健康と青汁タイトル小
 養育・育児インデックス

養育・育児(1)
養育・育児(2)

養育・育児(3)



1. 親の舌とこどもの舌

     医学博士 遠藤 仁郎 

     このごろの若い母親の多くは、こどもに好きなものばかり食べさせようとし、また、そうしなければならないと考えているように感じられる。
     肉を好くから肉、味の濃いものが好きだからこってり煮しめたもの、ハムだ、ソーセージだ、インスタントものだ。間食にはチョコレートだ、ケーキだ、といったぐあい。
     そして、栄養的に完全であるかどうか、その結果がこどもの健康、こどもの将来にどうあらわれるかについては、テンデ無頓着。

     NHKの奥さん番組に「学校給食を考える」というのがあったが、そこで聞かれたのは、「どれもまずい」、「あれでは残飯のでるのも当然」といったものばかりで、栄養上どう、といった意見は一つもなかった。

    その結果
     こうして、日本国中のこどもたちは、毎日おいしいものばかり食べているわけだが、なるほど、こどもたちは、たしかに大きくはなった(実は、ノッポになりデブになった)が、体力は却って下り、不健康児がふえ、ウ歯は殆んど100%、近視が多い、骨折が多い(ちょっと転ぶかボール投げただけでも骨折する児さえいる)。何かあると脳貧血でブッ倒れるものが続出、衛生室はいつも大繁盛。血圧の高いもの、糖尿病、腎炎、癌、その他難病・奇病も稀でない。

    どうしてこうなったか
     そのもとは母親。母親の舌にある。食べはじめから母親は、自分の舌においしいもの、好きなものを食べさせ、それがクセになったため。また、その多くが、熱量・蛋白質にかたより、ミネラル・ビタミンの不足した不完全(欠陥栄養)食のための体調不良によって、いよいようまいものでなければ食べなくなる。という悪循環をくりかえしているからだ。

    こどもの舌
     ここで考えて欲しいことは、こどもの舌と親の舌とはちがうということ。こどもは本来自然の舌、正しい味覚をもっている。赤坊は、あのナマくさいまずい母乳を喜んでのむ(お母さん方は、一度、自分の乳の味をためしておいてほしい)。また、あのまずい青汁が赤坊の大好物だということからも、これはうなづかれよう。
     これは、動物が、自分に必要なものに味覚をそそられるように、まだ、味覚のゆがめられていない赤坊が本当に大切なものを好む本能をもっている証拠だ。それだのに、人工栄養では、親の舌においしく感じられるまで、砂糖を入れる。牛乳には、もともと塩分も多いので、こどもたちは、糖分も塩分もよくきいたおいしい(しかし、こどもには迷惑な)乳をのまされ、それに慣らされてしまう。
     離乳後もまた同様、殆んど味つけしてないまずい(親の舌には)ものでも、よく食べるのに、これまた、親のお節介で、より一層濃厚に味つけしてしまう。そして、可哀そうに、過剰の栄養を処理しきれないこどもたちは、ふとりすぎ、後の肥満症、糖尿病、はては狭心症や心筋梗塞の、また食塩過剰のためには後の高血圧の、下地をつくり上げてしまう。

    欧米模倣
     これは、今の若い母親たちの好みが、肉・脂・糖を主にした西欧風になって(そう教育されて)いるため。また、この食が、いかにも栄養たっぷりであり、味もよく、野暮ったい田舎料理にくらべ、はるかに高級かつ文化的にもみえる、からでもあろう。
     けれども、それが、完全無欠なものでないどころか、間違いだらけであることは、いまや本場の欧米では、いたいほど思い知らされている。
     そして、うまいものを鱈腹食って、しかも痩せるにはどうすればよいか。糖尿病・高血圧・心筋梗塞・癌の多発を防ぐにはどうすべきかと、躍気になっているわけだ。
     そして、結局、根本的には食改善以外に解決法はないこと。しかも、予防は若い時、こどもの時、もっと早く赤坊の時から始めなければならない、といわれながら、一度染みついた悪習慣はいかんともしがたく、やむなく医学の進歩(新薬や手術法の開発)によって、とりつくろっている、というのが彼等の現実の姿なんだ。

    日本もやがて
     かつての日本には、こういう厄介な病気は無かったか、ごく少なかった。それは、われわれ祖先伝来の、ことに田舎流の食べ方(ならびに日常生活)がまちがっていなかったからだ。もっとも、米は食いすぎていた。が、危険な食品はなかったし、むかしのこどもはよく運動していた。今は、肉・脂・糖がふえ、米(パン)もさほど減っていないし、危険な食品が氾濫している。そのうえ運動しなくなったため、栄養の欠陥度はいっそう甚しくなっている。そして、ハワイに渡り、アメリカ本土に渡った同胞の健康状態が、しだいに欧米人なみに悪化してきている事実は、欧米模倣の、いかに愚かしいことであるかを、如実にしめしている。
     この弊習がわが国にしみこんで来たのは終戦後。まだ30年この方のこと。その影響のあまり深刻になっていない今こそ、建直しの好機。ぐずぐずしているうちに、日本国中が毒され、在米同胞の二の舞。さらには、欧米先進国なみ、やがては民族の滅亡に追いやられてしまうかも知れない。

    食の建直し
     手始めはこどもの食べものから。貧しかった時代の日本のとおりでなくてもよい。ともかく、もっと合理化をはかるべきだ。それには、こどもは自然の正しい舌、健康的な味覚をもっているが、親の舌は、ながい間の悪(贅美)食の結果、呆けており、正しい健康的な味覚を失っている。
     したがって、親の感覚でつくり上げたものは、こどもにとっては、害にこそなれ、ためになるものではないことをよくわきまえ、真の健康的な食にひきもどすこと。これこそ、転ばぬ先の杖というもの。

    せめて青汁だけでも
     多年私どもは、できるだけ有害有毒食品をさけ、つとめて安全良質の自然食品をえらび、十分の良質ナッパをそえ、調理は簡単、調味をうすくした、緑葉食・青汁、イモ・マメ・ナッパ・青汁食によって、食の安全化・完全化(自然化)をはかるべきだと考えているが、こどもたちの健康をまもるためには、せめて青汁だけでも、それも、なるべく早く(乳児期の初め)から、うんと飲ますクセをつけてほしいと願っている。ともあれ、親たちのまちがった舌、ゆがめられた好みによって、こどもたちを不幸にはしたくないものだ。

    (51・3)


2. 乳児の感染症

     さいきん、新生児や乳児に緑膿菌・ブドウ球菌などによる感染症がふえている。これらの菌は、ふつうは腸管その他に常在する菌で、もともと無害性のもの。
     しかし、多くの薬剤に抵抗性があり(多剤耐性菌)、また、耐性を得やすい性質をもっている。そこで、一旦、感染するとなかなか治りにくいうえに、重症の肺炎や敗血症、髄膜炎などをおこしやすい。
     というのは、これらの菌が感染するのは、体力・抵抗力がよわり、防衛能がおとろえているこどもに限られているからだ。したがって、この予防には、ただ、バイ菌にたいする注意(消毒その他)だけでなく、こどもの体力・抵抗力をたかめることが、より大切なわけだ。

     さて、こどもの体力・抵抗力は、胎内での発育不全(未熟児)、出産時の傷害(産難)、生後の栄養のあやまり(人工栄養)などによって弱められ、病気すれば、病気そのものにより、また病気治療につかわれる薬剤によっても、不利に影響される。
     そこで、妊娠中の健康に注意し、健康なこどもを生み、これを健康にそだてること。すなわち、緑葉食・青汁、イモ・マメ・ナッパ・青汁といった完全かつ安全な食をとり、甘味やアルコール、タバコなどの乱用をさけること。(栄養に欠陥があると、発育が十分でないだけでなく、抵抗力・免疫能のよわい子が生れる)
     生後は、初乳からの母乳栄養にし、なるべく早く青汁をのますくせをつけること。
     離乳後も、つねに、安全な完全食に心がけること。
     こうすれば、妊娠は順調に経過し、胎児の発育よく、産はかるく、乳汁の分泌もよいから、生後のこどもの発育も、体力・抵抗力もよくなるから、めったに病気もしない。たとえ、少々のことはあっても、薬なしか、簡単な薬ですむから、厄介な薬害をうける心配もない。
     したがって、常在菌といった弱いバイ菌にやられるなどというおそれはなくなる。

    (51・1)


3. 乳児の感染症

     こどもに近視や仮性近視が非常に多い。
     これは、勉強やテレビを見る時間がながく、戸外のことに広っぱであそぶことがないか少なく、したがって、殆んど遠くを見ることがなくなっているからでもあろう。
     そこで、遠くを見る時間をつくったり、眼玉をグリグリ動かす運動、あるいは眼球のマッサージなど、眼を休ませたり、血のめぐりをよくすることも、確かによいにちがいない。
     しかし、もっと大切なことは、こどもの栄養のまちがいを直すことではないだろうか。
     近視は眼球の奥行き(眼軸)がのびすぎ、眼のレンズの焦点が網膜にあわなくなったもの。
     この眼軸ののびは、近くを見るために眼にウッ血し、眼圧が上るため、とされているようだが、眼球の膜(鞏膜という強靭な膜)が十分強ければ、この眼圧のたかまりによく耐えて、のびることはない。
     つまり、近視になる眼は、生れつきか、あるいは何かの原因で鞏膜が弱いか、弱くなっているからであろう。
     ところで、ユドキンという学者は、発育中のネズミに蛋白質の乏しい砂糖食をあたえて近視になること、を証明している。
     これは、蛋白質不足と砂糖の過剰による栄養バランスのみだれのための血のにごりで、眼の鞏膜をよわめた結果であろう。
     これでみると、わが国に近視の多いのは、平素の食べものが白米・白パンにかたよっている不完全(欠陥)栄養であるうえに、さいきんの砂糖の消費がかさなったからではなかろうか。
     また、戦後来日したあるアメリカの学者は、「日本に近視の多いのは、白米を主食にし、カロチン芋(ビタミンAにとむサツマイモ)を食べないからだ」といったそうだが、A不足も関係があるのかも知れない。
     また、ビタミンCが不足すると結合織の出来方が十分でなくなるから、鞏膜の強度とも関係がないともいえまい。
     ともかく、眼球の強さと栄養との間にも、複雑なかかわりあいがあることだろう。
     したがって、こどもの眼を守り、近視を防ぐには、まず栄養を完全にして、少々近くを見る時間がながくても、簡単に軸ののびないような強い眼になることが根本というものだろう。


4. 子供の保健特集

    子供のカイヨウ急増
    ストレス蓄積
    駆り立てる親にも責任


     (京都)子供の胃カイヨウ、十二指腸カイヨウがこのところ急増しているが、原因の大半はいやな“塾通い”や受験の悩みからくるストレスによるものだ―仕事に追われる大人たちの現代病としてクローズ・アップされてきたストレス性カイヨウが、いまや子供の世界にも広がっているというショッキングな研究報告が8日、京都・国際会館で開かれている国際心身医学会で発表される。
     この研究をまとめたのは北海道・旭川医大第3内科の並木正義教授らのグループで、並木教授が15年前に小学校児童の集団検診をした際、低学年の児童3人に胃カイヨウを見つけたのが研究のきっかけ。
     以後、胃の中を直接見ることができる小児用内視鏡を開発して小児カイヨウの発見治療に取り組んできた。並木教授らが37年から51年までの15年間に内視鏡検査を実施した小児患者(零歳―14歳)は446人。
     いずれも腹痛や吐血などを訴えて来院した子供たちで、このうち97人が胃カイヨウか十二指腸カイヨウにかかっていた。
     これを年次別に調べたところ、最初の年は2、3人だったのが、51年には20人に増加、ことしは7月現在で、早くも19人の小児カイヨウ患者が見つかっている、という。
     この小児カイヨウのほとんどがストレスに起因する症状を示していたため、並木教授らはさらに患者一人一人との対話をもとに原因を調べた。
     その結果、受験への不安や緊張を表した子供が多くみられ、カイヨウと診断された子供の約68%が、いやいや塾に通わされていることがわかった。
     なかには、三つの学習塾に加え、英会話教室に通うよう再三強制された9歳の男児が通う途中で吐血、病院に運ばれた例もある、という。
     ストレスはいやな教師に当たったり、友達とうまくいかなかったり、両親が不和だったりする場合にも蓄積される。
     こうしたストレスによる小児カイヨウは腹痛や吐血、血便など激しい症状を示すが、治り方も早く、ストレスさえ取り除けば2、3週間で回復する、という。
     この報告をまとめて、並木教授は「塾へ塾へと、いやがる子供たちを駆り立てる親、それを放置する教師たちが、小児カイヨウをつくり出している。この病気は心身両面からの治療が不可欠で、周りの者が子供の悩みを理解してやるのが一番大事だ。子供たちをもっとたくましく育ててほしい」と話している。

    (52・9・7 山陽)

    幼児に不明の奇病
    脱毛・歩行困難など
    沖縄中部で一人死ぬ


     沖縄中部の一地区で、最近幼児の間に脱毛や歩行障害を起こす原因不明の奇病が発生、これまでに6人が発病、うち一人が死亡していることが判明した。
     このため沖縄県当局は27日、厚生省に連絡、国立衛生試験所に患者の毛髪を送って検査を依頼した。患者が集中的に発生しているのは、宜野湾市我如古地区。
     沖縄県環境保健部の調べによると、今年7月末、会社員崎浜秀幸さんの長男秀樹ちゃん(5つ)が突然頭と足の痛みを訴えて歩けなくなり、数日後頭髪が抜け出した。そして8月中旬死亡。
     この間県立中部病院や琉大付属病院に入院、手当てを受けたが、病名や原因は分からなかった。
     また秀樹君の妹(3つ)もほぼ同じころ発病、やはり頭髪が抜け、歩行障害を起こして、今も入院している。
     最近、この症状に疑問を持ったコザ保健所が我如古地区を調べたところ、崎浜さん方近くの3世帯でさらに男女4人の幼児(3歳―5歳)が同様な発病をしていることが分かり、どう保健所と沖縄県環境保健部は27日、環境衛生と公害両面から本格的な調査を開始した。
     患者に接触した中部病院の話によると、症状は頭髪が抜け、吐き気や、程度がひどくなると呼吸困難をきたし、初期には皮膚のただれも見られ、ウイルス性よりは薬物中毒の可能性が強いという。
     我如古地区は、民家が密集して環境的にはあまり恵まれず、子どもたちは中央部の公民館や小さな公園で遊ぶことが多かったという。衛生関係者は付近に水田が多いところから「農薬では・・・」と、マークしている。
    (51・10・29 朝日)

    風船から発ガン物質
    全国に出回る


     (千葉)千葉市内の薬品問屋が米国から輸入したおもちゃのゴム風船に発ガン性の有害色素が含まれていることが千葉中央保健所の分析検査でわかり、千葉県衛生部は8日、業者に風船の全面回収を指示した。
     風船は既に全国各地の薬局、薬店に卸され、大部分が売りさばかれてしまったとみられるため、同部は厚生省を通じて、この風船を子供たちに与えないよう呼び掛ける。
     同部の調べによると、問題の風船はエージェーデー開発会社(本社・東京)の仕入れ本部(千葉市作草部町)が昨年10月と11月の2回にわたり、米国のオークラバー・カンパニーから輸入した4種類の風船。
     約9万個が全国の薬店、薬局に卸されたが、このうち赤色系統の風船から、食品衛生法で使用を禁止されている「赤色205号」「赤色213号」が検出されたため、同部で回収を指示した。
     同仕入れ本部の話では、これらの風船は米食品医薬局(FAD)の検査をパスした安全無害なものだと思い、安心して輸入した。
     二度目の輸入の際、厚生省から「検査が必要」と指摘され、検査したが、有害物質は出なかった。保健所の調べで発ガン物質が検出されたと聞き、びっくりした、といっている。
    (52・2・9 山陽夕)


5. 乳児食の塩類過剰

     医学博士 遠藤 仁郎 

     さいきん人工栄養が多くなり、しかも、はやくから濃厚な乳をのませたり、高熱量の固形食をあたえることがはやって来ている。
     ために、乳児の肥満症がふえ、それが、糖尿病や心筋梗塞など、後の成人病の素地をなすことが警告されている。
     も一つ、こうした栄養法では塩類過剰になっていることも注意されている。
     牛乳はもともと母乳に比べ塩類にとんでいるし、製品ことに粉乳には添加されるものもある。
     そこで、メーカーの指示通りにうすめても相当多いのに、多くの母親は、ずっと濃い乳をのませようとするからだ。
     また、固形食には塩類がさらに多くなっているからだ。
     その結果、尿量が多くなり、水分が失われ(脱水)、口がかわく。
     口がかわいて泣いても、母親は乳の不足かと勘ちがいして、また濃い乳をのます。
     そして、いよいよふとり、ますます塩類過剰をつのらせる。
     夏、気温が上ったり、発熱、あるいは下痢、嘔吐などがあると、脱水はいっそう甚しくなり、危険をまねくようなことにもなりかねない(乳児の腎臓は、塩類を排出して調節する能力が、まだ十分でないため)。だから、人工栄養のばあいは、つねに、濃すぎないよう適宜うすめること。
     夏期などには、とくに十分の水分をあたえるよう気をつけねばならない。

    (50・7)


6. お八つの菓子

     医学博士 遠藤 仁郎 

     お八つに菓子が多すぎる。
     幼いときから、家庭はもとより、保育園や幼稚園でも、お八つは菓子ときまっている。
     それこそ、明けても暮れても、菓子、菓子、菓子。
     田舎路や野山をあるいてみると、うまそうにうれた草イチゴや木イチゴ、グミ、桑の実。秋には熟柿がすずなりになっている。
     だが、こどもたちは見向きしようともしない。そして、どんな片田舎にも菓子店があり、いろとりどりの、うまそうな菓子がいっぱいならんでいる。
     経済的にゆとりができ、生活レベルが上ったおかげには相違なかろう。
     けれども、それとともに、こどもたちの健康状態は悪化の一途をたどっている。
     虫歯がふえた。近視がふえた。カブれたり、ヒキつけたり、疳癪もちのダダっ子。ちょっところんでも骨折する、といった弱い子ばかりが多くなった。
     このことは、やがて次の時代の国全体の弱化、国力の衰微につながるわけだが、誰れもどうすることもできず、また、どうしようともしない。
     まったくおそろしいことだ。うまい菓子を作るなとも食うなともいうつもりはないが、せめて危険な添加物のない安全な菓子にすることと、なるべく早く、赤ん坊の時から、おそくとも、幼稚園・小学校の時から、良質ナッパを食べ、青汁をのむクセをつけ、栄養のバランスをとるべきことだけでも教えてほしい、とつくづく思う。(53・1)


7. 教育原点の中核(1)

     友成 左近 

     たいへんな標題をかかげましたが内容は、人々めいめいの生涯教育で最も重要なのは乳幼児の間の養育であるが、この養育で最も重要なのが食事である、ということであって、しごく平凡で日常卑近なことです。が、それがためにか、そこをそう深くは分別せずに養育にあたっている場合や、深く分別しているつもりでも、実際は意外と不行届であり、あれこれと間違っている場合が少なくないので、人々めいめい、とりわけ母親としては、この「平凡なことに非凡の努力を」というわけです。

    養育で食事が最も重要なのは
     乳幼児の間の養育が、人々めいめいの生涯教育で、いうなればその原点として最も重要であるのは、古くから「はじめてが大切」「三年たてば三つになる」「三つ子の魂百まで」といわれている通りですが、この養育で、栄養をはかる食事とそのしつけが、いうなればその中核として最も重要であるのは、要約つぎのようなしだいです。
     ――なお、ここで養育といい教育というのは社会通念に従ったまでのことで、ふつう養育という場合は、心身ともに未熟で、生活習慣がまだ身についていない乳幼児の間の、広く心身全面にわたる養護育成のことであり、教育という場合は、生活習慣が一応身についた後の、主として精神面での教育育成のことです。
     もうひとつ、人々だれしも、「ヒトと生まれて人間になる」といわれているように、生まれたときは、いうなれば動物の一種であるヒトなのですが、生後社会的に生活して、すなわちまず養育・教育されて一個の人間に成長するのですが、それはいうまでもなく、ヒトと生まれたからには、心身ともに、めいめい一個の人間に成長する素地・可能性を備えて生まれているからです。
     そして、めいめいどんな素地・可能性を備えて生まれてくるのかというと、ひとつには両親の(配偶者選定以外に)人為的には不可抗な遺伝的素質により、もうひとつには母親が、縁あってめぐりあわせた家庭的社会的環境のもとで、妊娠前から生活に、とりわけ食生活にどう心がけるかによるので、見方によれば、教育の原点はこの心がけにまでさかのぼってみる必要があるわけです。
     が、ふつう養育とか教育というのは生後にかかわることであって、生前にかかわる母親の心がけは胎教とよんで、取扱上そこに区切りをつけているので、ここでは乳幼児の間の養育に教育の原点をおくわけです。

    発育成長の点から
     まず第一に、乳幼児の間は、それも早い時期ほど、他に養育されなければ片時も生きてさえいけないほどか弱いのですが、心身ともに、とりわけ身体面で、生涯で最も盛んに発育成長する時期であり、従って、また、養育の良否の作用を最も強く受ける時期です。
     そしてこの発育成長に、その資源として最も重要なのが、いうまでもなく食事で補給する栄養分です。ために、これを十分補給すれば、備えて生まれてきた素地・可能性を十分発揚して発育成長し、もし不十分であれば、それだけ発育成長が阻害され、また病気にもかかりやすく、場合によっては、生命にかかわることがあります。
     そして養育も教育も、生命あってのことであるのはいうまでもありません。
     その上、発育成長には時期があって、乳幼児の間は、その後の発育成長を軌道づける基礎が形成される時期です。従って、もしこの間に発育成長が阻害されると、あとでは容易に取り返せず、生涯それだけハンディをせおうようになって、学校に通うようになってもマトモに勉学できず、なんとも教育に難渋する場合があります。

    (つづく)


8. 乳児の肥満症

     医学博士 遠藤 仁郎 

     さいきん、欧米では、母乳をのます親がへって、生後間もなくから、高カロリー食をあたえる傾向になっているため、乳児の肥満症がふえている。
     バーミンガム(イギリス)大学のアンダーソン教授によると、1年未満の正常児300例のうち、

      50例(16.7%)は肥満症。
      83例(27.7%)は平均以上。

     かれらの生後3ヶ月の間の熱量は、男児平均キロあたり136、女児149カロリーで、保健省がすすめている当キロ120より、めだって多い。
     これは、はやくから固形食を加えているからで、119例(39.7%)は4週以前から、280例(93.3%)は13週までに。甚しいものは生後第1週で、もう固形食をあたえはじめている。
    (Shukla、B.mJ. 1972.12.2号)

     ハーバード大学(アメリカ)のマイヤー教授によれば、動物や、かなりの年令にたっした子供や成人は、カロリー増加にたいし、減食して調節する能力をもっているが、乳児は、幼いほどその能力が不完全なので(早産児はとくに甚しい)、食べすぎでふとりやすいし、脂肪細胞(脂肪をとりこむ細胞)の形が大きくなり、数もふえる、という。
     予防法としては、固形食はなるべくおそく、4〜6ヶ月ごろからにすること。
     穀・卵・肉をさけて、野菜のようなカロリーの低いものをあたえるよう。
     また、飲料を十分にし、水か、砂糖なしの果汁をもちい、多量の砂糖のはいっているものはさけるよう指導すべきだ、と警告している。
    (メジカル・トリビューン 1973・1・18号)

    糖尿病になる
     乳児にはやくから固形食をあたえるため肥満症がふえているが、糖尿病をおこすとも考えられる、とYudkin博士はいっている(Lancet,1972.12.30号)。
     それは、人工栄養につかわれる乳粉には砂糖が加えられているし、多くの母親は調乳のさいに砂糖を入れる。
     その他の食べものにも砂糖がはいっている。こうした砂糖過剰は、肥満のもとになり、耐糖能を低下し、糖尿病の発生をうながすことになる。
     また、蛋白質過剰の影響も考えられる、という。西洋人のやることは、何でも、すぐに真似たがる国柄で、いままでも、せっかく出かかっている母乳をやめて、人工栄養に切りかえたり、はやく離乳食にうつって得々としている若い母親が、しだいに多くなっているし、いわゆる栄養価のたかい離乳食品も出まわっている。
     しかし、乳児の肥満は、後の肥満症。そして成人病とのつながりも大きいといわれているのだから、こういう馬鹿な真似はしてもらいたくない。
    (48・4)


9. 教育原点の中核(2)

    食習慣の形成上から
     第二に、人間は「習慣の束」といわれているように、生活はめいめい身につけている習慣に従って営んでいるのですが、この習慣はいうまでもなく、備えて生まれてきたものではなく、生後の生活でだんだんと身につけてくるものであって、発育成長するというのは一面、生活各面にわたって習慣を身につけていくことです。
     従って乳幼児の間は、この習慣を初めて身につける時期であり、従ってまた、その後の習慣の変遷を軌道づける基礎が形成される時期です。
     そこで、乳幼児の間の養育で、どんなものをどう食べさせるか、それが栄養の法則にかなっているかどうか、ということは、その間の発育成長だけでなく、食習慣の形成に、従ってまた、その後の発育成長に極めて重大なのです。
     ――なお念のため、習慣というのは生活処理の行動様式であって、生後の生活で知能的に学習した常識に裏づけられ、また生得的生理的な欲求が生後の生活で感情的に分化派生した好みに着色されています。
     そしてこれは、「3年たてば三つになる」といわれているように、生後2、3ヶ年間の生活でひと通り身につけて、心身ともに一応一人前の恰好・格式を備えてきます。
     そして、いったん身につけてくると、「三つ子の魂百まで」といわれているように、その後の生活で多少は変わっていきますが、それを基本的に方向づけるようになります。
     そしてこれは、食習慣で格別著しいのです。

    精神面の発達上から
     第三に、乳幼児の間は心身未分化であり、とりわけ精神活動の生理的な土台が発達する時期であって、文字通り「健全な精神は健全な身体に宿る」のです。
     従って、養育で食事をあやまって身体面の発育成長が阻害されると、それだけ精神面の発達が阻害され、そして、いったん阻害されると、身体面と同様に、あとでは容易に取り返せません。
     それに、乳幼児の間の最大の欲求・関心は、食べることと愛護されることであって、栄養の法則にかなった食事を、それも親身にさせると、この欲求・関心がうまくみたされて、心身ともに健やかに発育成長すると共に、円満な性格が形成されます。
     そしてこれは、その後の性格変遷を軌道づける基礎であって、もし食事のさせ方をあやまって、ゆがんだ性格が形成されると、あとでは容易に矯正できません。

    実施上から
     乳幼児の間の養育で食事が最も重要であるのは、この他いろいろわけあることですが、もう一面この食事は、その他の養育面に比べて、実施上とかく不行届になりやすく、間違うことも少なくないので、これには格別細心の注意と非凡の努力が必要であるからであって、それはつぎのようなしだいです。

    (つづく)


10. 教育原点の中核(3)

    食習慣の形成上から
     第二に、人間は「習慣の束」といわれているように、生活はめいめい身につけている習慣に従って営んでいるのですが、この習慣はいうまでもなく、備えて生まれてきたものではなく、生後の生活でだんだんと身につけてくるものであって、発育成長するというのは一面、生活各面にわたって習慣を身につけていくことです。
     従って乳幼児の間は、この習慣を初めて身につける時期であり、従ってまた、その後の習慣の変遷を軌道づける基礎が形成される時期です。
     そこで、乳幼児の間の養育で、どんなものをどう食べさせるか、それが栄養の法則にかなっているかどうか、ということは、その間の発育成長だけでなく、食習慣の形成に、従ってまた、その後の発育成長に極めて重大なのです。
     ――なお念のため、習慣というのは生活処理の行動様式であって、生後の生活で知能的に学習した常識に裏づけられ、また生得的生理的な欲求が生後の生活で感情的に分化派生した好みに着色されています。
     そしてこれは、「3年たてば三つになる」といわれているように、生後2、3ヶ年間の生活でひと通り身につけて、心身ともに一応一人前の恰好・格式を備えてきます。
     そして、いったん身につけてくると、「三つ子の魂百まで」といわれているように、その後の生活で多少は変わっていきますが、それを基本的に方向づけるようになります。
     そしてこれは、食習慣で格別著しいのです。

    精神面の発達上から
     第三に、乳幼児の間は心身未分化であり、とりわけ精神活動の生理的な土台が発達する時期であって、文字通り「健全な精神は健全な身体に宿る」のです。
     従って、養育で食事をあやまって身体面の発育成長が阻害されると、それだけ精神面の発達が阻害され、そして、いったん阻害されると、身体面と同様に、あとでは容易に取り返せません。
     それに、乳幼児の間の最大の欲求・関心は、食べることと愛護されることであって、栄養の法則にかなった食事を、それも親身にさせると、この欲求・関心がうまくみたされて、心身ともに健やかに発育成長すると共に、円満な性格が形成されます。
     そしてこれは、その後の性格変遷を軌道づける基礎であって、もし食事のさせ方をあやまって、ゆがんだ性格が形成されると、あとでは容易に矯正できません。

    実施上から
     乳幼児の間の養育で食事が最も重要であるのは、この他いろいろわけあることですが、もう一面この食事は、その他の養育面に比べて、実施上とかく不行届になりやすく、間違うことも少なくないので、これには格別細心の注意と非凡の努力が必要であるからであって、それはつぎのようなしだいです。

    養育とりわけ食事には非凡の努力が必要なのは
     人々めいめいの生涯教育で、乳幼児の間の養育が、いうなればその原点として最も重要であるが、この養育で、いうなればその中核として最も重要なのが食事である、というのは前記のようなしだいです。が、このうち、とくに食事は、その他の養育面に比べて、実施上とかく不行届になりやすく、間違うことも少なくないので、これには格別細心の注意と非凡の努力が必要である、というのは要約つぎのようなしだいです。

    食事にはとりわけ手数がかかるため
     まず第一に、乳幼児の間は、早い時期ほど、生活全面にわたって養育されなければ、自分自身では片時も生きてさえいけないほどカ弱いので、この養育は多面にわたり、そのいずれも、それ相当に手数がかかり、この手数には細心の注意が必要です。
     が、このうち(水分の補給も含めた)食事は、哺乳に始まって、補食、離乳食を経て普通食になるのですが、そのいずれも、その他の養育面より、はるかに毎日毎度の手数がかかり、そのうえ、実際どんなものをどう食べさせるか、という点で複雑多岐にわたっています。
     それに乳幼児の胃腸は未発達で、間違った食事の作用が著しいので、この手数には、その度毎に格別細心の注意が必要です。
     もしこれを怠ると、たった一度のことでも、たちまち病気にかかり、生命にかかわることもあります。
     それほどでなくても発育成長が阻害され、また間違った食習慣が身について、心身ともに生涯厄介なハンディをせおうようになります。

    養育にあたる母親に理解が不十分であるため
     第二に、この食事をはじめ、さらに広く養育にあたるのは、早い時期ほど、よほど特殊な事情がない限り生みの母親ですが、それはいうまでもなく、この母親には、乳児の間の栄養に必要な、それも成分その他の性質上、これに代わり、これに優るものが他にない母乳が出るからであり、そのうえ、乳幼児の間の養育に必要な、しかも、これなしには心身ともに健全に成長しない愛情が備わっているからです。
     とはいっても当の母親としては、全く未経験のままに、あるいは一度や二度の経験で養育にあたるので、経験者に見聞もし助言もしてもらい、さらに専門家の指導書もみて、その理解につとめるわけです。
     が、なにぶん経験不足であり、また家事その他にかまけることがあり、それにほかならぬ人間であれば、行き届いて間違いなく理解することは至難です。
     そのうえ経験者の助言にしても専門家の指導書にしても、程度こそあれ、やはりあれこれと不行届や間違いがあるので、なおさらです。
     従って、経験者についての見聞も専門家の指導内容も、格別細心の注意を払って取捨選択すると共に、みずからよく考えて、道筋たてて理解し、さらに、この理解には不行届もあれば間違いもあることを弁えて、たえず補正していくように非凡の努力を払わなければなりません。
     なお念のため、こうした注意と努力で当節とくに重要なことのひとつは、人工乳や離乳食や、さらに広く乳幼児食品などを製販する企業の、専ら営利をねらった巧妙な宣伝にわざわいされないことです。
     従ってまた、経験者の助言も専門家の指導書も、そうした宣伝をそのまま伝え、神学的な理由づけまでしている場合があるので、そこは賢明に分別することです。

    乳幼児は意思表示が微弱である
     第三に、よく心がけて理解しても、乳幼児にはめいめい個人差があるので、それは、見聞した経験者が養育した乳幼児についてであり、また、平均化し標準化した乳幼児についてであって、当の乳幼児にはそのままあてはまらないところがいろいろあるわけです。
     それに、養育にあたる母親の生活条件が、家族関係や職業関係その他で、これまためいめい異なっているので、なおさらです。
     そこで、養育とりわけ食事で、どんなものをどう食べさせるかについては、当の乳幼児の個性と実状をたえずよくみて、それにうまく適合するように工夫していかねばなりません。
     ところが、乳幼児は、なにぶん意思表示が微弱であり、しかも日々の変わり方もはげしく、それに母親としても、つい他事にかまけることがあるので、これにはつねづね細心の注意と非凡の努力が必要です。
     なお念のため、こうした点で間違いやすいことのひとつは、毎日毎度の食量を専門家の指導書などできめてかかって、食事の度毎にムリに食べさせることです。
     もしこんなことをすると、肥満をまねいたり、心理的に拒否反応を示すようになることがあるので、当の乳幼児の個人差に適合する食量にすることが大切であって、そのひとつの目安は、きげんがよいこと、快活に活動していること、食事の度毎においしそうに食べることです。

    食習慣の是正が母親に容易でないため
     もうひとつ第四に、これが最も重大なことですが、食事はなにぶん日常卑近なことであるため、どんなものをどう食べさせるかということは、養育にあたる母親の食習慣、とりわけ好みのままになるのが実状です。
     たとえ乳幼児だけには特別なものを食べさせ、そこをよく言ってきかせても、そうはうまく食べてくれないのであって、それは、しつけることができるのは、当の乳幼児が周囲の人々のまねをするからです。
     従って、健全に発育成長をするような正しい食事をさせるには、周囲の人々、とりわけ親しく養育にあたる母親が、平素から栄養の法則にかなった正しい食事をすることが肝要であって、もし間違っていたら是正しなければならないのですが、これが容易なことではないのが実状です。
     そこで、乳幼児の食事には、当の母親としては、どんなものをどう食べさせるか、ということだけでなく、そのまえに(自分自身の健康増進のためにも)自分の食習慣をトクと反省して是正するように非凡の努力を払うことが肝要です。
     乳幼児の養育とりわけ食事には、格別細心の注意と非凡の努力が必要であるというのは、この他いろいろわけあることですが、それでは実際、どんなものをどう食べさせたらよいかというと、その要領はつぎの通りです。

    (つづく)


11. 教育原点の中核(4)

     友成 左近 

    乳幼児の食事で非凡の努力が必要な主要点
     人々めいめいの生涯教育で、いうなればその原点として最も重要なのは乳幼児の間の養育ですが、この養育で、いうなればその中核として最も重要なのが食事であって、この食事には格別細心の注意と非凡の努力が必要なのですが、その事由は前記の通りです。が、それでは実際、どんなものをどう食べさせたらよいか、というと複雑多岐にわたるので、ここでは、実状とくに非凡の努力が必要な主要点をあげてみることにしましょう。

    哺乳には専ら母乳を それも必ず初乳から
     乳幼児の食事は(水分の補給と共に)、哺乳に始まって、補食、離乳食を経て普通食にすすみ、この間に食習慣が初めて身についてくるのですが、まず、哺乳には、最近母乳保育が強調されているように、専ら母乳をのませ、それも必ず初乳からのませること、やむをえず粉ミルクなどの人工乳をのませる場合は、早くても2、3ヶ月以後にすることが大切であって、それはこういうわけです。
     まず母乳は、栄養成分とその消化吸収などの点で、乳児の食物としては、これに代わるものが他にないほど優れたものであり、そのうえ、とくに初乳には、病原菌に対する免疫体が豊かに含まれています。それに(最近農薬その他による汚染が問題になってはいますが)実状最も安全なものです。
     また、母乳であれば手数も経費も最少ですみ、そのうえ(よく出ておれば成分その他の性質から)栄養不足や栄養過剰を招くおそれもありません。もうひとつ、ふつう母乳はだいてのませるので、こうすれば、これにまさることが他にないほど深く強く愛情をそそぐことができ、乳児はこれに反応して精神面でも健全に発達します。しかも母乳は、だれでも妊娠中から完全栄養を、それも安全な食物ではかり、また乳房の手当などに心がけ、そして初乳から、いろいろ工夫もし辛抱もしてのませていけば、必ずよく出るのがふつうであって、それでも、なおよく出ないのは、ごくまれな体質の場合だけです。

     これに引きかえ粉ミルクなどの人工乳は、母乳化などといって、どんなに品質を改良したものでも、母乳にある免疫体が全く欠けているだけでなく、栄養分の性質や含量などにもいろいろ欠点があります。従って人工乳では、とうてい母乳のようには順調に発育成長せず、そのうえあれこれと病気にかかりやすく、とりわけ2、3ヶ月以前にのませると(まだ胃腸が十分発達していないので、牛乳蛋白が未消化のままに吸収されて)厄介なアレルギー体質になることがあります。
     もうひとつ人工乳では、甘味をきかせたものが多いため、栄養不調和になって健全に発育成長せず、また甘味についての感覚が異常に発達して、甘いものでないと食べないといった悪習慣が身につくことがあります。ときには添加物その他で多少とも有害有毒化していることもあります。それに、調乳その他で手数がかかり経費もかさみ、従って、よほどよく注意しないと、ついうすめになって栄養不足を招いたり、こいめになって栄養過剰を招いたりして、後々厄介な体質になり、つい不潔になって病気にかかることもあります。(つづく)


12. 教育原点の中核(5)

     友成 左近 

    補食には青汁を
     第2に、新生児をすぎたら、母乳がよく出ていても、できるだけ早い時期から、補食のひとつとして、良質で安全な生青野菜で作った青汁をのませることが大切です。が、なにぶん胃腸が未発達であるため、初めは日に一滴ほどなめさせ、胃腸が慣れるにつれて、だんだんと増量して、3ヶ月ごろには、おそくも6ヶ月ごろには、日に体重の1%以上の生野菜の青汁をのませるようにします。
     それは、母乳は成分その他の性質上、とくに乳児の食物としては、他のどんな食物にもまして完全なのですが、ある種のミネラルが不足しているので、それを補足するためです。そして良質青野菜は、この不足分だけでなく、既知未知すべての成分が最もよく調和して豊富であり、安全に栽培したものを清潔に青汁にして、前記のようにのませたら、乳児の胃腸にもさわるようなことはないからです。
     もうひとつ、おそくも6ヶ月ごろにはというのは、そうした不足分は出生時に肝臓に貯えているのですが、6ヶ月ごろまでにそれを消費してしまうからです。また、こうして青汁をのませたら、シンから丈夫に発育成長するだけでなく、やがて離乳して普通食になったとき、この良質青野菜やその青汁を好んで食べる習慣が身につき、そしてこれは、終生栄養上それ相当量に必要不可欠であるからです。なお人によっては、果汁ならともかく青汁は、といいますが、それは自分が青汁になじんでいないからであって、栄養上ゆえなきことです。

    補食も離乳食も普通食も母乳に準じた薄味で
     第3に、補食も離乳食も離乳後の普通食も、毎日の食物が全体的に栄養上よく調和するように配慮すると共に、そこに必要なものはなんでも食べ慣れさせることが大切です。が、そこで実状とくに大切なことは、事前に母乳の味をシカと心得て、甘味にしても塩気にしても母乳に準じた薄味にすることです。
     というのは、母乳は栄養の法則に最高度にかなったものであって、これより甘いものも塩からいものも栄養上(はげしい発汗や下痢や嘔吐などの場合以外は)無用有害であるからです。それに乳幼児の味覚は、とくに甘味には敏感であるため、母乳以上に甘いものを食べさせると、甘味についての味覚が異常に発達して、甘いものが好きになり、そうでないものは食べない、といった悪習慣が身について、これはあとでは容易に改められないからです。

    食物はすべてできるだけ安全なものを手作りで
     第4に、食物はすべて、残留農薬や公害物質や食品添加物などに注意して、実状できるだけ安全なものでまかなうこと、従って、市販の加工食品には危険なものが多く、その吟味が容易でないので、つとめて家庭の手作りでまかなうことが大切です。
     もし、これを怠ると、乳幼児の間は、それも早い時期ほど、有害有毒物に対する抵抗力が発達していないため、その中毒作用を強力にうけて、あとでは取り返しのつかない障害をうけることがあります。(この点、胎児の間はより以上に重大であって、妊婦の食物の安全は極めて重要です)。
     また、乳幼児の間は味覚その他の感覚が発達していないので、早くから有害有毒物を食べさせると、それに慣れて、ピンを味わい分ける感覚が発達せず、これはあとでは容易に取り返せないからです。もひとつ、つとめて手作りのものを食べさせると、それだけ深く強く愛情をそそぐことができ、乳幼児はこれに反応して精神面でも健全に発達するからです。

    食べさせ方については
     乳食児の食物には、この他いろいろトクと注意しなければならないことがありますが、最後に主として食べさせ方については、まず第一に、食間をそれ相当にあけて、ほどよくオナカがすいてから、そして胃腸をほどよく休ませてから食べさせることが大切です。その度毎においしく、しっかりと食べ、また胃腸をいためず、さらに待つ心が養なわれるからです。
     第二に、毎度の食物を、食卓について、おちついて、よくかんで食べるようにしつけることです。胃腸をいためる元凶である荒がみの習慣を防ぎ、よく味わって食べ、有害物をマルのみしないためです。
     第三に、食後は必ず口をよくすすぎ、固形物だけでなく、すっばいものや甘いものも口に残さないようにして、ムシ歯を防ぐことが大切です。この他いろいろ大切なことがありますが、もうひとつ食事の作法としては、少なくとも食べ始めるときは「いただきます」、食べ終わったときは「ごちそうさま」といった挨拶をしつけることが大切です

    (おわり)


13. 病気知らずのこども3人

    岡山市 H.N. 

     ご飯に砂糖をかけて食べるほどの甘好きの兄は、学徒半ばで病にたおれ夭折。
     偏食のはげしかった私は、軍隊生活のお陰で、なんとか一人前にちかい身体まで鍛えなおしていただきましたが、その間、自分の体力の弱さに涙をのみこんだこともしばしば。精神力すなわち頑張りだけでは体が動かぬことを早くからさとり、人なみのことができぬ辛さと悲しみが骨身にこたえておりましたので、子どもには私の苦しみを味わせてはならないと、生れる前から母親に青汁をのませ、誕生後、哺乳瓶使用時にも青汁少量混入、青いレーベンスミルク、青い牛乳をあたえた記憶が蘇ってまいります。

     一女二男と子宝にめぐまれ、離乳毎に、次々、青汁に切りかえ、3人そろって仲よく青汁を飲んでくれましたのも有難い思出です。また、運動好きの真底健康な子どもに育てたく、保育園時代からスポーツ教室に入れました。この切ない親の秘められた願いは、小学校でもうあらわれ始めました。すなわち、私の子どもの頃とは似ても似つかない抜群の体力を内蔵しながら、級友には慕われ、親ごさんたちから羨まれ、それぞれ楽しい思出を残して小学校を卒業できました。

     長女は、小3の納め会で、学校の25メートルプールでクロール200メートル続泳。男女全員中、最長距離で皆さんの驚嘆をえました。長男は、ソフトボール部のキャプテンとして活躍し、「頑張り」と「運動神経の発達」は、サードを守っては県下一だろうと当時の先生方からいわれ、子どもとも思えない見事なプレーで、チームに貢献しておりました。次男は、兄の傘下のソフトボール部で、兄に頭が上らなかったのが嫌だったのでしょう、中学から陸上部に入り、長距離にいどみ、1500メートル以上では遂に上級の兄を抜き全校1位を続けました。
     現在、大安寺高校1年生ですが、今年8月の猛暑中の四校戦(岡山市内県立高校全員出席の恒例陸上競技、朝日、操山、大安寺、芳泉)1500メートルに、学校を代表して出場、23年生に混って1位になり、面目をほどこしました。

     以上、3人の学校生活の一端を紹介しましたが、他人より秀れた体力をつくるには青汁を飲まなければならないこと、すなわち新鮮な青い葉を体内にとりいれつづけることの大切さを、頭でなく、体で知ってくれているのでしょう。成長しました現在、ケールをすってやりますと、きまって「有難う」といって飲んでくれます。また、青汁がしばらくと切れますと、つぎに飲む時は、必ずといってもよいほど「美味しかった」と申します。
     長女は寮生活に入りましたが、家にかえるとすぐ「青汁を作って下さい」と申しております。こんなよい習慣ができましたのも、一図に、早くから青汁のご縁をいただき得ました幸運と、青汁を根気よく飲みつづけることの出来ました諸々の要因の賜物と、心より感謝いたしております。

     学業面では、姉、兄は小、中学校を通じ委員、委員長を続けさせていただきましたが、弟は年子のためか、体も小づくりで、成長がおくれ、小学校1年生から典型的な中クラス成績に固定しておりましたが、根気のつづく性格と頑張のきく体力が、ついに2000メートル競技で、岡山市内1位の賞を得、それを演題として弁論大会に出場。またまた岡山市1位に選ばれ、市長賞をいただき、これらが自信と結びつき、勉学面でも根気強く、高校に入ってから智的成績も、また体格でも兄に追いつくまで伸びてきております。

     3人の成長の跡を振返って見ましても、小学校までは青汁を根気よく飲ませる以外、取立て別のことを行った覚えもなく、これが結果的に良い連鎖反応を生じ、甘い物をほしがらず、歯は丈夫になり、虫歯もなく、根気と頑張りが出るようになりました。
     青い野菜は子どもの性格に、「素直」と「和」と「根気」をあたえるようです。この状態から判断しまして、歯が良いことは表に現われたほんの一面で、かくれた五臓六腑から精神面に至るまで、全身がよくととのっている「健康の証明」と見られます。友が友をよぶ言葉通り、「健体の友」が「康心の友」をよんでくれましたことを更にこゝに特筆させていただきたいと思います。

     病気知らずの子どもたち3人は、反抗期というものも知らないようでした。親にとっては、それだけでも有難いと思っておりますのに、長女小6、長男小4、次男小3の時、祖母が逝きました。これがご縁となり、葬儀の翌日から親子5人そろって、毎朝、蓮昌寺(約2.5粁)に追善供養にまいり、約40分、法華経を読誦しました後、子どもたちは登校するようになりました。
     門前の小僧習わぬ経を読むのとおり、意味も解らぬまゝ、3人とも、いつ間にかお経を覚え、35日、49日、1年忌を経て中学校卒業まで、7年間つづけてくれました。高校に入り、始業時間に間にあわなくなりますので、上から順に一人欠け、二人欠け、とうとう皆んなお詣り出来なくなりましたが、今でも休日の朝は揃ってお詣りする姿を微笑ましく見守っています。

     世間には親子の断絶とか、「近頃の子どもは」、と現代児を見下す言葉をテレビの中に聞くことがありますが、この子どもたちの姿に接しています私には、とてもそんな言葉を口にすることは出来ません。私の方が子どもに掌を合せるほどの毎日を送らせていただいております。たったチョコ一杯の赤子への青汁が、こうした有難い結果を導びこうとは、当時の私たちの考え及びもしなかったことです。


14. 三分の飢えと寒さ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     こどもを育てるには三分の飢えと寒さ、と昔の人はおしえている。けだし名言というべきだろう。ひもじければ、どんなおかずでも喜んで食べ、お八つにも好き嫌いはいわぬ。マメでもよければ、イモでもよい。トマト、キウリ、ニンジン、ダイコンも丸かぶりにし、野山に出ては、木の実をとり、草の根を掘る。寒ければ、家でゴロゴロせず、寒風をついて走りまわる。こうしてこそ、本当にこどもは丈夫にそだつ。少なくとも、私どもは、そのようにして育てられた。今のこどもたちは、可哀相に、あまりにも恵まれすぎ、あまやかされすぎて、飢えも寒さも知らず、すっかりひ弱く、意気地なくされてしまっている。(54・1)


15. グイグイ飲む

    香川県 H.K. 

     先日の総会に初めて出席いたし、みな様のお話を聞き、ますます愛飲しています。
     知人にもすすめ、よろこばれています。
     その方の満2才の幼児が、冷蔵庫に入れて冷した青汁をグイグイ飲んでしまったので、これからもつづけたいと申していますが、量とか、また、もう少し大きくなってからにする方がよいでしょうか。
     ケールの青汁は幼児にはキツいことはないでしょうか、お伺いします。

     ○ 

     キツいことはありません。生後すぐからでもさしつかえありません。
     分量もいくらでも、こどもの好きなだけ飲まして下さい。
     丈夫にそだち、頭もよくなります。お菓子や甘いものを欲しがらなくもなります。


16. 肥満児 病気にかかりやすい

    白血球まで肥大
    殺菌力が30%減退


     兵庫県立こども病院(神戸市須磨区)の平田美穂・名誉院長(72)をキャップとする肥満児研究グループが、肥満児の白血球の殺菌能力が正常児より約3割も減退、病気にかかりやすいことをつきとめ、12日、神戸市生田区、県医師会館で開かれた同県医学会主催の医学講座で発表した。
     これまで肥満の弊害について指摘されるケースはあったが病弱の原因を立証したのははじめてのケースで注目されている。
     同グループの研究によると、白血球のなかに約60%含まれる好中球が細菌を食い殺す役割を果たしているが、肥満度が高いほど好中球の直径も“肥大”。正常な場合13.5ミクロンとなっているのが肥満度20−39%で13.9ミクロン、40−59%で14.3ミクロン、60%以上では14.4ミクロンに達していることがわかった。
     これは肥満児の血液中に含むコレステロールが高く好中球もコレステロールで“肥満”しているのが原因だが、一方、細菌など異物を取り込む表面の小突起、“偽足”がほとんどなくなり、細菌をつかまえる能力を失っている。
     このため、細菌を食い殺す能力が正常児の70%程度にまで落ちこんでいることが判明した。
     こうした白血球の“異常肥大”について、平田・名誉院長は

    「コレステロールそのものは、一定量は健康体に不可欠なものだ。
     しかし、コレステロールを好中球が細菌同様に“異物”としてのみ込み、その結果、好中球そのものの体積が膨張。
     これによって異物をとりこむ能力が落ちたのではないか」
     と説明している。
     ただ、この3割ほどの殺菌能力の減退が、どの程度、健康維持に支障をきたしているかは今後の研究を待たねばならないが、いずれにしても白血球の殺菌能力が肥満児ほど減退していることは事実で、同グループは「肺炎などの病気にかかりやすいのはこうした白血球の変質が原因の一つ」としている。

    楠智一・京都府立医大教授(小児科)の話
    「肥満児は早く成人病にかかるということと共に、これまでにも呼吸機能が落ちる、肝機能が弱いなどの点は知られていた。
     しかし、細胞レベルにまで突っ込んだ調査で、肥満そのものが健康の障害になるという点が明らかにされたのは今回が初めてだ。
     今後の問題として、肥満が治療された子の白血球がどうなったか知りたい。
     肥満が治療されることによって、健康障害が治ゆされる−つまり、肥満そのものが“病因”となっていることが立証されるからだ」
    (53・1・14 サンケイ)


17. イリコの骨をとれ

     よわいこどもや、骨折をおこすこどもが多いので、学校の給食にイリコ(だしじゃこ)をそのまま添えることにした。
     そしたら、「うちの子には小骨をとってやってくれ」という母親があらわれたそうナ。
     あるかないかのあの骨がさわるとは、その子、いったいどんな子だろう。
     歯がないのか、かむことを知らないのか、それとも胃腸が悪いのか、いやはやどうも、おどろきいった次第。
     モヤシっ子どころか、箸にもくずれるトウフっ子とでもいうのか。
     過保護もここまで来れば笑止千万。また、何をかいわんや。
     こどもがどんどんダメになってゆくのも、けだし、むべなるかな。

    (55・9)


18. 糊つけ着物

     いまでは、もうああいうものは殆んど着る人も見かけられなくなったが、ゴワゴワと、いかにもシャチコばった糊つけの着物。
     あれほど嫌いなものはなかった。
     毎日多忙な母が、自らの手で洗濯し、夜おそくまでかかってキヌタでうった、ほんとうに丹精こめて、ピンと威勢よく糊つけしてくれた着物。
     それを嫌がって、逆さにふりまわしたり、もみくちゃにして着たものだ。
     母にしてみれば、何とも悲しい情ないことであったろう。
     思えば不孝の極み、罰当りの限りであった。
     しかし、これまでは、ただ折角の母の心づくし、労苦を無にしたことに対する悔みだけであったが、その糊つけが、実は、見栄だけのためではなくて、健康上の配慮に出ていたと知った今になってみると、ますますもって申訳のないことであったと、ただただ後悔の臍をかむばかりである。
     が、どうにも私はあのゴワゴワの肌ざわりと、イカツい恰好にはなじめなかった。
     根が神経質で、ひどく几帳面なくせに、一面だらしない根性もあるからであろう。
     が、また、からだが弱かったためでもあろう。
     今でも、糊のよくきいたワイシャツや夏服には、いつも、「こいつめ」といった感じがわきおこるけれど、着れば、なるほど気持はよい。
     してみると、どうやら、からだの調子しだいというものなのだろう。
     頑健なものが熱い風呂や、かたい高い枕を好み、弱いものは反対に、ぬる湯に、柔かい低い枕を好くのと同じく、丈夫なものはかたい糊のよくきいた着物を好くのだろう。
     それは、皮膚が強いことを示すものであり、また、直接皮膚への刺戟としてもよいわけだし、いま一つには、肌を空気にあてるにも頗る好適している。
     それは、ちょうど、昔の人が、麻や栲の衣を着て頑健であったようなものだ。
     つまり、もともと健康だから好くことが、さらに鍛錬になっているということになる。
     そして反対に、ベロベロの柔い着物では、肌にたいする刺戟にもならねば、肌に密着して、空気の流通を悪くする、といった悪循環のもとにもなる。
     このありがたい親の思いやりを無下にふり捨てていたことは、まことに相済まないことであったし、からだの弱かったのも、そうした我儘の罰であったといえなくもあるまい。
     それにつけても感じられることは、いまの衣服のあり方だ。
     繊維はいよいよ細くなり。
     仕立は精巧。
     見かけも着心地もすばらしくよくなって来てはいるが、はたしてこれは悦ぶべきことであろうか。

    (48・6)




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