健康と青汁タイトル小
骨・関節:掲載紙面選択





1. もう歩けないといわれていたが

     75〜6才のおばあさん。股関節がめちゃくちゃになっているので、もう歩けないと整形外科の先生よりいわれていたのに、青汁をのんでいるうち、だんだん痛みが少なくなって動けるようになり、次に杖をついて歩くことができ、今では杖がなくても歩けるようになった。うれしくて、有難くて、一生涯つづけてのましていただきます、といっています。

    (松岡正子、保健所長)


2. 保育園で青汁給食

    兵庫県香住町 K.T. 

     かえりみまするに、昭和32年4月、当時東京の大正大学に学んでいた長男が、多発性関節炎に冒されて帰省し、町立の病院に入院いたしましたが、主治医が種々の手当も施されましたがますます悪化するのみで、一時は身体の22ヶ所が激痛しました。
     時たまたま先生の御提唱に関する青汁療法が卓効あるを知り、早速貴会に加入し、毎日熱心に青汁の飲用につとめました。
     長男は10ヶ月間病院で加療し、とうとう学校を休学いたしましたが、おかげで全快し、1年おくれて大学を卒え、ひきつづき大学院の修士課程に学んでいます。
     負うた子に教えられるの喩の通り、長男の病気に刺戟されて、私も理論的研究と青汁の実践とに努めるうち、ようやくその効の著しいのを認め、昭和32年10月より、私の主宰する保育園において、園児を対象として緑汁給食を実施し今日に至りました。
     過般保育所連盟の年次研究会に発表いたしましたところ、大きな反響をよびましたものの、これを信じて実践にうつそうとする者なく悲観いたしました。併しこれに屈せず、ますます研究と実践につとめ、県下の保育所に普及させたいと決意した次第でございます。

    (34・3・5通信より)


3. 病疾8年 日々をたのしく

    埼玉県 S.N. 

     お蔭さまで、健康になり、働いています。
     激痛の変形性脊椎症で、東京の各大学で痛みが引かず、日々不安の日を過していましたが、青汁の会へ入会。「緑葉食青汁の話」を拝読いたし、これによって、自信をもって治すことに決め、野に山辺に青草を見つけ、何が何でも治さねばと思い、野草をかきあつめ、手にとりますと、自然に涙が頬を流れ、しっかりと力がいりました。
     ジューサーを購入し、青汁をつくり、飲み始めの瞬間「マズイ」と思いましたが、毒ではない、救いの汁と一気に飲みました。
     2〜3日は困難でしたが、一週間もしますと、何の苦もなく飲めました。夏など、冷蔵庫に入れておきますと、とても美味なものです。
     ケールの種も、5年前、送っていただき、毎年絶やしたことはありません。青汁は申すまでもなく、花の開く前、オシンコにいたしますと、また違ったおいしさです。
     食事時、前もって、青い物か黄の野菜を好みます。
     青汁4年で、腹のシコリが治り、激痛も薄らぎ、食欲がすすみ、しだいに元気になり、外出も自由に出来るようになりました。
     8年目で、困難な主婦いっさいの仕事もらくになり、また、楽しい旅行や、横浜の初孫の手伝いにも行ってきました。「健康は幸福の泉」と、心から感謝いたしています。
     以前は、家の者はみな暗い顔でしたが、今は笑顔で日々をすごしています。


4. 骨粗鬆症

     医学博士 遠藤 仁郎 

     年をとると(女性は50才ごろ、男性は65才ごろから)、骨がもろくなり(骨粗鬆症)僅かなことでも骨折をおこしやすくなる。
     この治療には、ホルモン剤やカルシウム剤などがつかわれているが、これでは病変の進行をおさえるだけで、回復は望めない。
     アメリカのメーヨークリニクでの研究の結果、フッ素、カルシウム、ビタミンDの併用だけが回復を可能にする療法だということがわかった、という。(J.Jewsey.モダンメディシン48.11月号)
     これは、老人には、良質緑草(カルシウムやフッ素などのミネラルに富む)を十分に配した完全食をとることと、茶をのむこと(フッ素が多い、コーヒーにはない)。
     なるべく日光にあたること(ビタミンDができる)の大切なことをおしえるものだ。
     また、この変化には運動不足の影響が大きいそうだから、つとめて運動すること、それも、なるべく戸外で運動することがよいわけだ。


5. ひざの骨の痛み

    福岡市 T.Y. 

     材料があまりありませんので、いまの所、大根葉とキャベツ、ミカンを、毎朝ジューサーでしぼって、コップ1杯のんでおります。
     左足のひざの骨が常にいたんでおりましたのが、青汁をのみはじめて、しばらくして、よくなりました。
     この頃は痛みません。
     青汁のききめと感謝しております。


6. 猫背

     医学博士 遠藤 仁郎 

     年寄りの、かたまってしまった猫背は、もう、どうにもなるまい。
     しかし、多くのものは、努力しだいでなおすことはできる。

      1. 猫背の原因の第一は前屈みの姿勢のくせがついていることだから、まず、姿勢をよくすること。
      2. そして、背すじの筋肉や、背柱をささえている靱帯が、そのままかたまろうとしているのだから、つとめて背すじの筋肉をやわらげること背柱を中心にした運動、前後への屈伸、左右への屈折、回転など。
      3. も一つは、食べもののまちがいをなおすこと。菓子や味付けの砂糖(ことに精製糖)をへらすこと。白米飯、白パン、白メン類など精製穀食をひかえ、肉・卵類もすぎないよう。

     これらがすぎていると、熱量や蛋白質ばかりが多くて、これらの代謝に不可欠のビタミンやミネラルが不足し、血が濁って来るため、筋肉の代謝がうまく行かず、こわばり勝ちになる。そこで、良質ナッパを主にした野菜、山菜、海草、果物などを多く食べるようにすると、食全体としてのバランスがとれ、血がきれいになり、筋肉の代謝もよくなり、こわばりがとれ、しなやかになり筋力は強くなる。こうしていれば、猫背もしだいによくなって来る。
    (50・12)


7. 五十肩

     医学博士 遠藤 仁郎 

     五十腕、五十手。四十肩、六十肩ともいわれる。その年ごろになって肩や腕が痛んでくるもの。また、似たものにヒザが腫れ痛むのがある。

    私の経験
     まず、私の経験を語ろう。はじめて肩に痛みを感じたのは40才の冬。戦時中、召集されて姫路の陸軍病院にいた時。原因らしいものは何もなく、ある日、ふと、手をあげた途端、肩がひどく痛んだ。平素の業務や敬礼には何の支障もないが、電車やバスのつり革につかまる時などはげしい痛みが感じられた。暖くなるとともになくなったので、寒さのせいだったのだろうくらいにかんがえていたが、どうやら五十肩のはしりだったらしい(四十肩)。
     はっきりしたのが出たのは、ちょうど50才の時。とくに後上にあげる運動でひどく痛み、3〜4ヶ月つづいて、全くもと通りになった。60才になると、肩には異常はなかったが、こんどはヒザの痛みがあらわれた(六十ヒザ)。それも、ふつうに歩くには何のことはないのに、急な山坂を下りたり、田甫のアゼを飛びこえる時などに痛んだ。少し腫れてもいたようだ。たまたま、そのころ、おやじとおふくろの何回忌かの法事があり、久し振りに坐ったところ、それまでは何時間でもできた正坐が、とても苦しかった。但し、これらの苦痛も2〜3ヶ月だけだった。最後は70才の冬、また肩が、後上方にあげるとき痛んだ。しかし、ごく軽い痛みで1ヶ月あまりでなくなってしまった(七十肩)。このように、私のばあい、ちょうど10年ごと、しかも代がわりごとに現われている(あと2年あまりで80になるが、そこで、また出るかどうか、いささか興味をもっている)。

    五十肩の原因
     五十肩の原因については、まだ、はっきりしたことはわかっていないようだが、おそらく、10年ごとくらいに、何かからだに変調――おそらくホルモン系のものだろうが――があらわれ、そのために、主に関節の異常がおこり、その変調がおさまると、正常にもどるのであろう。また、食を中心とする日常生活の不自然・不合理化といったことによる血のにごりのために、関節の反応性が変化し、感じやすくなっているのでもあろう。
     たとえば私のばあい、ふつう50才ごろにでる症状が、はやくも40才で出たのは、私に、そうした素質、すなわち、感じやすい関節をもっていたからであろう。しかも、それは、多分、1日6合の白米飯という当時の兵食、やけくそ半分飲みまくっていた酒などの不摂生がたたっていた(血のにごりを強めていた)ためであったろう。また、ふつう、五十肩はかなりの苦痛を伴い、その期間も半〜1年、あるいはそれ以上に及ぶことも少なくないのに、私のばあい四十肩の前歴をもちながら、苦痛そのものは比較的かるく(薬をのむほどではなかった)、期間も3〜4ヶ月と短かかったのは、つとめてナッパを食べ、青汁をのみ、栄養のバランスに気をつけていたためではなかったか(43〜4歳ごろから緑葉食・青汁を実行していた)、とかんがえられる。

    自然に治るもの
     五十肩の症状は、ひどいものから軽いものまで、いろいろある。しかし、病変そのものはただ、関節周囲の組織がこわばり、かたくなり、痛みを感じやすくなっているだけで、やがて時期がくると、緩み、軟らかくなり、ついに、完全にもと通りに回復する。つまり、ほったらかしておいても、自然に、しかも完全になおる性質のもの。したがって、病気というよりは、むしろ、そういう状態にすぎない。とすると、治療法も、あまりたちいった手は加えず、ことに痛みにはよくきくかも知れないが、あとに故障を残すおそれがないでもない関節内注射などといったことは、つとめてさけ、なるべく自然にまかすほうがよいのではなかろうか。

    痛みをへらす
     そのためには、なるべく無難な方法で苦痛をへらす工夫が必要だが、それには

    1. 局所にたいしては、
         あたためる(罨法、入浴、入湯もよかろう)。
         マッサージ(もむ、軽くたたくなど)。
         かるい運動(痛まない程度の)。
      などで局所の血のめぐりをよくし、組織をやわらげること。


    2. 食べもの
       バランスのよくとれた完全食とし、有害有毒食品をさけ(安全食)、なるべく血のにごりをへらすこと。穀・肉・脂・糖など酸性食品(痛みをつよめる)はつとめてさけ、良質ナッパを主とする野菜・山菜・海藻・果物などアルカリ食品(痛みをやわらげる)を多くすること。
       つまり、緑葉食・青汁。イモ・マメ・ナッパ・青汁食。あるいは、せめて、青汁だけでも十分――少なくとも1日2〜3合、もとのナッパ500〜750グラム以上――のむこと。
       そして、ときには、青汁絶食(ほかの食事は一切やめ、青汁だけのめるだけ多くのむ)をやってみる。なお、調理は簡単、調味はうすくし、嗜好品にも十分気をつける。ことに菓子・酒。コーヒー・紅茶は砂糖ぬきにするなど。

     こうすれば、症状はずっとかるく、治りも早いだろう。
    (52・11)


8. キーンベック病よくなる

    福山市 T.S. 

     昭和50年5月頃、右手首に痛みを感じた。
     病院へ行くと、「使い痛みです。すぐによくなりますよ。」と云われ、しばらく通院したが、一向によくならず、痛みは激しくなるばかりで、病院を次々とかえて行ったが、思わしくなくとうとう右手は一切使えなくなりました。
     最後に岡大病院へ行きましたが、「お気の毒ですが貴女の手はキーンベック病といって、現代の医学では治療の方法がありません。」と宣告されました。
     前途が真暗で、途方に暮れていた矢先、さる方から青汁の話を聞き、「地獄に仏」、「溺れる者は藁をもつかむ」思いで、毎日4、5袋横浜スタンドの顆粒を飲むようになりました。
     半年程した頃から痛みがとれ、現在ではほとんど痛みがなくなり、80%の用を達することができるようになりました。
     以前は病気をよくしておりましたが、青汁を飲むようになってから、身体の調子がよくなり、風邪もひかないようになりました。
     これこそ本当に青汁のお蔭です。有難うございました。一生飲んで行くつもりです。
     この喜びを、青汁のすばらしさを、同じ病で困っている方々に知っていただきたくペンを取りました。

     ○ 

     キーンベック病は、手首の間接の月状骨が軟化し、腫れ痛む病気で、20〜30代の若い人、手仕事をする人、したがって右手に多い。原因ははっきりしていないが、骨の石灰分がへっているそうだから、何かのために骨の栄養がおかされるのであろうが、おそらく、食べもののまちがい――穀・肉・糖に傾いた偏食によるカルシウムの不足や、血のにごりがあずかっているのだろう。青汁がきいたのは、青汁でカルシウムが補給されたことや、栄養のバランスがうまくとれ、血のにごりがなくなるか、へって来たからであろう。


9. 質問箱 椎間板ヘルニアに


     椎間板ヘルニアに青汁がよいということですが。


     たしかによいようです。椎間板ヘルニアは、脊柱をささえている靱帯がよわって椎間板がハミ出してくるのが原因ですから、青汁によって靱帯が強められるからでしょう。


10. 椎間板ヘルニア

     医学博士 遠藤 仁郎 

     これも忘年会で出た話。

     「10年まえ椎間板ヘルニアで、手術をすすめられたが、青汁絶食をやるなど、熱心に青汁食養生をつづけ、2ヶ月ばかりですっかりよくなった。調子がよくなるにつれてしだいに怠りがちとなり、青汁の量もへって来ていたとみえ、この8月中ごろ再発。で、いよいよ本気になり、毎日青汁3合、顆粒5〜6袋(青汁2〜3合相当)のみ、10月にはもと通りによくなった。そして、こんどはなまけず、つづけている。」
    (57・12)


11. 骨粗鬆症

     医学博士 遠藤 仁郎 

     「お婆さんが骨粗鬆症です。高血圧もあり、からだの調子がよくありません。青汁はどうでしょうか?」
     「適当な材料があれば、ぜひすすめてください。きくかどうか、やってみなければわかりませんが、少なくとも、悪くはない筈です。のめるだけ沢山。初めは少しからならし、しだいにふやして、毎日3〜4合(もとのナッパ7〜800gから1キロ)くらいは飲んでみてほしいと思います。


    ことのおこり
     この病気は、骨多孔症ともいい、骨のカルシウム分がへり、うつろが広がり大きくなって、骨質が弱りもろくなるもの。老人が僅かなことで骨折をおこしやすいのは、このためです。ことのおこりは、年のせいで、骨のカルシウム代謝がくるい、失われるカルシウム分と、その補充とのバランスがとれなくなっていることと、摂り入れるカルシウムが十分でないことにあり、それには現在の食のあり方がかなり影響しているように感じられます。

    現行食のあやまり
     現在の食事は、白米飯に、おいしくたいた魚や卵をそえ、野菜類が少ない。
     間食には甘い菓子、飲みものにはこれまた甘いジュース類。それに、インスタントものなど加工・保存食品が多いという、いうならば、ご馳走づくめの毎日になっています。
     この食事の特長は、栄養的にみて、カロリーや蛋白質は多すぎるほどだが、それに釣り合わねばならないミネラル(アルカリことにカルシウム)やビタミンが不足している。そのうえ、有害有毒食品も少なくない。そのため代謝がうまくゆかず有害な代謝産物ができること、また有害有毒食品も少なくなくて、どうしても血がにごって来、からだ中のはたらき、したがって骨のカルシウム代謝にも不利にはたらくにそういありません。
     一方、この食事では、もともとカルシウム分が少ないうえ、酸性食品(カロリー食品だけでなく添加されている燐酸塩によって)が多いため、その中和に奪われ、少ないカルシウム分の利用はいっそう悪くなります。
     そこで、骨になるべきカルシウムが少なくなるか、無くなります。そのため、反対に、骨からカルシウムがとり去られる結果となり、ここにこの病気になるそもそものもとが潜んでいるわけです。
     ですから、この病気を防ぎ、治すには、まず栄養を正しくして血のにごりをとり除き、骨のカルシウム代謝に有利な条件をあたえるとともに、できるだけ十分のカルシウムの補給をはかるべきでしょう。

    正しい食
     すなわち栄養の安全化と完全化です。

    安全化
     すべての食品はなるべく安全な自然食品をえらび、農薬その他生産用薬剤や添加物に汚染されていないものとすること。

    完全化
     栄養のバランス、とくに不足がちなミネラル(アルカリ、カルシウム)やビタミン類を十分に補給すべきですが、それには、それらがそろって多い良質ナッパ以外には適当なものはありません。

    カルシウムの補給
     カルシウムの補給には、吸収しやすいかたちのカルシウムにとんだ食べものをしっかりとることと、その吸収・利用を妨げるものをできるだけ少なくすることです。

    酸とアルカリの関係
     その一つは酸とアルカリの関係で、ここの食品についていえば、酸性のものより、アルカリ性のものの方がカルシウムの利用がよいし、食事全体についても、酸性か酸性のつよい食事のばあいより、アルカリ性かアルカリのつよい食事の方がカルシウムの利用率が大きい。
     たとえば、主食では、カルシウム分の少ないうえに、酸性のつよい穀類(米・麦)よりは、カルシウムはあまり多くはないが、アルカリ性のイモ類の方がよろしい。
     蛋白食品では、同じくカルシウムが少なく、酸性の強い肉類よりは、酸性度はあまり変らないがカルシウムの多い小魚類や卵がよく、アルカリ性でカルシウムの多い乳、カルシウムが多くて比較的酸度の少ない大豆などがさらによろしい。
     それらにそえるアルカリ性の果物・野菜類では、同時にカルシウム分の多い良質ナッパ類がもっともすぐれていますから、これを十分にそえるべきだということになります。

    ナッパの利点
     このように、栄養のバランスをとって血をきれいにし、骨のカルシウム代謝をよくするためにもまた、カルシウムの補給のためにももっとも適しているのは良質ナッパで、その必要量はふつうでも、400〜500g。老人でも、また、ことに病気のばあいはそれ以上、多ければ多いほどよろしい。したがって、大量のナッパの摂取を容易にする青汁(400〜500gで約2合)がよい筈、ということになるわけで、あえておすすめするのもそのためです。
     なお、青汁のも一つの利点は、そのカルシウム分の吸収が非常によいということです。それは生のナッパのカルシウムは、いわゆるイオン化しているカルシウムで、熱を加えたり、無機のものにくらべ、吸収率に格段のちがいがあるからです。

    糖分
     なお、糖分がすぎると、カルシウムの利用を妨げますから、味つけはうすくするよう。また、菓子やジュース類にも十分気をつけて下さい。

    ビタミンD
     その他、カルシウムの吸収・利用にはビタミンDが関係しています。その不足しないよう。薬をのむのもよいでしょうが、椎茸(天日乾燥でDができる)を食べ、また、日光浴(でからだにDができる)もかかさないようしたいものです。
    (59・3)


12. 多い時は一升も

    青森県 M.N. 

     ご指導いただきまして2ヶ年になります。
     私のような病弱なものには、生きる力をあたえいただきまして、内臓関係の病気が非常に健康になり、有難く感謝申上げます。
     残るのはこわばりのある膝関節炎で、歩行困難でありますが、信じて頑張っております。
     その内必ず治るものと期待いたしております。
     昨年いただいたケールが見事に育つ、6月9日から飲んでおります。
     毎日の量は7〜8合、多い時は一升位飲んでおります。


13. 青汁3ヶ月

     青汁3ヶ月でとても調子がよく、長年の疲れもなくなり、ヒザの関節はすぐ直りました。


14. 長らくの膝関節炎

    青森県 M.N. 

     毎日まち遠く思っている青汁の会報、本日ありがたく拝受いたしました。
     先生のご指導をいただく光栄に浴することができて以来、ながらく苦しんでいる膝関節炎も、いくらかづつ快方に向っています。

    (59・10)

15. 軟骨がチビている

     医学博士 遠藤 仁郎 

     52才の、山で植林、下刈などしているものです。
     おととし(57年)の11月、石を重ねている時腰をいためました。それはすぐによくなりましたが、58年の正月と春に、また悪くなりました。どちらも7日と10日安静にしていてなおりました。今年の春植林の時、フクラハギが痛みましたが我慢していまして、治りました。
     5、6月頃から足腰が悪くなり、7、8月ほとんど仕事もできずにいます。
     軟骨がチビて、神経を刺激するためだそうです。早く治るよい方法はないものでしょうか。
     青汁は大阪センターのピロサンを少しばかりのんでいますが、これは骨には効かないのでしょうか。

     骨にもよい筈ですが少々の分量をちょっと飲んだのではとてもダメ。
     少なくとも毎日4〜5合(もとのナッパ1キロ)以上、ピロサンでは緑袋で8〜10ヶ以上。それをながくつづける必要があります。
     青汁は薬ではなく、まちがっている栄養を正しくして、いたんでいるところをなおそうというのがねらいで、チビた軟骨を治すにも役立つ筈ですが、それにはどうしても時間がかかります。

     しかし、感じやすくなっている神経を鎮めて痛みをやわらげるには、比較的はやくきくものです。
     あなたの食べものが、おそらく、これまで大変まちがっていたのだろうと思います。たとえば、おいしく炊いた肉や魚で大飯(それも白米飯)を食い、酒も好き、あるいは甘いもの、菓子、ジュースもよくのむ。そして、野菜ことにナッパ類は殆んど食べない、といったことではないか。

     もしそうなら、血がひどくにごり、血のめぐりも悪くなり、からだ中のはたらきがうまく行かなくなる。
     そして、いちばんよく使うところ――あなたのばあいは足腰の筋肉や骨ですが――がいたんで来て、疲れやすくなり、チビても来る。
     一方、神経がとがり、感じやすくなり、僅かなことでもひどく痛むようになって来ているのだろう、と思われます。

     そこで、今までのように安静にしたり、按摩、マッサージで血のめぐりをよくするなどの姑息的なことでは、一時的の効果しかなく、すぐまた元通りになってしまうわけ。どうしても、根本の原因になっている血のにごりを治さなければダメだ。

     それにいちばん手っとり早いのが、最も不足しているナッパの成分を補う青汁だ。しかし、少々ではダメだし、十分の量をながくつづける必要がある。
     また、それとともに、飯、肉や魚、酒、糖分をへらすこと。白米飯の代りにイモを、肉や魚の切り身の代りに大豆を多くし、ナッパを主とする野・山菜、海藻などをふやし、その上青汁をのむ。これを熱心に根気よくつづけていると、血はしだいにきれいになり、抵抗力・回復力がもり上って来て、少々のことでは痛まず、チビているところもおいおい修復されて来るだろう。

     いずれにしても持久戦で、しんぼうが肝腎。ナッパ・青汁の材料も沢山いる。買って飲んでいてはとても財布がもたぬ。ケールの種子はいつでもあげます。しっかりつくって、じっくりとり組んでみてほしい。
    (59・9)


16. 老人の脚腰のいたみ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     年は脚からよる、というが、なるほど、年をとると脚腰がしだいによわくなり、60〜70にもなると、痛みを訴えるものが急にふえてくる。
     中には、脊椎骨、椎間板や関節の異常などによるものもあるが、特別の変化のない、ただの筋痛といったものも少なくないようだ。
     私も82才の冬、初めて経験した。

    82才の冬(57・11月〜58・3月)
     はじめは、朝、起床後、臀部、大腿のつけ根から下腿フクラハギのあたりに抵抗感(コワバリ)と、軽いダルサが感じられ、しばらくするとなくなる、という程度だったが、しだいにはっきりしてきた。
     立っているとフクラハギがつっぱり、少し前かがみになるとか、腰をまげると楽になる。
     年寄の脚や腰がまがりがちなのや、腰をかけたがるのも、そのためらしい。
     立ち居、ふるまいがぎこちなく、立ち上ろうとしたり、すわろうとする時ピクっと痛む。
     そこで、手をついて、やおら立ったり座ったり、ということになる。
     上体をまげたり、ことにかがむ時に強くあらわれ、その瞬間ピャーっときつい痛みがつっぱしる。
     しかし、続けてやっていれば、しだいに楽になる。歩行も同じで、歩きはじめの20〜30分間は、こわばったり、痛むが、やがてなくなり、あとはいくらでも歩ける。
     12月の徒歩の会は、かなり寒い日だったが、14〜5キロらくに歩き通した。
     もっとも、終って腰をおろそうとした途端、かなりの痛みを覚えたし、そのあと2〜3日の間は、脚腰のつっぱりがいつもより強かった。
     農作業もまた同じ。初めだけしばらくは少し差支えるが、あとはなんともない。
     咳や咳ばらいやクシャミもウッカリやると、とび上るほど痛む。痛みの性質から、神経痛ではなく(神経のツボをおさえても痛くない)、どうも筋肉の痛みのようだが、もんでみて硬くもないし、おさえても別に痛みは感じない。

    寒さの影響
     寒くなっておこったし、寒さが加わるにつれてひどくなったこと、寒い日、寒いところで強く、暖かい日、あたたかい部屋、コタツなどでは至極快調なので、まず懐炉を入れてみた。
     たしかに具合がよい。次に真綿のパンツをこころみた。これもよい。

    食べものの影響
     食事は、このところ、ずっと、主食にはなるべくイモを多くし、全穀パン、玄米飯。時に白米。蛋白食には小魚、卵、大豆。野菜は、青汁3合とナッパを主とし、大体1日1キロを目標にしている。
     間食はなるべくしないことにしているが、たまに菓子をたべると(好物なのでつい食べすぎる)、はっきりしないがいくらか痛みが強くなるようだ。
     アルコールは平素は殆んどのまない。正月には来客といささかやってみたが、さしたる影響は感じられなかった。これらの症状は1〜2月中かなりきつかったが、3月あたたかくなるにつれ、しだいに軽くなり、4月以降、すっかり感じなくなった。

    83才の冬(58・12月〜59・3月)
     12月のある風の寒い日、2時間ばかり立ちつづけ、脚に痛みがあらわれ、その後、寒さの強まるにつけて亢じてくるかにみえた。
     しかし、例年になくきびしい寒さといわれた59年初めの寒さにかかわらず、ずっと軽く、起床後しばらくの間だけで、咳や咳ばらいやクシャミで痛むことはめったになかった。
     前年とちがうことといえば、59・1月初めから、からだを温めるによいというモグサのパンツをはいたことと、58・5月以来、それまで1日3合だった青汁を4〜5合にふやしたことだが、そのためだったのだろうか。それとも、これまで10年毎にあらわれてはまもなく消えた関節の痛み――四〇肩、五〇肩、六〇膝、七〇肩――のように、自然の生理(つまり老化)現象として、それが、こんどは筋肉にあらわれたもので、ある期間たてば、やがて、またなくなる、といったたちのものではないか、という気がするのだが、もちろん、結論を出すには、もうすこし経過をみなければならない、と三度目の冬をまちうけていた。

    84才の冬(59・12月〜60・3月)
     11月初め、久しぶりにカゼをひいたが影響なし。12月中旬の冷えこみもクリスマス前後のかなりの寒波襲来も異常なし。大寒とともにやって来た猛烈な寒さにもなんの障りもなく、やがて春がやって来、ついにモグサのパンツも出番なしに終った。
     どうやら、やはり老化の一時的現象で、本態は筋肉の寒さによる血行不全といったものらしい。

    対策
     対策としては、

      1. 冷やさないこと
      2. つとめてからだを動かすこと
      3. そしてナッパ・青汁中心のバランスのよくとれた食事をとって、血をきれいにし血のめぐりをよくすること

     がよいように思われる。
    (60・4)


17. 慢性上顎洞骨髄炎

     42才の男性のかたから、

    「22才のときチクノウ(副鼻腔炎)で手術。
     こんどの発病は10年まえからで、きっかけは親知らずの治療のこじれではないかと思っています。
     初め、左の歯がくの強い不快感と鈍痛という自覚症状から始まり、歯科、口腔外科、耳鼻科など、いろいろまわりましたが、一向によくならないまま、日がたっています。
     医師によっては、ただごとではない、と診断する方もいましたが、他の医師との議論で、結局、何もしない、という判断をされたことも、何度かありました。
     現在は、漢方の医院で診察と投薬をうけています。
     この治療はもう7〜8年続いています。
     この医院の診断では慢性上顎洞骨髄炎となっています。
     現時点の症状は、左上歯の根元からは絶えず出膿出血。
     左上歯全体と上顎の不快感と鈍痛です。
     これはひどくなると睡眠も仕事もできません。」
     といってみえた。
    「上顎洞骨髄炎。
     むつかしい病名ですが、おそらく、上顎洞の骨のあたりの化膿が慢性化したもので、時々悪化して、血膿が出たり、ひどく痛んだりするのでしょう。
     根治的には手術でしょうし、これまでも度々問題になっているようですが、場所が場所だけに、うっかり手はつけない方がよいでしょう。
     そして、薬でもダメとなると、残る手は、からだの方をなおすしかありません。
     というのは、ずっといぜんにチクノウにかかっていられるように、あなたのからだが化膿によわくなっている、とかんがえられるからです。
     化膿しやすいからだにもっとも関係のふかいのは食べもののあやまり。
     いわゆるエンプティカロリー食品のとりすぎです。
     すなわち、糖分(菓子、ジュース、味つけの砂糖)、白米飯とくに餅、アルコール、肉魚の切り身などで、これらがすぎると血がにごり、抵抗力がよわり、バイキンにおかされやすく、治りにくくなります。
     それをなおすためには、そういう食べものに不足しているミネラル(アルカリことにカルシウム)やビタミンを十分に補給すべきですが、そのもっとも有力なものが良質ナッパです。
     で、これをしっかり食べ、青汁にして飲めばよいというわけです(緑葉食・青汁)。
     しかし、それにはかなり大量のナッパが必要ですし、青汁にしても、あまり飲みよいものではありません。
     しかも、効果はなかなかにわかにはあらわれません。
     そこで、まず、もっとも徹底した青汁食、青汁断食をやってごらんになっては、とかんがえます。
     2〜3日から数日間、他のものは何も食べず、毎日、朝から晩まで青汁ばかり飲んでみます。
     5〜6合ないし1升くらいらくに飲めます。
     そうすると、おそらく、あなたのばあい、きっと、何か思いあたる効果が出る筈です。
     それっきり治るとは申しませんが、いつもあなたを悩ましている血膿がへるとか、不快感や痛みといったものが、なくなるか、ずっと軽くなるようであれば、そして、青汁の効果にたいする確信めいたものが得られれば、その後の実行に大きなハズミになるだろうと思われるからです。
     そのあとは、なるべくミネラル・ビタミンに富んだ、そしてなるべく安全な食べものをえらび、たとえば主食にはイモ類、蛋白食品には大豆を多くすること。
     そして、良質ナッパを主とする野菜、海藻を十分にそえ、青汁は少なくとも3〜4合以上のむ(イモ・マメ・ナッパ・青汁食)。
     これを根気よくつづけてゆくのです。
     そうしていられれば、しだいに体質がかわり、さしもの難治病もやがて克服されるにそういありません」。
    (60・2)


18. 頸骨軟骨症

     医学博士 遠藤 仁郎 

     この7月末、神戸の青汁教室で、50前後のご婦人から、頚骨軟骨症の痛みが青汁でよくなった、という報告があった。聞きなれない病名なのでしらべてみた。

    頚骨軟骨症
     くわしくは頚部脊椎軟骨症。本態は、頚部脊椎骨の変形性脊椎症で、病変が椎骨と椎間軟骨の両方にまたがっているので骨・軟骨症という名が出たもの。変形性脊椎炎ともいわれているが、病変は炎症ではなくて、消耗性、退行変性が主。
     ある程度年令的の変化で年とともに進行する。つまり、老化現象によるもの。頚部・腕部や、脊部の痛みを原因する。
     痛みの特長は、朝おきたて痛くて動きづらいが、動いているうちに楽になり、夕方疲れてくると、またあらわれる。ぬくめたり、マッサージでよくなる。
     コルセットなどで安静にしても鎮まるが、あまり動かないでいると、かえってよくない。この痛みは、椎骨の変形で神経が刺激されるためではなく、どのようにしておこるのか、はっきりしたことはわかっていない、
     ということだ。
     どうやら老人性の脚・腰の痛み同様、筋肉性のもの、つまり、血行不全のための筋肉のコワバリが原因のような気がする(本紙353(61年1月)号、「老人の脚腰のいたみ」参照)。
     しかも、脊椎骨や軟骨の変化にしても、筋肉のコワバリにしても、結局は血のにごりによる。それは食べもののまちがい(精製穀、肉魚の切り身、糖、脂などご馳走の食べすぎ)によるわけだし、青汁がよいのは、それによって、骨や軟骨の病変が、そう簡単になおる筈がないから、やはり、血がきれいになり、血の流れがよくなることで、筋肉のコワバリがやわらげられるためであり、あたためたり、軽い運動やマッサージのよいのも、血のめぐりがよくなるからであろう。
     だから、痛みをしずめるためにも、病変の進行を防ぐためにも、青汁中心の正しい食事にあらため、つとめて運動することが大切であろう。
    (60・8)


19. 青汁のんで元気になりましょう

    西宮市 I.T. 

     月日の経つのは早いもので、私が青汁と出会ってから約20年になります。
     20年前の女医会の日のことでした。左膝関節が痛くて、正座しなければならない会場で足を伸していました。
     その時は股関節疾患の後遺症で階段を上る時も一足ずつ休みながら上っていました。
     この有様をご覧になった先輩の鈴木幸子先生が「その痛みには遠藤先生の青汁が効くので一度やってみなさい」とおすすめくださいました。
     有難い貴縁を得て、それ以来休まずに今日まで飲み続けています。のみ始めて半年位で関節の痛みがとれて動けるようになっていました。何も考えることなく、ただひたすら飲み続けているうちに、今まで抱えていたさまざまの成人病(高血圧症を始め、慢性気管支炎、慢性胃腸炎、腰痛症、膝関節炎等十に余る疾患)がなくなっているのに気がつきました。
     ふと気がついた時には病が消えていたということです。
     しかし体重の増加(標準体重より9キロ上昇)だけは如何ともし難く、これを何とかしなければと思って、今から6年前体操を習い始めました。習い始めて半年近くで9キロの減量に成功しました。その頃には身体が軽くなり、膝関節への体重の負担が軽減されて、快適な日常生活を送れるようになりました。
     青汁も体操も同じことですが、何時効いたか分らぬ間にじわじわと効いているのです。青汁で病気が治ったというより、青汁を飲んだお蔭で、本来人間に平素にあたえられていた生命力が蘇ってきたような気がいたしました。
     青汁は薬ではありませんので、今日から治ったとか、今病が消えたというような現われ方をしませんが、現在、私の身体からすっかり病は消えて、日々さわやかに過させていただいております。
     これはまさに遠藤先生の青汁のお蔭と思い、青汁をのむ度に感謝しています。
     もう一つ、青汁をのんだお蔭で素晴しいおそえ物をいただきました。それは、いきいきした肌です。
     老年に入って乾からびて来たと思っていましたが、私の肌を見て人々は生き生きとしていると言ってくださるのです。
     これは自分では意識していませんが、人が評価して下さり、有難いことと、素直に喜んでおります。
     私は最近体力テストを受けましたが、60代ですが、10代の人と同じ体力を持っておりました。
     青汁のお蔭で真の健康と若さをいただき60代に入ってからは、いよいよ体に自信がつき、身も心もさわやかになり、充実した日々を送っております。
     この喜びを一人でも多くの方に味っていただきたいと思う気持でいっぱいで、口を開けば、つい青汁のことを話してしまいます。病気のある方はもとより、ただいま元気な方も、みんなみんな毎日青汁を飲んで元気になりましょう。
     遠藤先生のご長寿を祝し、心からお礼申しあげます。先生有難うございました。
     見遥かす阿蘇の雪路のとけそめて日毎にからだ柔らぎにけり
     生き生きと肌輝くと人に言われ青汁知りしえにしよろこぶ

    (60・12 惜陰会の誌から)


20. “関節炎の痛みがなくなりました”

    尼崎市 Y.K. 

     左足のひざをちょっとまげても痛く、歩く時は、ひざをまげないように、そろそろとつたい歩きをするのがやっとでした。
     整形外科でみていただきましたところ、関節に炎症が見られるとのことで、水を抜いて、抗炎症剤と湿布薬を下さいました。あまりの痛さに、もうワラにもすがる思いで、ケール顆粒(グリーンG2・5グラム入り)を1日に6袋飲み始めました。一週間後病院へ行きましたところ、炎症はほとんど取れているけれど、老人性の関節炎だから痛みはなくならないだろう、といわれ、湿布薬だけ下さいました。
     ケール顆粒を飲み始めます時、これは薬ではないから、今日飲んですぐ効目が出て痛みがとれるというわけには、ゆかないけれど、毎日飲み続けていると血液がだんだんきれいになって、必らずよくなりますよ、と言われました。時々痛みのやわらぐこともありますが、相変らず痛くて、ひざをまげないように気をつけて、それはそれはつらい毎日でした。
     ケール顆粒を飲み始めて二週間位たった頃、随分痛みがやわらいできました。それから一週間位して、正座が出来るようになりました。若い時のようにさっさとは歩けなくなりましたが、立ったり座ったり、ゆっくり歩いても痛みを感じなくなりましたのは、ケール顆粒を飲み始めて一ヶ月位たった頃でした。
     そして、12月初旬としては記録的な真冬の寒い日が一週間程続きましたが、痛みも出なくて元気に買物にも出掛けております。この頃では毎日ケール顆粒を飲むのが楽しみで、朝食、昼食、夕食に2袋ずつ、一日に6袋飲んで元気に暮しております。心より感謝いたします。ありがとうございます。

    (62・12)


21. 六〇ヒザ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     62歳のお寺さん。
     「三ヶ月まえから、右の膝関節がはれ、座ると痛み、正座することが多いので難渋しています。」
     「変形性膝関節炎、俗に六〇ヒザというやつでしょう。」
     「そうなんです。青汁がよいのでは、とすすめられて、ご相談に上りました。」
     「私もやったことがありますが、青汁中心の食養生がよかったように感じています。専門的には、水をぬいたり、薬(ステロイド剤)を注射したりするようですが、その効果は、いずれも一時的。
     それだけで治りきるわけでもありませんし、時には、かえって厄介な故障(ステロイド症)をおこさないとも限りません。もともと老化によるもの。血のにごりが原因になっているにそういありませんから、局所の治療と同時に、ともかく血をきれいにするようつとめなければならない、とかんがえられます。
     ご参考までに、私の体験を申し上げてみましょう。

     最初は満40才の時。
     ちょうど五〇肩のような痛みがあらわれました(四〇肩)が、1ヶ月くらいで自然になくなりました。当時の私は、いまふつうの、いわゆる高カロリー高蛋白質食でした。そのため血がにごっており、50で出るものが早々と出たのでしょう。
     次は満50才の時。全く型通りの五〇肩でしたが、3ケ月くらいでなくなりました。
     ナッパ・青汁食にきりかえたのは43才の秋でしたから、以前にくらべ、血はよほどきれいになっていた筈なんですが、精進が足らず、不十分だったためでしょう。
     しかし、症状はたしかに軽く、また、ふつうよりは余程はやく治ったようです。
     それから10年たって満60才でおきたのが、こんどはヒザでかなり腫れていました。
     歩くには大して差支えませんでしたが、座りづらい。ちょうど、その時おやじとおふくろの法事があって難儀しました。
     しかし、これも3〜4ヶ月で、何もせずに治ってしまいました。
     満70才で、またちょっと肩が痛みましたが、1ヶ月足らずですみました。
     で、80になったらどこに来るか、と思っていましたが、何ごともありませんでした。
     が、2年おくれて82才の冬、脚腰にかなりきつい痛み(筋肉痛)が出ました。
     83の冬にも多少ありましたが、それ以後は何ともありません。
     これらの関節や筋肉の異常は、いずれも老化によるものであることはいうまでもありませんが、10年毎に出ているところからみると、どうも、加令によって周期的に、自然におこる一時的の変調によるもの、いうならば、一種の生理的現象ではないか、とひとりぎめしています。
     それはともあれ、できるだけ血をきれいにすることは大切とかんがえられますから、イモ・マメ・ナッパ・青汁食といった、青汁を中心とする食の合理化をおすすめしたいと思います。
     食べものはなるべく安全なものをえらび、調理は簡単に、味つけはうすくすること。アルコール・糖分はできるだけひかえること。
     そして青汁は少なくともコップ4〜5杯(もとのナッパ1キロ)以上。多いほどよろしい。
     患部はなるべく温かくし冷やさないこと、軽い運動(自動・他動)、マッサージの励行も大切です。
     「なお、試みに、もっとも徹底した青汁食である青汁絶食をやってごらんになってはいかがでしょう。1日でも2〜3日でも、ほかの食事は一切せず、青汁を飲めるだけのみます。5合でも6合でもらくにのめます。それがきっかけになって症状が軽快することがありますし、少なくとも一時的にもかなりの効果が出るものです」
     と申し上げておいたが、さっそくやられたらしい。
     数日後のおたよりに、
     「早々、2日間絶食をして、青汁(顆粒)12〜3袋(生の4〜5合相当)づつ服用いたしました。通常の勤行と法儀を修めましたので、空腹でいささか難儀しましたが、おかげさまで、今日は少し調子がよいようで、足の運動が軽快にできるようになりました」
     とあった。
    (62・12)


22. (初期の旧稿から) 五十肩と緑葉食

     医学博士 遠藤 仁郎 

     三木威勇治教授の著書によれば、

     「五十肩というのは疼痛性肩関節制動症で、その病変は老人性変化または外傷、炎症性変化などである。そして組織が老人性となることがその素因をつくる。大体、老人性の変化を起した組織は外界の刺戟に対する反応が弱く鈍いので、急性の軽い運動痛や放散痛は乏しくて、後に残る関節攣縮が目立ち、不注意な運動で痛むものである。手当として、初期の放散痛や運動痛には安静固定、温熱応用その他が行われ、後の筋性攣縮には温熱、マッサージ、自動運動などによる寛解に重きをおく」、
     といわれている。
     しかし、老人性変化が根本である以上、これら局所処置とともに、一般若返り法を講ずべきはいうまでもないことで、正しい栄養を主とした日常生活の合理化が大切であろう。
     同書には、栄養についての具体的記載がないが、菜食ことに緑葉生食がよいようである。私は以前軍隊にいた頃、兵食によって肩の痛を覚え菜食で速かに去るのを経験しているが、今年の初ごろから(丁度50才なんだが)ちょいちょい肩が痛んだ。
     それはきまって悪食のつづいた後であり、緑葉食にし青汁を飲んでいると間も無く忘れてしまう。
     大言海には、俚言要覧をひいて、
     「五十腕、凡そ人50歳ばかりの時手腕骨節の痛むことあり。程過ぐれば薬せずして癒ゆるものなり。俗にこれを五十腕とも五十肩ともいふ。又、長命病ともいふ」
     とあるごとく自然にも治るものだが、こうした注意によって治りをはやめることが出来、また防ぐこともできるようである。
    (25・1)


23. 脚腰の痛み

     医学博士 遠藤 仁郎 

     72才の老女。

     「いぜん、ケールを栽培して飲み、大変調子がよかったんですが、その後、やめていました。さいきんになって、脚腰が痛みだしましたので、また飲んでいますが、“ケールはアルカリが強いので、それだけよりも、他の野菜やくだものを混ぜた方がよろしい”という人があり、迷っています。」
     「とんでもありません。そのアルカリが、ことに、その中のカルシウムが、痛みによいのです。ほかの野菜やくだものもアルカリ性ではありますが、肝腎のカルシウムが少ないので、それだけ効果が落ちます。迷わずにケールを、少なくとも4〜500g、もっと多く7〜800gから1キロを(汁にして2合から3〜4合)おのみなさい。もっと多ければなお結構です。
     なんでしたら、1日でも2日でも、ほかのものは何も食べず、青汁だけを飲んでごらんになってはいかがです。青汁絶食というやつで、5〜6合以上でもラクに飲め、それっきりよくなることがあります。
     反対に、よくないものの筆頭は糖分。
     お菓子やジュース、味つけの砂糖などがすぎると、痛が出たり、強くなります。次が白いご飯やお餅。そして肉や魚の類。これらは、みな、酸性の強いもので、これらがすぎると血が酸性にかたむき、カルシウムの力がよわって痛みが出たり、強くなります。
     その酸を中和するのがアルカリ。そしてカルシウムには神経の感じをおさえ鎮める作用があるからで、アルカリ性が強くカルシウムの多いケールがよい所以です。
     なお、脚腰の痛みには、その部の血のめぐりをよくすることが大切ですから、少々痛くても、軽い運動をしたり、もんだり、たたいたり、お風呂や温泉であたためること。また、真綿やモグサを入れた腰まき、パンツ、懐炉などで冷さないよう気をつけることです。
    (62・11)


24. ケールと私

    高石市 I.M. 

     伊藤さん牧村さんにすすめられてケールを飲み始めて約1年半経った。
     私には元来3つの慢性の病があった。
     母ゆづりの本態性高血圧症と痛風、それに変形性関節症である。
     高血圧症は下降剤を飲みつづけても140〜100で、医師に最低100を割らなければ駄目と云われ、この間興奮した時など鼻血が止まらなくなり、2回救急車で病院にはこび込まれたりした。
     その時は200〜120と云われ、あわや死と対面かと思った程である。
     痛風は4回程発作に見舞われ、足の親指のつけ根がふくれ上がり、歩くことも出来ず10日程びっこを引いて歩き、普通に歩いている人を見てうらやましく思ったものである。
     また駅の階残の上り下りに足の関節に痛みを感じ、接骨医院に約1年通院したが、よくも悪くもならなかった。その間関節の水を抜いたこともあった。医師には変形性関節症と云われ、もっとヤセて体重を軽くし、足の運動をと、指導されたが一向によくならなかった。

     初めてケールの青汁を飲んだ時は、これは大変果して継続し得るかと心配したが、云われるとおり飲みつづけると段々慣れて来て飲みづらさはなくなり、今日では、1日飲まない日は何か忘れものをしたようなもの足りなさを感ずる程である。
     おかげで最近では血圧下降剤を減らしているが、130〜85で平常血圧を保っており、この数年痛風の発作も起らず、足の関節も走っても階段の上り下りにも何の苦痛も感じなくなった。これもケールのおかげと日夜感謝している次第である。
     生涯ケールを飲みつづけて長生きし、社会に役立ちたいものである。
     ケールよ!ありがとう。

    (ケール健人会報より)


25. 肩の痛みと耳鳴

     医学博士 遠藤 仁郎 

     56才(男)会社員。
     4〜5年前職場の成人病検診で肥満、高血圧と糖尿病(空腹時血糖130〜140(mg/dl)を指摘されました。
     3年位前から乾燥青汁「ピロサン」を1日に10袋位と食事は食品交換表の20単位位を続けて、現在少し低色素性貧血と言われていますが、減量(160cmで体重53〜54kgになりました)と血圧(朝105/70位です)、空腹時血糖も110〜120mg/dl位まで下がり喜んでおります。
     ところが昨年春から左肩関節周囲炎で左腕をまっすぐ上の方にあげることが痛くてできず、鎮痛消炎クリーム6ヶ月間位左肩にぬりました。
     昨年12月初めからシャーという耳鳴がはじまり、だんだん強くなり、今年の1月初に耳鼻科を受診しました。
     X線検査に異常はないそうですが、神経性難聴と診断され、代謝改善剤、精神安定剤などのんでいます。
     約2週間で耳鳴が少し弱くなりました。然し、依然としてシャーという音が聞こえており、小生神経質なたちなので、毎日うっとうしくてたまりません。
     ピロサンを10袋から15〜20袋に増やしております。前にストレプトマイシンの注射を受けたことがあり、そのためかわかりませんが、若い時から少し耳鳴があり、13年前(昭和50年)にも耳鳴が強くなり耳鼻科を受診したことがあります。
     今回は消炎剤が原因(それとも年をとったため?)の耳鳴のようですが、何とかあまり気にならない程度になってくれたらと願っております。
     なお昼の間の仕事している時は職場で色々な機械からの騒音がありますので、あまり気にならす仕事ができます。
     精神安定剤のためかよく眠れます。
    (平成元・2)

     「肩の痛みはいわゆる五十肩でしょう(老化現象)。青汁中心の正しい食事でたいていよくなります。耳鳴もおそらく同じく老化現象でしょうが、その程度(仕事に差支ない)であれば、大したことではありません。おっしゃる通り、ストマイの影響もありましょうし、神経質的のところも大きいでしょう。なるべく気にしないことですが、性格的なものですから、気にすまいと思うことが、かえって新しいストレスにもなりますから、むしろ、なにか好きなこと、興味のあることに没頭し、気分転換をはかることです(仕事に熱中しているとき忘れていられるように)。
     薬はなるべくやめ(鎮静剤・安定剤・代謝剤も)、やはり青汁中心の正しい、バランスのよくとれた、カロリー・蛋白質にたいし、ミネラル・ビタミンに十分余猶のある、食事に切りかえ、それに徹底することです。
     主食には米飯やパンよりは雑穀類や豆。さらによいのはイモ類。蛋白食には肉・魚の切身より小魚・大豆ものにすること。
     そして、良質ナッパを主とする野・山菜・海藻などをうんと添え、青汁は少なくともコップ4〜5杯。ピロサンならば緑袋8〜10以上飲む(イモ・マメ・ナッパ・青汁食)。
     タバコ・アルコールはもちろん、菓子やジュース類もなるべくやめる。また、食べもの、飲みものはすべて安全なものにし、農薬はじめ生産用薬剤や添加物に汚染されているものはさけるよう気をつけること。そうしていれば、肩の痛みも耳鳴も、しだいに軽くなってくるでしょう。
     なお、時々、青汁絶食(1日中青汁だけを飲み、ほかのものは一切やめる)をやってみるのもよいと思います。これで耳鳴がすっかりとまることがあります。」
    (平成元・2)


26. 五十肩

    東京都 J.M. 

     1年2ヶ月の間、フィンランドに住みました。
     6月、丁度帰国の日の朝です。部屋を掃除しようと掃除機を使っていたら、左肩のつけ根に鈍痛があります。何かにぶつけたかと思い返しても、何も心当りはないのです。
     ふと気がついて「あ、五十肩だ」と分りました。痛みはだんだんひどくなりました。
     帰国してすぐに銀座のスタンド田辺青汁に電話して相談いたしました。
     それまでも青汁は飲んでいましたが、飲んだり飲まなかったり甚だ不熟心でした。
     田辺さんの指示通り、ドライ顆粒1日8袋を飲み青汁絶食に近い状態を2日続けたところ、3日目に上らなかった腕が上るのには全く驚きました。
     ところが、「のど元過ぎれば熱さを忘る」のことわざ通り、つい又飲むのを怠って数日が過ぎたら、再び強い痛みが始まったのです。
     早速身をつつしみ、青汁とイモ・マメ・ナッパに心がけ、1ヶ月が過ぎた現在、全く痛みを感じることなく、毎日を過ごしています。

    (1989・7・25)


27. 大腿骨折の術後順調

    大阪市 M.H. 

     本年11月で、青汁開始満5年となりました。83才の母も、顔色も良くなり、3日に大腿骨骨頭頚部骨折で手術を受け、人工骨頭に置換術を受けましたが、回復順調で、現在は、正座も出来る様になりました。

    (63・12)


28. 関節炎が治った

    横浜市 K.S. 

     
     顆粒青汁を飲み始めてもう2年になります。
     今では青汁なしではいられない日々です。
     2年前のあの頃は1か月に2回は必ず整形外科医へ通っていました。
     私の場合は手の関節炎で手の関節がはれとっても痛い時がありました。
     2ヵ月に1回は関節に注射していました。その注射をすると2日間は何も家事が出来ず大変でした。
     そんな状態だった時、友人が青汁を進めてくれました。
     始めは、本当に青汁がきくのかうたがっていましたが、飲み始めて6ヵ月位いで関節のはれが引き、少しづつ痛みの方もとれて来ました。
     今では整形外科医にも通わなくてもよいほどに直りました。
     今では1日とかかさず青汁顆粒を飲んでいます。


29. ペルテス病

     医学博士 遠藤 仁郎 

     「5才の時、溶連菌症とアトピーでお世話になりましたこども。
     青汁のおかげで、しだいに元気になり、幼稚園から小学校の間、オタフクカゼで休んだだけ。カゼもひかず、冬にはアトピーが出ましたが、いぜんよりずっと軽くすんでいました。
     小学校では野球、水泳、長距離(800M)に出たり、活発でした。いま、中一になっていますが、中学では陸上部に入り、1500Mの選手になってから足をいため、ペルテス病といわれ、入院しています。
     ペルテスという病気、どんな病気で、どういう手当をしたらよいのでしょうか?」

     「ペルテス病(股関節ペルテス病)は、若年性変形性骨軟骨炎というむつかしい名がついており、こどもに多い、股関節の大腿骨頭の軟骨の化骨の進行中の発育異常による、といわれています。原因についてはいろいろ学説があるようですが、まだ適確なことはわかっていないらしい。
     結局、血のにごりによるものに相違ないでしょうから、以前の時と同じく、青汁中心の食事が大切と思いますが、青汁はずっと飲んでいたんでしょうか?」

     「それが、からだの調子がよくなったものですから、とかく怠りがちになっていました。」

     よくきいてみると、この子の妊娠中の母親の食事が随分デタラメであったこと。
     またこども本人も、肉、魚、ハムばかり食べ、野菜は少なかったし、間食がひどく、チョコレート、アメ、ジュース、アイスクリーム、時にはクリーム1日4ケ、ジュース3本。
     こういったものばかり食べていた、ということもわかった。

     そうだと、どうやら生れつきあるいは幼時から血のにごりやすい体質であるようにも考えられるから、いっそう食べものには慎重でなければならない。
     ともかく、熱心に青汁食に徹底すべきだ、と答えておいた。

     初め入院したのは、地方の大学病院の小児科。
     主に安静と牽引で治療され、2ヶ月で、装具をつけ、松葉杖をついて退院。
     その後、他の施設にかわったが、ここでは、両足にギブスをつけ、全く動かせないという治療法。
     食事は、大学には青汁をよく知っているナースがおり、かなり飲めたらしい。
     が、次の施設は非常に厳重で、きまったものしか食べれず、生野菜も食べていないし、蛋白質その他も成長期のこどもには不足のようだし、青汁はかくして飲む、という状態だ、とのこと。

     それから、かれこれ1年ちかくすぎた頃、たずねてみたが、大した変りはない、とのことなので、骨の化骨を促がすためには血行をよくすべきだから、むしろ軽い運動が必要だろうから、ギブス固定は極端すぎるのでないか。
     また、食事には、できるだけカルシウムも十分に補給すべきだし(それには青汁が最適)、カルシウムの利用をよくするためには日光浴もさせたい。
     できれば家につれかえって、もっと自然的な生活をさせてやることだ、ともいってみたが、なにぶんにも親許をはなれていることとて思うにまかせない。
     ただ、なるべく青汁だけでもとピロサンを送ってやっている、とのことだった。

     この7月、
     「発病してまる2年になりました。おかげさまで、ようやくギブスがとれ、歩かれる装具になりました。園長さんから説明があり“ふつうは3〜4年はかかるのだが、経過がよく順調に快復し、早くよくなっている”とのことでした。」
     とよろこびのしらせがあった。
    (平成元・7)


30. 背骨のいたみ

    相模原市 H.N. 

     私の妹も、背骨がいたいのが、ピロサンを飲んでるうちに軽くなったとよろこんでいます。(平2・6)




ご意見・ご要望はこちらへ
階層リンク 田辺食品 青汁 健康と青汁 上の階層へ
サービスリンク 更新記録 全体構成 商品紹介 注文方法

Copyright 2011 07 田辺食品株式会社