健康と青汁タイトル小 <1988年1月15日発行 第377号>
 目次



1. 書無きに如かず

     医学博士 遠藤 仁郎 

    四日市の中山さんから、

    「最近ケールを配達してもらって、青汁を飲みだしましたが、青汁に関した知識を得たいと思って本屋をのぞいています。そのうちに、バーバラ寺岡さんの生野菜に関する本の中に、“アクは体によくないこと、毒として作用すること”。また、“キャベツ(ケール)にはベンツピレンとかいう発癌物質があって、生で食べない方がよいこと”、などが載っていました。このことについて簡単に説明していただけるなら幸いです。」
    という手紙がきた。
    「大デタラメです。少しも心配ありません。」
    と簡単に返事しておいたが、55年出版の拙著“生涯青汁”にのせている、これらに関する記事(アクについては169ページ、発癌性については170ページ)は次のようだ。

    「アクのこと」

     青汁にはアクがあるからよくない、という人があるが、という質問にたいする私の答。
     先年、銀座のクッキングスクールの校長先生がとなえられた「青汁有毒説」も、アクが強いからというのだった。ところで、このアクなるものだが、その本体ははっきりしない。ただ料理するにあたって、いやな色や味が出ると、それを、なんとのうアクとよんでいるにすぎないようだ。
     青汁のばあいも、材料によって、かなりアクがつよいと感じられるものがある。
     しかし、もともと毒のないものばかりを材料にしているのだから、それから出るアクだけに毒があろう筈はない。現に、動物は、生涯そういう草を食っていて元気でいる。
     人間は、それを、すったり、もんだり、しぼったりするので、出てくるアクが気になるのだが、このアクもこめての草全体が、自然からあたえられた大切な栄養食品なんだ。ただ、見た目や舌の感じだけから、有害だ、有毒だときめつけるのは、妄説も甚しい。
     アクは、決して「悪」ではなく、むしろ「善」だ(大切な成分の一部だから)といってよいだろう。
     アクの強いものでも少しも差支ないし、アクぬきする必要ももちろんない。
     青汁にしてアクが気になれば、葉そのままを食べればよい、チシャやシソの葉など、そのよい例だ。

    ケールに癌の危険はない

     さいきん、ケールには硝酸塩が多いので癌になる危険があると、どこかの大学教授が発表されたという。まことにショッキングなニュースが2、3の新聞に出た。
     その切り抜きとともに、これについての私の見解をもとめる手紙が数通とどいたが、なかには、惜しいことに、青汁を飲むのをやめたとか、せっかく立派にそだっているケールを切り捨ててしまった、とも書いてあった。

     食べ物の中の硝酸塩は、そのままでは別に何の害もない。しかし、それが還元されて亜硝酸塩になると、アミン(動物食品や薬などにいくらでもある)と結合してニトロサミンができ、その中には発癌性のものがある。
     そこで、硝酸塩の多いものを食べると癌になるおそれがある、ということになる。
     ところで硝酸塩は、硝酸塩肥料や窒素肥料をつかった農作物には、野菜・果物その他のすべてに多いので、決してケールだけに限られてはいない(24D[除草剤]でも多くなるというから米にもきっと少なくないだろう)。

     また、動物食品、ことにその加工品には、肉の発色(たとえばハムの淡紅色を出すため)や、殺菌(ことにポツリヌス菌にたいし)の目的に添加されている。
     そして、ハム、ソーセージはもとより、チーズ、塩蔵魚介、タラコ、乾物や燻製品などにはニトロサミンさえも検出されている。

     しかし、たとえ硝酸塩があっても、これが還元されて亜硝酸にならなければ、発癌の心配はないわけだが、この還元作用は、食品を冷蔵することと、ビタミンCとで妨げられることがわかっている。
     すなわち、2〜4度の低温では亜硝酸への還元作用がとまるので、発癌性ニトロサミンもできない。
     欧米先進国で胃癌がへったのは、そういう性能のよい冷蔵庫や冷凍食品が普及したためだ、といわれている。

     ビタミンCにも、おなじ作用があるので、Cが多いだけでもこの心配がなくなるわけだが、すべての食品中もっともCにとんでいるのは良質ナッパ類だ。
     だから、硝酸塩があっても、Cの多いケールその他の良質ナッパのばあい、Cの少ないその他の農作物や、全然Cのない穀・肉・魚・乳製品などのばあいにくらべ、亜硝酸、したがって発癌性ニトロサミンのできる可能性は、ずっと少ないか、全然ないともいえよう(後略)。

     さて、この硝酸塩の問題は実際にありうることだが、バーバラ先生のいわれるベンツピレンはどうだろう?
     ベンツピレンは、タバコの煙や焼魚、焼肉のコゲなどにある有力な発癌物質の一つだが、本当にキャベツやケールにあるのだろうか?
     私にはどうも信じられない。また、たとえあるとしても、この発癌性が、ケールその他の生野菜汁で消えるという実験的証明のあることを、バーバラ先生ともあろうもの、ご存じない筈もなかろう。
     だのに、“生で食べない方がよい”、といわれるにいたっては、まさに噴飯もの。大デタラメもいいところではなかろうか。それはともあれ、いかに言論自由の世の中とはいえ、こういう書物が堂々まかり通っていることは、まことに迷惑千万な話。全く、“悉く書を信ずれば書無きに如かず(孟子)”だ、とつくづく思う。
    (62・5)


2. 貧血にきかぬレバー

     医学博士 遠藤 仁郎 

     病人の絶えない家なので、まえまえから青汁をすすめていたが、家の人たちの理解が得られず、いつも歯がゆい思いをされていた奥さんが、珍しくニコニコ顔でやってみえてのお話。

     「一年まえおばあちゃんが子宮筋腫の手術をされましたが、貧血が残っていいたのでレバー(肝臓)を食べるよういわれました。私も、こどもたち二人も多少貧血気味なので、いっしょにレバーを毎日欠がさず食べていました。
     けれども、何度検査してもらってもよくなりません。で、このお正月から、レバーをやめて、青汁を今までの倍(それまでおばあちゃん2本、私やこどもは1本)にしてみました。
     そしたら、この3月の検査で、4人ともそろって貧血がすっかり治っていました。
     おまけに、いちばん青汁きらいの主人のコレステロール(高かったんですが)まで、ふつうになっていました。そして、今さらのように青汁が見なおされ、畑にケールをうんとつくって、みんなでいただこう、ということになりました。」
     「それにしても、なぜ、レバーがきかなかったんでしょう?」

     「レバーは貧血にはよい筈なんです。レバーは動物食品のうちでいちばんよいもので、蛋白質は肉よりすぐれているし、ミネラル・ビタミン、ことに血をつくる鉄分やビタミン類、にとんでいます。
     だから、貧血をなおすにはもっともよい食べものなんです。
     私も、いぜんは“肝臓緑葉食”といって、肉の代りに肝臓を食べることをすすめましたが、確かに効力がありました。が、しかし、今はすすめないどころか、むしろ、危険なものと思っています。」

     「なぜですか?」

     「肝臓は“からだの毒消し(解毒)工場”といったもので、体外から来るものも、体内でできるものも、およそからだのためによくないもの(有害有毒物)は、すべてここにあつめられ、処理されます。しかし、昔は、家畜にしても、野生の動物にしても、その餌は自然の安全なものばかりでしたから、少しも問題はありませんでした。
     ところが、今はすっかり事情がかわり、飼料はすべて人工的に配合されたものばかりで、何がはいっているかわからない――農薬はじめ各種の生産用薬剤や産業廃棄物に汚染されたり、カビたものなど、食料に不適とされたものが飼料にまわされている。
     そのうえ、肥肉薬や防疫用の薬も配合されています。それらが、みな、肝臓にあつまっている。魚介類とて同様。外洋ものも海水の汚れのため、昔ほど安全ではないし、養殖ものは家畜同様で、いうまでもありません。
     そこで、昔はもっともすぐれた栄養食品であり、貧血をなおす力の強かった肝臓も、今では有害有毒物のタマリ場、つまりゴミダメで、むしろ危険な食品。貧血をなおすなんてとんでもない、といったシロモノになってしまっているわけだからです。
    (62・3)


3. 世界で一人だけかも(再発悪性リンパ腫快癒例)

     医学博士 遠藤 仁郎 

     本紙359(昭和61・7月)号所載、ホジキン病の後段に、中学1年生の悪性リンパ腫の快癒例の記事が出ています。
     この君(文吾君)その後の消息について、東京の田辺弘氏(青汁相談所)から次のような報せがありました。

     「昭和62年10月20日の電話によると、その後も文吾君は高校に入学、益々元気ですよ、との報告がありました。母堂のお話しによると、横浜医大病院の主治医の先生からこの難病の再発では世界中で一人の生存者もいないのですよ、元気に成ってよかった、とほめられたそうです。」
     主治医の先生のお話のようだと、ひょっとしたら文吾君が世界中でたった一人だけかも知れません。
     いずれにしてもおめでたいこと。これからも、油断することなく、青汁をつづけてほしいと思います。
    (62・11)


4. 10分間ヨーガ

     身体に活力をつける静かな動きで効力のあるヨーガを、青汁健康増進体操として、皆様に、毎日10分間、簡単で永つづきする様に御案内をしてゆきます。
     まず自律神経を正常にする事。
     気持ちを落ちつかせて、身体のゆがみを整えてゆきます。呼吸法がともなわないと、ポーズをしても効果はありません。鼻から吸って口から呼き出します。身体をのばす時、おこす時に息を吸って、手、足、身体を縮める時、たおす時等は息を呼きます。
     息を吸うと、(筋肉)が縮み、筋力がつき、・・・・・・緊張します。
     息を呼くと、筋肉がゆるみ、のびるのです。・・・・・・弛緩します。
     決してあわてなく、無理をしない事です。身体のかたい人は、一日1mmづつのばしてゆくつもりで、毎日つづけて下さい。ゆっくりのばす事をストレッチといいます。

    10分間ヨーガのポーズ

    1. 正しく正座
       肩の力を抜いて深呼吸を5〜6回する。
       腹式呼吸で、吸う時にお腹(下腹)をふくらます様に、吐く時はヘコます。
       初めに、まず吐いて下腹をヘコまして、それから息を吸います。
       馴れて来ますのであせらずにおつづけ下さい。

    2. 神仏の拝む時に手を合わせるポーズです。
      わきの下に卵をはさんだほどあけるのです。肩やひじは力をぬいておきます。ゆったりした気持ちで合掌して下さい。

    3. 2のポーズから、息を吸いながら合掌の手を頭上にのばしきって、のばした姿勢で、吐きながら前に倒し床にふします。
      2→3これを2〜3回行います。
      わき腹がのびて、肩もすっきり、頭もすっきりして来ます。

    4. 2の合掌から3の吸いながら頭上に手をのばすところから、ハッと息を吐いて、パット横に手をひろげて、口をポカンとあけて、頭を後に倒す。しばらく自然呼吸で10秒間静止する。後頭部から首すじ、肩が気持ちよくなります。2回行う。

    5. 右、左にねじる。大切なポーズです。なかなかねじる角度がうまくゆきませんが、呼吸を上手にすれば直ぐよくねじれる様になります。
      初に、息を吸ってゆったりと吐きながら身体をねじってゆきます。
      吐く息が短い場合、ねじったままで息を吸って、再び吐きながらつづけてねじってゆきます。
      これ以上ねじれないと思うところで静止を5〜7秒します。左右かならず行う事です。

    6. 頭の後を、手を組んで手の平を上にしてのばすのです。初めに手を組んで息を吐き、息を吸いながら後へ手(組手)をのばしきります。静止5〜7秒。3回繰り返し行います。胃、腸が引上げ胸が広くひろげるのですっきりします。

    7. 頭の後で手を組み、初めに息を吸い、息を吐きながら左の方へうででを引っぱる。
      5〜7秒静止。うでが少しづつのびるのがわかる。左右2〜3回行う。
      あわてないでゆっくり引っぱり、のびて来る感じを味わう。
      わき腹、うでが気持ちよくなります。肩こりによくききます。

    8. これは手を組んで後にのばし、この姿勢からオジギをする様に、顔をひざこぞうにあてる迄身体を前に倒して、後にのばした手をどんどん頭の方へおろして来ます。
      息を吸って後で手を組み、吐きながら身体を前におじぎをする様に倒し、5〜7秒静止する。2〜3回行う。

    9. 息を吸って、初め右手を上にあげて息を吐きながら右手を倒してゆきます。5〜7秒静止。左右2回行う。

    10. 図のように、背中を床にピタリとつく様になると、背中がのびた証です。腰、ふともも、わき腹等全体的にのびますのでとてもスッキリしてきます。
      この状態で息を吸ってお腹をふくらまし、吐いてへコます。これを10〜15回ゆっくり行うと内臓の運動になり、一番大切なポーズです。

    11. 両手、両足を一度立ててからポンと力をぬいてほかす様に足をのばします。手はひじを立てて手首をぶらぶらさせてから床にポタリと倒します。
      ヨーガの一番大切なポーズは、11のやすらぎのポーズをいかに上手に行えるかです。全身の力を抜いて、ゆったりした感じを味わうのです。
      全身に色々な角度からゆがみを整え、呼吸法をともなって、心のやすらぎを得るのです。
      なめらかなシルクロードの音楽を聞いてゆったりすると、気持ちが落ちつき、とても気持ちがよくなります。

     1〜10迄を10分間で行える様になるまで少々時間がかかっても、毎日必ずつづけて下さい。気持ちのよい自分自身がかならず味わえます。
     青汁の効果は身体にしみ込む様になった時味わえますので、内臓に気持ちよく吸収出来る身体になる様に進んで行って欲しいです。
     最高のものを最高に受け入れる器にしなければもったいない。身体と同時に気持ちもこれはすばらしいものだと心底思って口にすると、効果は何倍にもなるでしょう。

     どうか全ての人がこの気持ちになって、ケールを口にして欲しいのです。朝起床時、手足を息を吸いながらグーと伸ばし、息を止めて5〜7秒そのままで静止し、パーと息を呼いて力をぬく。2〜3回繰返す。次は、手首、足首を息を吸いながら起し、5秒間止める。息を呼きながら倒せるだけ倒す5秒間。手首は坐ってする。足首は両足をなげ出してする。
     それから10分間ヨーガのポーズをして下さい。やさしいポーズを毎日つづけますと自然に自分のものになります。型よりも中身の効果が大切なのです。


5. 頭痛もち

    「このごろ、なんとのうしんどく、疲れやすく、頭がいたんでしかたがありません。病院でくわしくしらべてもらいましたが、どこも悪いところはない。更年期のせいだろうか、とのことです。昨日あるところで、これを読んで、やってみなさいと、「青汁は効く」という本をすすめられました。方々に支部があるようですが、どこででも求められるんですか。」

    「いや、支部のあるところだけです。何分ナマモノですから送るわけにはゆきません。」

    「粉末もあるようですが?」

    「あります。しかし、加工したものですから、どうしてもコスト高につきます。お宅は町の中ですか、農村ですか?」

    「農村です。畑もあります。」

    「じゃあ、種子はいつでもさし上げますから、ケールをおつくりなさい。
     そして、どんどん食べ飲みしてごらんなさい。特別な原因のない頭痛にはそうしてみるほかありませんし、多分それでよくなるのではないかと思います。

     というのは、そういう、原因のない頭痛の多くは、食べもののまちがいから来る血のにごりのせいだからです。ご飯がすぎたり、肉や魚がすぎたり、甘いもの(お酒も)がすぎたり――つまりうまいものをしっかり食べて、野菜もの、ことにナッパの類が不足する。
     というのは、いま一般の傾向ですが、こういう食事だと、すっかり血がにごり、ねばり、血のめぐりがわるくなり、そのため、しんどかったり、疲れやすく、頭もいたむ。生理は狂う。と体調がくずれてきます。

     インスタントものや出来あいものが多ければ、その中のいろいろな添加物によっても血がにごります。
     便秘があれば、そのためにも血がにごる。そこで、ご馳走や出来あいの食べものをへらして、野菜ことに青ナッパをうんと食べる。そうすると、栄養分のバランスがとれて血がきれいになる。通じもよくなる。

     といって、少々のナッパではダメで、日本人の平均的の食べ方でも一日400〜500gは必要。
     うまいものや出来あいものが多いと、それだけ多く必要で、一日1キロでもまだ十分でない。
     しかも、そのナッパの大切な成分が全部吸収されなければ効果はのぞめないのですから、なるべく多くを生で食べ、よくかまなければなりません。

     といって、それも無理なので、すりつぶして汁にして飲もう。1キロのナッパも汁にすれば4合そこいらだから、飲むのはそうむつかしくはなかろう、というわけです。
     もっとも、決してうまいものではないから、それをつづけるには、それなりの覚悟と努力は必要です。

     また、ナッパは質のよいものでなければならないし、絶対に安全なものでなければなりません。
     緑色が濃くて、ホウレンソウ、フダンソウ以外のものであれば何でもよろしいが、いろいろな点でケールがいちばん便利です。

     これを昔の人がやった方法、土をよく耕し、肥料には堆肥、厩肥を主体にし、石灰、油粕、鶏糞といった有機質肥料をやる。農薬は一切つかわない。
     そうすると、味がよくて(成分がよい証拠)健康なナッパが出来、安心していくらでも食べられる。
     これを年中きらさないようにつくり、もりもり食べ飲みしていれば、体調はしだいに好転し、頭痛もやがては忘れてしまうでしょう。」

    (58・7)


6. 食欲のないとき

     食欲がないとき、食べものが不完全だと、栄養不足、栄養失調に陥りやすい。
     青汁を加えて完全食にすると、カロリーも蛋白質も少なくてすむ。
     たとえば、カロリー2000が1800、1600でもよいし、蛋白質70gが50でも25gでも足るようになる。
     だから、食欲がなくて食量が少ないときでも、青汁をのめば、体力の消耗はずっと少なくてすむわけだ。


7. むかし話(初期の旧稿から) 菜っ葉の功徳
前回参照

     4月の初、秋の彼岸ごろから胃痛があり、一進一退していたが、2週間まえから全身が腫れて来た、という63才の老婦人の所へ行った。

     貧血がつよく高度の全身浮腫。眼もあかず、下肢に神経痛があるのも手伝うて、寝返りも出来ない。腹の皮はうすく、油紙のようにキラキラしている。
     昔の医者が死証だときらったやつだ。前医は胃癌だといった相だが、腫れのため見当もつかぬ。原因ははっきりせぬが、食欲の悪いための栄養障碍といったものだろう。老人のことだ。とても実行はすまいがともかくと、肝臓緑葉食や青汁の講釈をやったところ、お婆さんひどくわかりがよく飲みこみもはやい。
     妙だなと思っているとこんな物語が出た。

       このお婆さん、戦後しばらく田舎の姉の家に厄介になっていた。姉の家というのが生粋の農家で60をこした老人の二人ぐらし。そこへ若夫婦と子供3人が疎開して来ていた。
       老人たちは、以前から、牛肉は全然食べず、たまに魚を少々買う程度で、客があれば、畑からとりたての野菜で自慢の料理を振舞うという徹底した菜食家。そろっていたって達者。朝から晩まで畑仕事に精を出し、病気などついぞしたこともない。
       疎開の若夫婦は、都会流の、肉がなければ魚が卵がなければ、といった贅沢ぐらし。子供は発育ざかりだからとわけて多く食べさせ、菓子の類も切らすことがない。それでいて、始終あれこれを医者にばかりかかっている。まのあたりこれを見て、菜食の大事なことがよくわかったし、とりたての活のよい野菜のうまさもはじめて知ることが出来た。
     病気したら一層それが大切だということもよくうなづける。飲みづらいなどといわずにつづけるといっていた。親思いの子息が、毎日多忙の家業の暇をぬすんで野草を採集してくるしするので、熱心に実行した相である。
     利尿剤もつかうにはつかったが、どんどん尿利がつき、一ヶ月あまり後に訪ねてみると、腫れはすっかりとれ、肌はだぶだぶではあるがいくらか血色もよくなっている。
     胃部に腫瘤をふれ、やはり胃癌らしいから結局はいけないだろうが、ともかく本人は食事はすすむし気分はよい、とりわけ嬉しいのは随分悩まされた下肢の神経痛がなくなったことだと涙を流してよろこんでいた。


     同じような話をK氏からも聞いた。
     K氏の老人夫婦は店を当主に譲り、隠居して悠々と余生を送っていられた。
     この楽隠居のところにも戦後の経済旋風は容赦なくふきまくり、田地はとりあげられ、財産税は何もかも根こそぎかっさらえて行った。殆んど無一物にちかい状態となり収入の途の絶えた老夫婦は、しかし、いともあっさりと生活の全面的きりかえを断行した。
     すべての無駄をはぶき、贅沢をしめ出し、僅かばかり残された畑を自ら耕して、自給野菜と配給だけの簡易生活をはじめた。
     あまりにきりつめた日常に、息子の方が心配しだしだが、老人たちは、反対に、かえって息子たちの旧態依然たるを不安がり案じていた。
     ところがどうだろう。それから二年たった今年の春、正月早々当主の長男は尿毒症で死に、次男もひきつづき腎臓炎で病臥。驚いて検査すると主人公の尿にも蛋白が出ているという大変な騒ぎになったではないか。
     しかも案じられた老夫妻はますます健康。
     すでに70も半ばをすぎているというのに、60位にしか見えぬ若さで、毎日野菜づくりに壮者をしのぐ元気が出ているという。病児の毎日の青汁の材料はこのお祖父さんの丹誠によるものだ。
     とその日も勢のよい大きなキャベツの青葉をみせてもらった
    (25・5)

次回参照

8. 骨ぬきの話

     医学博士 遠藤 仁郎 

     わが国で、ビタミン類やカルシウムにも恵まれた動物食品といえば、内臓(カルシウムは少ないが)か全体食のできる小動物(小魚類)である。これらが自然界の多くの動物の食物であることからもわかるように、これを生きたままで食べれば申分のない完全食である。

     しかし一般にはあまり好まれない。終戦後の食糧事情は田舎町のここ(倉敷)でも決してよくはなかった。牛肉はとても手が出ぬし、魚もめったに配給にならぬ。たまに合図の振鈴がなり出すと、主婦連先を争うてかけつけ、眼に角をたてて少しでも大きい魚をとせり合い、プンと来るようなものにでも随喜の涙を流したものだ。

     私の家では、子供たちもあまり欲しがらぬので、たいがい棄権していたが、時には近所の奥さんが売れ残っていたらしい雑魚を買って来て下さった。
     その方がこちらも嬉しいのだが、文字どおり鼻むけならぬ代物にはまいった。
     そのころよく買ったものは魚や介の臓物だった。買手がなく、いずれ犬にでもくれる筈のものとみえて楽に手にはいるし、だいいち値がやすい。栄養価はもとより、味もよい。野菜をうんと切込んだごった煮にすると、子供たちも喜んで食べてくれるので、薄給の私の家にはもって来いだった。

     また、どこの小川や溝にもいる泥鰌は、家でもながく生かしておくことも出来、生きたままの料理が手軽にできる。まず理想的にちかい栄養食品であるが、これまた一般向ではないらしい。
     廿一年の2月、方々で発疹チフスが猖獗をきわめていたころ、私は所用で、大阪仕立の満員列車で九州へ出かけたが、帰ってまもなく、どうやらそれらしい重症の熱病をやり、かなり衰弱した。

     その恢復期のある日家内は泥鰌を見つけて来てくれた。生きたままあげ物にし煮つけにし、あるいは叩きつぶして団子にしてくれなどしたが、あぶらぎった寒泥鰌のこと、実にうまい。
     めきめき元気づくように感じられたが、まもなくばったり絶えてしまった。

     わけをきくと、買ってくれるのはお宅くらいのもんだから、と店ではとり寄せるのをやめたといっていたそうだ。
     「動物食なら内臓か、骨も臓物も食べられる小魚類に限るのだが、このあたりの人は高い金を出して牛肉や腐りかけた鯛、マグロは欲しがっても、安くてうまく栄養にもすぐれている臓物やいきのよい泥鰌などはお嫌いらしい」
     と、いつか、小学校の母の会で話したことがある。

     それからずい分たってからであったが、母の会の幹事の一人の宅から呼ばれた。ご主人が結核でながく臥ていられる。いろいろ食物の話をしているうち、泥鰌のことが出た。
     「学校で、先生のお話をうかがいましたので」
     と奥さん。
     「それは結構。うまいでしょう。」
     「大変おいしい」
     まではよかった。
     「けれどもどうもグシグシしますので骨だけは出します」
     では。
     さてさて、何のための泥鰌やら。これこそ全く骨抜きの話というものだ。

    (24・6)


9. 早朝散歩と動脈のれん縮

    秋田県 K.N. 

     「散歩は午前の方がいいのでしょうか。それとも午後の方がいいのでしょうか」。
     こんな質問をする人は多分ヘルス学の上級コースを実践している人なのだと思う。なぜなら、ほとんどの人は、散歩といえば午前中にするものときめているし、さらに、早朝の散歩こそが本当に体のためにいい散歩だと思っている人が少なくないからだ。

     確かに早朝の空気は、埃(ほこり)が少なく澄んでいて、肌にほどよい刺戟を与える。その上、人も車も少なく騒音も少ない。まさに爽快感が早朝散歩の身上であり、精神衛生上のプラスの効果はきわめて大きい。
     でも、残念ながらマイナスの要素もあるのである。樹木の多いところでは、日中は光合成が盛んに行われるので、空気中の酸素が増えて、二酸化炭素は減少する。一方、夜間は光合成は行われず呼吸作用のみが行われるので、酸素が減って二酸化炭素が増える。

     したがって、早朝の空気は日中と比べて酸素が少なく二酸化炭素が多くなっている。これにも増して早朝散歩愛好者にとってショッキングなことがある。それは、目覚めてから4時間ぐらいの間は、心臓の栄養血管である冠状動脈が“れん縮”を起こしやすいのである。

     冠状動脈が“れん縮”を起こしても、必ずしも狭心症の発作を起こすとは限らず、全く無症状のことも少なくない。でも、“れん縮”が起これば症状の有る無しにかかわらず、心臓は障害をこうむることになる。これがたびかさなれば、心筋梗塞へと進展することも、あるいは、心不全となって現れることも十分考えられるのだ。中年以降の人にとっては、午後の散歩の方がよさそうに思う。

    (杏林大学教授・内科=石川恭三)(62・6・28 サンケイ)


10. 大量の青汁が効く

    堺 S.H. 

     「青汁を飲んだら」と奨められたのは5年位前であった。
     当時、糖尿病で体重は68kg(身長156cm)糖は下りてなかったが血糖値が高かった。
     青汁を1合から飲み始めた。そして主治医の先生に云われた通り食事療法も徹底的に行った。
     2週間後検査に行くと、「何の療法をしたのですか?血糖値が下っていますよ」と先生が不思議そうに云う。
     それからずっとケールの栽培を始め主人と二人で青汁を飲むようになった。
     幸いに職場の横の空地で野菜を作っていたので、年中ケールも欠かさず栽培できた。
     今年の1月、田舎に住んでいたおじいさんとおばあさんを呼んで同居しはじめた。
     おじいさん(86才)は甘いものが大好きであった。
     何にでも砂糖をたっぷり入れないと機嫌が悪い。
     薬もよく飲んでいた。お医者に行っては薬を貰い、効かないと云って薬局で薬を買う。青汁を飲む量も少ない。おじいさんが身体の不調を訴え入院して45日後に死んだ。
     看病から葬式とバタバタしているうち下腹部が痛んできた。
     7月初め、子宮ガン検診に行くと卵巣がタマゴの大きさになっているとのこと慌てました。とにかく青汁を沢山飲んでみようと一日6合(もとのナッパ1.5kg)毎日欠かさず飲んだ。
     おばあさんが「姉さん、そんなに飲んで大丈夫かい」と心配してくれる。
     9月5日、再度検診に行くと先生が「船坂さんもう大丈夫ですよ」と云ってくれた。
     我ながら青汁の効き目にびっくりしている。遠藤先生が云われるようにとにかく飲んでみることである。飲めば飲む程よいということを肌で感じた。

    (ケール健人会報より)


11. 急性高血圧症 私の体験

     越智 廓明 

     上記便宜上私の使った仮名の症状です。
     此の日不定期ながら3か月振り位行き付けの循環器内科に家内と行った。
     待合室で暫くして家内が脳血栓の前兆一過性の3年前の事思い出していぶかった。
     後で考えるとこのとき不安がこみあげて来て先月末迄の格別せわしかった疲労の蓄積もあって今迄無い185−95の血圧で先生も驚かれた。
     家内は脳血栓発病以来上下共やや低めの方である。
     日赤へ紹介状頂いて脳神経内科へ行く。
     CTも異常無い様で一先ず安心、帰り血圧計を求む。
     一人で楽に計れる最新のであった。最低血圧は129、118と血圧計の不調かとおもった。
     8日倉敷の青汁の会に相談した。3倍位飲用を増した。(ピロサン一日100錠)
     9日朝135−76、13時144−79、10日7時、136−81、10時、128−73、
     1時より畑作作務1時間半熊手鍬を打ち時々そして草削り、3時半127−87、夜10時、130−70、11日朝7時、134−74、いずれもベットにあがりリラックスして計る。
     一人で楽にできるのが便利。近年壮年層の過労による脳卒中、心筋梗塞死の増加の報道を耳にして、動脈硬化の素地に上記過労ストレスが加重すると平素血圧を余り気にせなかった人でも血圧上昇が予期せぬ中にある事間違った見解かも知れませんが忌憚なき御意見を聞かせて下さい。
     この症状を消したのは固形青汁多量飲用でした。降圧剤の服用は従来より一度も無し。私は青汁材料ケール18年間栽培一年も欠してない。


12. 膠原病に著効

    岡山県 A.H. 

    (福嶋さんのご主人=37才、会社員=は、膠原病で2年前から入退院をくりかえしていられたが、青汁の大量飲用で急速に回復された。その間の詳しい手記をいただいたので、大要を紹介したい。)

    (遠藤)

    経過
    昭和51年10月定期健診で高血圧(150〜160/90〜100)を指摘され、要注意といわれたが、これという症状もないので、あまり心配しなかった。
    54年02月ごろからアレルギー性鼻炎。
    58年11月カゼをこじらせ咳がつづく。
    59年02月から喘息として漢方薬服用。ただし効果がないので3ヶ月で中止。
    60年05月胸苦しく、息切れ、動悸。
    10月下肢に紫斑を生じ水泡となる。同時に、右眼球マヒと左下股のシビレを来す。会社病院に入院、ステロイド剤服用開始。
    12月再び紫斑。ついでステロイドの副作用による胃潰瘍。月末退院。
    61年02月ステロイドのおそろしさに、2.5錠を一気に中止し、喘息増悪(心臓喘息)。
    05月にはレイノー症状あらわれ、
    06月岡大内科入院。アレルギー性肉芽腫性血管炎として、ステロイド再開(8錠より漸減)。
    8月14日夜トイレで意識不明発作(脳梗塞)。意識は3〜4日で回復したが、言語障害約一ヶ月つづき、後遺症として右手感覚の異常がいまだに残っている。
    62年02月ステロイド2錠で症状安定し退院、自宅療養。
    3月24日会社復帰二日目、転換様痙攣発作あり入院。検査の結果、心臓はかなり肥大し、いつ心不全が起るか知れない状態、脳の血管もどこが詰ってもおかしくない状態だ、といわれ、
    27日大学へ転院、膠原病。
     つまり、10年来高血圧があり、2年前からは膠原病の諸症状が出没、入退院をくりかえし、治療をうけていたが、目立った効果は見られなかった。
     そして、4月9日から青汁をのみ始めた。一日1本5勺瓶)。
    5月にはいって4本、ついで5本。
    5月17日総会出席後12本にし、
      29日からは毎日17本。

    そのいきさつ
     「3月に入院した時、里の母より、近所の方が自家製の青汁で心臓病を治されたことを聞き、話に聞いた事のある先生の青汁を、失礼ながら半信半疑で飲み始めました。飲みにくく、1本がやっとでしたし、そんなに沢山飲まなければならないとは思っていませんでした。
     ところが、偶然立ち寄った古本屋で、貝原先生の『青汁とともに36年』を発見。
     この本と出会わなければ、一日1本だけで終わっていたでしょう。そして、青汁配達の橋本さんから新聞を頂き、総会に出席しましたお蔭で大量飲用に踏み切ることが出来ました。」


    その後の経過
    痙攣発作 これは61年8月にできた脳のキズがまわりを刺激しておこるものだそうだが、4月12日に10分程度の軽いもの。5月12日かなり激しいものがあったが6月30日5分程度の軽いのを最後に、それいらい全然なし。
    心臓 7月7日の検査では、不整脈はまだ一日数回あるが、心電図は健康人より少し動きが悪い程度。同24日には、諸検査成績(心エコー、24時間ホルダー定期的心電図)すべて好調。不整脈殆んどなくなり、脈50前後(平素60)。自覚的にも、「今までは、いつも心臓の存在を意識し、僅かなことにも動悸がしていたが、この頃は少々のことでは動じなくなり、とても楽になったそうです。私の目から見ても、ずいぶん人が変ったように見えます。」
     「現在服用している薬は、ステロイド3錠(15ミリ)、脳循環2種類、不整脈をおさえる薬2種類、抗けいれん剤2種類、喘息4種類、血圧(降圧剤)2種類、胃薬2種類ですが、喘息、血圧、胃の薬は現在のんでいません。
    血圧 12年間降圧剤をずっとのみ続けていましたが、下がらなかった血圧(相変らず150〜160/100〜110)が、6月中旬から140〜150/100〜110になり、7月に入ってから120〜140/70〜90と、約2ヶ月の青汁服用で、着実に平常値に戻りましたのでお薬はやめました。
    現在の症状 現在(7月下旬)残っている症状は、左手左足末端のシビレと離人症状(自分の体としての一体感がない)。両眼の視野の一部がずれて見える。喘息(朝方痰が少しからむ)というようなことがあります。大量飲用し始めてから、まだ2ヶ月ほどですから、欲を出してはいけないと思います。2ヶ月でここまで回復したのですから、本当に有難い限りです。これからも気を抜かず、先生の教えを守り頑張ります。

     とあったが、9月7日、退院の挨拶にみえた(ご主人自ら車を運転して来られた)時の話では、「今は毎日21本のんでいる。シビレ感がいくらか残っているだけで、あとはすこぶる快調だ」とのことだった。

    福嶋さんご自身の体験
     普段から便秘がちで、気がついたら4、5日なかったなどということはざらでした。それが、入院の主人と共に、最初1本、現在4本飲用するようになってから、一日2回の快便。出産後痔で苦労しており、3人目を出産してからは脱肛から痔瘻に移行、一週間ほどで膿がたまり難儀しておりました。
     それが、青汁を始めて一ヶ月ほど経った頃より膿がたまらなくなり、現在まで、全く痛みを感じることがなくなりました。
     また、歯みがきの際、いつも少しの出血があったのですが、いつの頃からかそれもなくなりました。さらに、小学校6年の頃から近視になり、乱視を伴い、0.01あるかないかという状態だったのが、2週間ほど前メガネが合わない気がしてメガネ店に行ったところ、乱視が治り、視力も0.1まで回復しているとのこと。こんなに早く青汁の効果が着実に現われるなんて驚きと喜びの毎日でございます。

     先生のご本や食養に関する本を読んで、つくづく食生活のまちがいを痛感致しました。
     日頃、肉食に傾いてはいけないと思っていても、ついつい好物の肉、魚を主にした食事になっておりました。
     この第一内科は肝臓病の方が殆んどですが、聞いてみると、やはり肉が大好き、甘いもの大好きの方が多い様です。美食の時代、飽食の時代と言われ、世の中全体がグルメグルメと騒いでいる中での食事療法には、確固たる信念と弛みない努力が必要であると思います。
     と同時に、家族の理解と協力も継続していく上での必要条件だと思います。
     先生のご著書の中に“生命をかけて飲む”というお言葉がございますが、まさにその通りだと、中途半端な気持ちでは継続できないと思います。“食は命なり““食は薬なり”ということに現代の医師は全く無関心。いつまでたっても対症療法の繰り返えし、患者は入退院をくり返えし、最後は、病室で淋しい死を遂げる。
     本当にこの3ヶ月の間に何人見送ったことでしょう。中には青汁を飲み始め、すぐ主治医から取りあげられた方もありました。
     「そんなモノを飲むんだったら、僕はもう責任を持ちませんよ!!」
     と叱られたそうです。これから益々こんな医者がふえ続けるのでしょうか。もっと早く食のまちがいに気がついていればと悔やまれますが、人間勝手なもので、大病をしてみて初めて気づき、改めることが出来るのかも知れません。食欲があるうちに、まだ気力・体力が残っているうちに、先生とまた青汁と出会えたことに感謝する毎日でございます。
    (7・7)


     本当に健康に勝るものはありません。健康でなければ明るい生活は望めないと思います。家族のうちのだれが病んでも家庭の中は暗く、沈んでしまいます。健康をあずかる主婦として責任を感じ、深く反省している次第でございます。
     重病人をかかえる大学病院の宿命でしょうが、ここのところ次々と親しくしていた方が亡くなりました。そのお一人は肝臓ガンでした。一生懸命青汁を飲もうとされていたのですが、すでに末期で食欲がなく、飲み続けることが出来ませんでした。

     付添いの奥さんから“福嶋さんは私達の夢だから、必らず元気になって主人の分まで生きて下さい”と言われました。ここにいて愛する者を失う悲しみ、辛さ、嘆きをいやというほど見せられました。そして現代の医学の無力さ。一ヶ月前まで元気で歩いていた人が、日増しに弱っていき、最後には死を覚悟することも出来ず、無念さと絶望感、孤独と恐怖の中で息をひきとる。

     家族もただ死を待つしか手はない。確かに医学技術は進み、精密機械で体内の細部まで検査が可能になりました。でも、治療法は相変わらず薬に頼るのみですから、薬害はさらに広がるでしょう。
     もっと本当の意味の栄養。西洋から入ってきた栄養学ではなく、日本人の体質に合った日本人の為の栄養学を学ぶべきではないでしょうか。
     大変、生意気なことを書きましたが、最近、切実に感ずるところを述べさせて頂きました。

     幸いにも、我が主治医は理解があり、私達の訴えに耳を傾けて下さり、青汁の大量飲用を許可して頂いてます。この上は迷うことなく、一心にこの道をめざし、先生のお教えを実践して行きたいと思います。
     そして、今後は、家族は元より友人知人にも「食養」の大切さを話し、食のまちがいを少しでも多くの方々に知ってもらいたいと思います。
    (7・24)


13. 難病を克服して

    静岡県 M.N. 

     戦中戦後から胃腸が弱く、胃腸科へ通院しておりました。
     33年3月5日子宮ガンの疑で大手術。
     35年に身体がえらく、慢性肝炎とのことで毎日注射。
     39年30日間入院して精密検査の結果は肝硬変とのことでおどろき、新幹線で上京し治療中、
     41年9月スモン病になり立つこともできなくて2年入院しましたが、なおる見込みなく退院しておりました。
     45年スモンはキノホルムと新聞に出て、薬はもはやビタミン剤しかないとおっしゃったので、薬より食養生をすることにしました。
     かねてブリジストン美術館で拝読した小松先生の「青汁のすすめ」を思出し、47年10月倉敷中央病院の遠藤先生にお目にかかり、ケールを作れないならと大阪センターを教えて頂き、粉を毎日大さじ3杯のみ始め、ひと月で高血圧が正常になり、今日まで助かっております。

     48年5月の総会に出て、難病の方が毎日6合の青汁で7年でよくなったなどのお話をきき、5合から6合7合と量をふやして行き、8年たって効果が出てきました。
     食物の味もわかるようになり、白髪もへり、手術した方がよいといわれたさかさまつげも眼圧も正常になりました。
     心配だった肝機能も今日の検査ではコレステロール130、GPT42、GOT40で肝臓もわるくない、血もきれいとおっしゃって頂き、安心いたしました。
     3年前にアメリカへ、昨年はパリへ杖をたよりに行けました。
     錠剤を毎日300錠のみ、パンと牛乳、卵、チーズ、果物で快適な楽しい旅ができ、グランドキャニオン、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ノートルダム、ベルサイユ宮殿、ルーブル等々、一生のよい思出を頂きお礼のことばもございません。
     どうしてそんなにスタミナがあるのときかれ、皆さまに青汁をおすすめしております。
     ありがとうございました。

    (61・10)


14.質問箱


     生の青汁と乾燥製品とは効力にどれくらいのちがいがありますか?


     ときかれると返答に困るほどむつかしい問題で、つまり、そうハッキリしたちがいはなく、要は飲む分量しだい、というわけです。


コラム紹介

    くすしてふ名さへはづかし今はただ
    人の病の無き世ともがな

    吉益東洞




      過飲すれば、
        腸を腐らし、
        胃を爛らし、
        髄を潰え、
        筋を蒸し、
        神を傷け、
        寿を損ず。
    扁鵲



    死は一回より来らず、
    しかも人をして生の凡ての瞬間に之を懸念せしむ
    (古諺)




    昔誰れも食はない顔で内々食べたさうだ。
    和泉式部も御多聞に洩れず、
    内々で食べた所を運悪くある人に見つけられた。
    困ったけれども流石に、和泉式部
    日本にはやらせ給ふいわし水
    まいらぬ人はあらじとぞ思ふ
    とやったといふ伝説がある。
    矢部善三 年中事物考







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