味のよい野菜に混ぜれば、さして気にもならず、らくに食べられます。
     また、こうした雑多なものを、でたらめに混ぜ合わせて利用できるところが、サラダのよいところでもあり特長でもありましょう。

     いずれも、慣れてくればそのままでもやれますが、適当な調味料があれば一層食べやすくなります。調味料には食塩、酢、ミソ、モロミ、マヨネーズなど色々あり、好きずきもありますが、私どもの経験では、やはり、和流の酢ミソかフランス流の油、酢、食塩、胡椒の調味が一等のようです。
     ところで、ミソには大豆の油と塩があり、酢ミソはそれに酢を加えたものですから、フランス流と、いわば全く同じわけです。

     私はこのグリーンサラダを毎朝食べることにしていますが、起きぬけにザルをもって庭に出かけ、野菜を主とし、野草や木の葉を適宜に配し、薬味としてニラ・セロリ・ミツバなども加え、1回量おおよそ50−60グラムを摘んで来ます。
     小さい葉はそのまま。大きいのは頃合いの大きさに千切って、水道でよく洗い、水をきっておきます。やがて、大きな皿に山もりにされて、食卓にはこばれます。
     備えつけのサラダ油、ついで食塩と酢(胡椒はあってもなくてもよろしい)をかけ、かきまぜて食べるのですが、まことに美味しいものです。
     そして、この新鮮味になれてくると、ふるくなったものや、火をあてたものなど、とても不味くて食べられません。来客にもよく出しますが、なかなか評判がよろしい。

     なお、これは、どこでもというわけには行きませんが、下肥や農薬の危険のない、人里はなれた安全な原っぱや山のハイキングなどには、ぜひ酢ミソだけでも携行したいものです。
     私どものところでは、毎月第3日曜に「あるく会」がありますが、昨年4月の例会には、戦国の昔、女軍奮戦の悲話をとどめている児島の常山古城趾にのぼりました。
     頂上はあたり一面の笹やぶで、めぼしい草も見あたりません。
     ようやく天守趾のくずれた石垣のウコギの古木に、みずみずしい新芽の群りついているのを見つけ、摘んで会員一同に試食してもらいましたが、野趣にとんだ味は、時にとって、ひとしおの感興をそえたようでした。




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