遠藤語録文字 乾燥青汁ピロサンマーク
発熱の効用

 発熱は、バイキンやビールスの感染、いろいろの中毒(対外毒、体内毒)、その他にたいするからだの反応にすぎず、病気の治癒にとっては、むしろ厄介なもの、不快であり、不利なものと考えられ、なるべく速かにとり去ろうとされがちだ。
 たしかに、42度もの超高熱は危険だ。しかし、ふつうの熱では、それだけで生命をおびやかされることはないし、たとえ、解熱剤で下げたところで、真の原因がとり除かれなければ、治りきるものでもない。
 また、抗生剤など有力な新薬では、熱ははやく下っても、アトクサレがないとも限らない。
 そのうえ、治りにくい病気が、たまたま熱病にかかって、思いかけず治ることがある(いわゆる治癒熱)といった効用のあることも忘れてはなるまい。

治癒熱
 癲癇や精神病がマラリアで治ることは、古代ギリシア、ローマ、おそらく、エジプト時代から知られていた。頭蓋に孔をあけ、刺激性の軟膏や、銀の管を挿入して、故意に発熱させて治そうともした。(ミイラに、そうした痕があるそうだ)未開人の間では、今でも行われている。
 ピポクラテスは、
 「四日熱にかかる人は癲癇にかからぬ。もし、癲癇にかかっても四日熱にかかれば治る」
 などといっているが、近代医学でも、第二次大戦ごろまでは、マラリア療法で、ふつうの治療法の無効な変性梅毒(進行性マヒや脊髄癆)に驚異的ともいうべき効果をあげていた。そして、当時の大学病院や軍病院などには、接種用の種とりマラリア患者が、いつも用意されていたほどだ。
 また、ネフローゼはいまでも難病の一つに数えられているが、その患者が、たまたま丹毒にかかって熱を出す。(腫れのひどいネフローゼの丹毒は、進行がはやく、今のようによい薬のなかった昔は、ともすると生命にかかわる危険な合併症として、とくに恐れられていたのだが)。それが、さいわいに熱が下ると、どんどん小便が出だし、さしもの腫れもとれ、それっきり治ってしまう、ということがある。
 で、これにも、わざわざマラリアを植えたり、ワクチンを注射して、熱を出すことが、一時はやったこともあった。
 発熱は強い刺激で、これによって、からだの反応性に重大な変調がおこり、こうした活動をあげるもの、と説明されている。
 肺炎をやったり、腸チフスにかかると、病ぬけするといって、それまで弱かったものが、生れかわったように健康になることがある。
 また、カゼをひく子はそだつとか、達者だ、とかもいう。
 つまり、カゼをひいて熱が出るばあいでも、それなりに、からだのためになっているわけだ。

こどもの熱
 子供はよく熱を出す。しかも、ほかにこれという大した症状はないことが少なくない。
 熱はたかいが元気はよい。検温してビックリして寝かしても、ともすると起き出して遊んでいるというあんばい。
 むかしは、智恵熱だなどといって、たいていはほったらかしていた。
 いまは、すぐさま薬よ、医者よと大騒ぎ、どころかいきなり救急車をよんで病院へかけつける。
 そして、きつい薬がつかわれる。なるほど、熱はすぐに下がろう。そして、厄介な副作用もなく治ったとする。
 けれども、そうすばやく治してしまうことが、はたして、ためによいことだろうか。
 こういう熱はいずれ、なにか、バイキンやビールスによるものだろうが、そのために熱が出るのは、バイキンどもとの戦闘のあらわれだ。
 苦しい戦いかも知れないが、それと取っ組みあっているうちに、からだは、しだいに、こうした外敵にたいする戦い方をおぼえてゆき、免疫力ができ、抵抗力ができる。
 少なくとも、その訓練はできるわけで、それをくりかえしているうちに、ついに、少々のことにはビクともせぬ、頑健そのもののからだにもなる。
 ところが、すぐにバイキンどもをやっつけてしまうと、当座は楽かも知れないが、折角の鍛錬の好機を失ってしまうことになる。
 だから、何事にも大事大切と、用心ばかりすることや、特別の危険のないばあいにも、すぐさま強い薬をつかって早く治してしまうことは、必ずしもよいとばかりはいいきれない。
 もともと元気のよい子供や若いものは、むしろ、少々乱暴にあつかい、いろいろの外邪にさらし、出るべき熱は十分に出し、あらゆる刺激にならしておく方が、長い人生にとって、どれだけ有利であるか知れない。
 さいきん癌がふえたのは、こうした感染症がへったからだという説も、あながち無稽な沙汰とばかりいえないような気がする。

<1974・4 遠藤 健康と青汁 第212号より>




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