乳の出 |
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ちかごろ人工栄養がはやり、慨わしいことにも、まじめに自分の乳を飲ます母親がしだいに減って来ている(戦前70〜80%が母乳だったが、さいきんは逆転して母乳は僅か20〜30%にすぎぬ)という。それは、乳の出の悪いものが多くなったことにもよろうし、女性の職場進出のためでもあろう。しかしまた、あやまった指導、あるいは宣伝におどらされて、人工栄養にたよる気持が大きくなっていることにもよろう。 ところで、乳の出のよくない人が多いこと、また、母乳が質的に劣っているといわれていることは、ともに、現代人の不健康のあらわれといってもよかろう。妊婦食に、高蛋白食、高熱量食がすすめられるのは兎も角として、それに釣り合わねばならぬミネラル・ビタミンはひどく不足し、甚しい不完全食になっているため、つわりその他の妊娠中毒症に悩まされるものが多いうえに、妊婦はすべて病人扱い。すべて控え目、大事、大切にされ、運動も不足する。こうして、妊娠・分娩を辛うじて過し、疲労困憊の極にたっした母体には、乳を出すだけの余力も無いだろうし、そうした母体から出る乳が健康的であろう筈もあるまい。 むかしの産婦はあふれ出る乳に悩んだものだが、今は乳の乏しいのがふつう。そこへ、生児は乳を吸う力がよわいので、乳腺への刺戟に乏しく、泌乳反応も十分でない。かれこれしているうちに次第に出なくなるので、止むなく人工栄養に切りかえる。 また、1〜2の栄養素のあり方だけから、母乳よりも牛乳の方がよいなどといった迷説がとなえられたり、いくらかの成分を補って、これさえ飲ませれば、からだの成長はもとより、頭脳の発達もよくなると、まるで神さまででもあるかのように、誇大に宣伝される。 もともと学者の説や宣伝によわい、しかも授乳にさほど熱意のない若い母親の中には、折角よく出ている乳を、わざわざやめてまで、人工栄養に切りかえる、という馬鹿げたことさえやってのけるものもないではない。そして、まちがいだったと気づく頃には、もう乳はすっかりひ上ってしまって、今さらどうにもならず、そのまま人工栄養をつづけるといったことになる。 それは、しかし、まだよい。もっと困ったことに、こうした「くせ」を産院や病院でつけてしまうのではないか、と思われるふしもある。というのは、母乳の分泌が、十分になるにはかなりの時がかかるし(2〜3日から始まり1〜2週間で、時には3週間もかかってようやく十分になる)、赤坊の吸引刺戟によって分泌はたかまって来るのだから、なるべく早くから赤坊にしゃぶらせ、飲み残りはしぼりとるようにし、少々出は悪くても、少くとも2〜3週間は思い切ってはならぬ(初めのうち少々不足しても大丈夫)、といわれているのに、産院や病院では、それを待たず、(早く十分の栄養を与えようという配慮からではあろうが)、すぐさま人工乳を足してしまう。 赤坊にしてみれば、瓶からの方がうんと飲みよいから、努力を要する乳房をいやがって、しだいに飲まなくなる。そして、勿体ないことに、もっと我慢していれば、よく出るようになるかも知れない乳を、思い止ってしまう、ということになっているように見かけられる。母乳が乳児の正しい自然の食であるように、(栄養分はもとよりだが、さいきん、母乳に感染にたいする抵抗物質が分泌されることがわかり、この点からも、母乳の重要性が強調されていることも注目されねばならぬ)、授乳こそ真の母性愛のあらわれであり、しかも子供の健康、子供の幸福だけでない、親子の情愛のきづなともいうべきもの。いや、授乳そのものこそ母性としての唯一無上の喜びでもある。 むかしの人は、母性当然のつとめとして、喜んで授乳したし、その期間も長かった。そして、人工栄養にたよらねばならぬことは、まことに恥しい、また悲しいこととされた。私どもは、いずれも2〜3年くらい(次の妊娠まで)は母の乳房にぶら下っていた。当時は、それがごくふつうのことで、3〜5年というのもザラであり、中には10年も乳をのんだものもあった(北米インジアンやエスキーでは12〜14〜15年も飲ましていた)。 それが、だんだん切りつめられて、1年になり、半年になり、今では、もっと早く離乳するようにもなった。しかも、授乳は母体の健康上にも有利で、現に、統計は、授乳者が、非授乳者にくらべ、乳癌にかかる率の少いことをおしえている。 遺憾なことにも、この頃は、しだいに欧米風をまね、授乳をいやがる傾向になり、それとともに、乳癌がふえて来ている。深くかえりみなければならぬことではあるまいか。 乳の出をよくするためにも、また、良質の乳を出すためにも、何よりもまず、日常生活の合理化、とくに母体の栄養を正しくすべきだ(乳の出の悪いのも、母乳が質的に劣るなどといわれるのも、要は、母体の食べ方がまちがっているからだ)。そして、いたずらに薬剤、ことにホルモン剤などの新薬にたより、あるいは乱用すべきではない。 しかし、授乳食にも、妊婦食と同様、高蛋白食がすすめられており、とかく肉・卵食に傾いた高蛋白・高熱量含になっている。たしかに、蛋白質も熱量も、不足すれば乳の出は悪くなる。 兎に蛋白質の多い豆科の植物をあたえると、平素は他のものと混食するが、授乳期には豆科のものばかり撰んで食べ、常の4倍もの蛋白質をとるという。 蛋白質は、ふつうには当キロ1グラム、50〜60グラムのところ、授乳婦には少くとも100グラム。 熱量は、2000カロリーのものが3000カロリーは必要とされている。 しかし、それとともに、それらに釣り合うだけ十分のミネラル・ビタミンも増されなければならぬ。すなわち、
鉄 12ミリ が 15。 ビタミンA 5000 が 8000。 B1 1.0ミリ が 1.5。 B2 1.5ミリ が 3.0。 C 70ミリ が 150。 といったぐあい。 したがって、主食には白米よりは粗搗米。出来れば玄米にすべきだが、目下では農薬(水銀・砒素)の危険が考慮されねばならぬ。むしろ小麦粉(無漂白もの、出来れば全穀もの)、ソバ、豆、芋類の併用。蛋白食には、骨・内臓ともに食べられる小魚類、内臓、卵、乳、大豆。そして、これらに釣り合うだけ十分の緑葉を添え、しかもなるべく多くを生食し、青汁にしても飲む(少くとも1日2〜3合)ようにしなければ、本当の完全食にはならない。 むかしは、野菜、海藻を十分に配した食がすすめられたし、ハコベ、タンポポ、チサなども利用された。また、事実、ただ青汁をのむだけでも乳の出はずっとよくなる。もちろん、すべての食品は安全かつ純正品でなければならず、危険な農薬や洗剤、鉱山や工場の廃液に汚染されたもの、あるいは何が添加されているかわからぬ貯蔵・加工・既成食品などは、つとめて避けなければならぬことはいうまでもない。それは、幼弱なものほど、こうした有害有毒物の影響をうけやすいからだ。なお、調理調味は簡単にし、なるべく自然のままか、自然に近いかたちで食べること。 <(1971・4 遠藤) 健康と青汁第176号より>
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