<1972年4月15日発行 第188号> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
目次 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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1. 肉食 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
医学博士 遠藤 仁郎
緑葉食・青汁だとか、イモ・マメ・ナッパなどというものだから、「肉は絶対にたべてはいけないか」という質問をよくうける。なるほど、私どもは、ナッパを食べることを強調しているが、それは、何を食べるにしても、ナッパ(すべての栄養素のそろった唯一の完全食品)が添えられねば、完全食にはなり得ないからだ。そして、肉を食ってはならぬとは、一度も言ったことも、書いたことも無い。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2. アケビ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
山地に自生する蔓性の木本で、秋、長腎臓形の実が出来、たてに裂けて肉をあらわす。そこで開肉(あけび)。
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3. 青汁教室の食養断想(6) ガンの予防について 再発・転移の防止例 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前回参照 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
友成 左近
老年期の近づいていた人のことである。 中年の人のことである。 乳ガンと診断されたが、手術がこわいといって容易に決心しない。それではとにかくと、すすめられて、毎日青汁を3合4合と飲み、その他の食物もよほど改めて、しばらく様子をみた。 2ヶ年ほどたって、名医にすすめられて手術を決心した。ところがガンは、ごく初期の状態のままであった。これはすなわち、青汁を取り入れた食養で、進行がくいとめられていたわけである。 それから数年、ほぼ同様の食養をしていた間は、別に再発・転移の様子はなかった。が、転居しなければならない事情が起こり、そこでは安全な青汁材料が手に入らなかったので、つい青汁をやめてしまった。すると1ヶ年ほどたって、他にガンができ、しかもそれが、まえの乳ガンのときとはちがって、急速に悪化してきた。 中年の人のことである。 直腸ガンと診断されて、さっそく手術をうけた。初期でもあり、場所もよかったので、その局部だけを切りとって腸をフン合し、人工肛門はつけずにすんだ。そして、必要なだけの放射線治療もうけた。 が、月日のたつにつれて、度々ひどい腹痛が起こり、便秘もするようになったので、再発したのではないかと検診をうけた。別に再発の様子はないが、フン合部が狭くなっているので、そこを再手術しては、ということである。 けれども、ガンの再発でなければ、なんとか手術をしなくてすませる工夫はないかと、すすめられるままに、とにかく青汁を毎日4合5合と飲み、その他の食物も主として芋と大豆にしてみた。すると、だんだん便通がよくなり、腹痛も軽くなり、毎日の仕事に不自由がなくなった。 が、念のため、手術後3年ほどたって検診をうけたところ、再発・転移の様子はなく、狭くなっていたフン合部も、弾力性がついて、便がうまく通過するようになっていた。 こうした事例をあれこれとあげていくと、それは、はたして本当なのか、誤診であったのではないか、偶然のめぐりあわせではないか、と思う人があろう。あるいはそうかも知れない。 だが、こうした事例は少なくないのだ。であれば、もしガンにかかった場合は、ためらわずに必要な治療をうけると共に、決して忘れず怠らず、みずからこうした食養につとめて、再発・転移を防止し、さらに、よりいっそうの健康をはかることが大切なのではあるまいか。 そうつとめて、別に決して治療の効果や健康の向上を妨げるわけではないのだ。これは、ただガンに限ったことではなく、およそ治療が困難な病気、いな、すべての病気に共通したことである。 だが、それには、誤解している食養知識や、もっぱら営利のみを目的としている企業の巧みな宣伝にふりまわされることなく、医師について人間本来の法則に忠実に従った、本当に正しい食養の知恵を学ばなければならない。と共に、習慣通り、好みのままに食べたいという、わがままな、執念深い自分に、みずからうちかたねばならない。 そうして初めて、ガンをはじめ、およそ治療が困難な病気も、治るものなら必ず治って、あらためて健康を喜ぶことができ、また毎日の食物が、このうえなく、ありがたく、おいしくなるのだ。 (おわり)
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4. 脊柱の矯正 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
医学博士 遠藤 仁郎
オステオパシイ、カイロプラクチク、スポンジロセラピー、ナチュロパシイ、ラジカルテクニク、などいろいろの流派がある。これらの流派に共通したところは、すべての病気の源が脊柱の異常にあり、これを矯正することで治すことができる、というにある。
確かに、何か外傷によって、急に生じた亜脱臼のばあいには、この矯正手技によって、まさに、奇績的ともいうべき効果をしめす。しかし、あらゆる病気が、あるいは多くの病気が、はたして、こういう脊柱の変化だけで生ずるとか、また、多くの病気で脊柱に変化を生ずるということ。 つまり、脊柱の異常に、そうした病因的の意義があるかどうか。そしてまた、そうした矯正手技だけで、多くの病気を治すことができるかどうか。すこぶる疑なき能わず、ではある。 もっとも、その症候、また、矯正手技の点からも明かであるように いわれているところの変化には、脊椎骨の転位そのものも、もちろん、あろうが、多くは、むしろ、骨膜や筋・靱帯の興奮異常であり、治療法そのものも、この興奮異常の緩和にあるように感じられる。灸や温罨法によっても同一の効果をあげるといわれている点など、殊に、それを暗示するもののようだ。 さて、そうした筋・靱帯の収縮、つまり「コリ」をもみやわらげたり、灸や温罨法でときほごす処置は、いずれも無難なものだから、どんな場合に応用しても差支あるまいが、強い衝撃をあたえて脱臼を整復する、本来の矯正手技となると、よほど適応に慎重でなければならない。適応をあやまると、とんでもない事故のもとになりかねないからだ。現に、脊椎カリエスによる脊椎の変形を亜脱臼とまちがえて施術し、脆くなった骨をつぶしてしまい、下半身の麻痺をおこした、などという事例もある。むやみに素人治療をやってはならない。 なお、無難なだけでなく、脊椎骨の病変の予防にも役立うというものは脊柱の運動だろう。頚や躯幹の、あらゆる方向への運動――前後への屈伸、左右へ傾けたり、回転する。また、それらを組み合わせた回旋運動など。健康な動物や子供の脊柱は、まことにしなやかだ。しかし、われわれの日常生活では、脊柱はとかく運動不足に陥りがちで、それを取り巻く筋や靱帯はかたくなり気味だ。 また、相当の年配になると脊椎骨の病気も少なくない。年のせいもあろうが、日常生活における悪い習慣、姿勢の不自然なことや、脊柱の運動の不足のためでもあろう。アクロバットとは行かなくとも、バレーや体操選手のしなやかさをみてもわかるように、要は練習だ。 脊柱の運動を励行することで、内臓病変に良効が期待できるかどうかはともかくとしても、脊柱の病変の予防、あるいは早期発見には、少なくとも役立つだろう。 この脊柱の矯正法は、すでに3000年もまえ、エジプトでも行われ、ギリシア時代にも盛んだった。 インジアン、ゲルマン、ボヘミア、スカンジナビアにもあり、また、武道の脊療法、背活方、灸法のいわゆる「毒背につく」ということなどともにその規を一にするものと思われる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
5. 肉食の歴史 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
わが国、上代には肉食はさかんだった。
う飼の行われていたこと、などでも明かだ。 牛馬については、倭人伝に、
農耕用には飼育されていたらしいし、昔、大国主神田を営むの日、牛を以て田人に食わしむ(古語拾遺)、弟猾大(おとうかし)いに牛酒を設け、以って皇師を労饗す(日本書記 神武天皇記)とあるから、時には、牛も食ったとみえる。 また、豚も食った。猪飼部(いかいべ)があって飼養された。 猪飼野などの地名があるのはその名残。 鶏も飼われ(鳥養部(とりかいべ))卵を食べたらしい。 牛乳、乳製品、奈良朝時代からもちいられ、主に薬用に供せられた(乳戸)。 内臓、介類はもとより、蟹の(ひしほ)、鹿の肝のなます、鹿の蒭のみしほ(肉醤)を食べた。 万葉16乞食の詠(うた)二首のはじめの一首は鹿を詠ったもので、
・・・とある。 みしほのしほは(ししひしほ)、肉醤とも書く。今の塩辛。 みぎは味気、後に爾気といふ。鹿が蒭をかみ出し、また、かむの義(趣味の飲食物史料)で、胃袋の中で半ば消化された内容のこと。それを食ったわけだ。 仏教渡来後、たびたび禁令が出た。天武帝4年、牛馬犬猿鶏の肉を食うことを禁じ、聖武帝天平13年、牛馬の屠殺を禁ずるなど。平安時代には、牛馬の肉は、一般には食べなかったらしい(池田、平安朝の生活と文学)。 鎌倉時代には闇市が出たというし、戦国時代にはさかんに食った。 梅井氏の「時代と風俗」によれば、
というから、一般庶民はあまり食べなかったのであろう。 ザビエルが来朝したのは室町末期だが、当時の日本人は家畜は食べていない。 鶏は、雄雌一番(つがい)しか飼ってはならなかったし、これを食うこともポルトガル人から習った(ハース、日本に於けるキリスト者の歴史)。 魚も時折食べるという程度だった。 江戸時代には、寛政3年の「食穢」にみるように、羊、狼、狸、雉は5日、豚、犬、鹿、猪は70日、牛馬は150日の身の穢れ、とされたほど獣肉を忌んだ。その肉を食ったものは、神詣りや貴人のまえに近づくことは許されず、家では、器や火も別にするほどで、僅かに「薬喰(くすりくい)」と称して薬用に食するだけだった。 このように、肉食が汚穢視される思想が一般化してからも、魚や鳥は食べ、兎も公然賞味された(兎は鳥のうちに数えられたわけで、今でも、兎を一羽二羽というのはその名残)。 牛肉がまた食べ出されたのは元禄のころ、江戸彦根で屠肉を味噌漬とし、江戸藩邸で公然売下げ、対馬邸でも同じく牛肉を売り出して以来のこと。大石から堀部弥兵衛に出した書翰に、可然方(しかるべき)より肉を到来にまかせて進上致し候。 彦根の彦黄牛の味噌漬、養老品故其(ゆえそこ)許には重宝かと存じ候。 伜主税(ちから)などにまゐらせ候と、かへってあしかるべし。 大笑々々。天保以来、肉食の風ようやくさかんとなり、西洋文明の輸入とともに一般化し、終戦後さらにその度を加え、今日にいたった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6. 蟹醤(かにひしほ) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
万葉に、
とある。 (大意 楡の皮を切り、干して臼に搗き、その中に我(蟹)を搗きまぜ、難波江のよき塩を入れて肉醤となし、土焼のかめに入れ給え。猶、吾が妻子らも同じく肉醤となし給え、と奏聞あれ、奏聞あれ。) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7. 踏み療治 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
毎年、夏になると、母は足がだるくて、ほてる、といって、うつ伏せになり、子供たちに、足の裏を踏ませていた。
恒(つね)に、須(すべから)く、 日別一度、人をして、 背および四肢、頚、項(うなじ)を踏ましむ。」 とあるのが、それだろう。 つまり、事あるなしにかかわらず、1日1回、背中や手足、頚などを踏ませろ。 というのだ。足力(そくりき)といって、手と足とともに使う按摩もあるそうだが、大の男の強い足で踏まれては、とても、たまるまいから、おそらくは、子供や女の子に踏ませたのだろう。 プルターク英雄伝には、(あしのおやゆび)に病気を治す霊力のある王が、ギリシアにあったと記されているが、そういう人に踏んでもらえば、なおききめがあろう。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8. レジャー農園 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
これからはレジャーの時代。もて余す余暇がしだいに多くなる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
9. カロチンイモ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
医学博士 遠藤 仁郎
健康になり、それを維持するには、すべての食品が安全であり、すべての栄養素がうまく釣り合っていなければならぬ。そのためには、主食の米は、イモやマメに、蛋白食の肉類は、小魚や大豆にかえ、十分の良質ナッパをそえること。すなわち、イモ・マメ・ナッパといった食が適当であることは、私どもの、かねて強調しているところだ。
と話していられたが、もっとこれが利用されるならば、おそらく日本人の体質は、ずっとよくなるにちがいあるまい。 ところが、残念なことになかなか手に入らない。渡辺忠夫氏(日南市サボテン公園技師長)によると、今までにわが国に導入されたり、育種されたカロチンイモは、次のように多数にのぼっている。 アイノコ、赤元気、米国赤、中支七号、隼人藷、飯郷、石川実生、カロチン源氏、カロチン沖縄一〇〇号、膠県紅、麻機、人参、大屋山、ポルトリコ、山陰一号、センテニアル、ゴールトラッシュ、リニア、台農五七号、九州一二号、九州二七号、九州二八号、九州四六号、関東三五号、関東七八号、農林六号、紫野三号。 しかし、当局の目標が、澱粉生産用の白肉甘藷の育成にあったので、カロチンイモの方は、いつしか忘れられてしまい、今では、指宿(いぶすき)付近に僅かに栽培されているのにとどまり(先年泊った指宿のホテルでお茶うけにカロチンイモが出たし、長崎鼻の焼芋もカロチンイモだった)、一般には、殆んど見当らなくなってしまった。 いや、それどころか、農政関係方面では、南九州農業の、甘藷からの脱却さえも考えられているほどだ、という。甘藷が、農家の貧困の原因ないし象徴のように考えられ、折角の栄養食品が抹殺されようとしているのは、まことに惜しいことといわねばなるまい。 一昨年渡台された長崎県の島田昇氏によれば、台湾では国策としてカロチンイモの増産に力を入れているということだが、わが国の現状と思いあわせ台湾当局の見識にたいし、心からの敬意を表したい。 私は一昨年上記渡辺氏から紫野三号(鹿児島県紫野に育種場があった当時の交配撰別種で、大正か昭和初期頃の育成種の由)の苗、昨年は渡辺氏の紹介で、中国農試や熊本農試からセンチニアルその他の種芋をいただき、試作してみた。 収穫量に大差はないし、味も、やや大味の感がなくもないが、結構おいしい。 渡辺氏は、カロチンイモ衰微をなげかれて、指宿農試(現在わが国唯一の甘藷育種場。温泉熱を利用して周年栽培し、開花交配による新品種の育成をやっている)に、より美味で、より栄養にとんだ品種の育成を依頼されているそうだ。 なんとか、これが日本国中に、あるいは、せめて青汁仲間だけにでも普及することを念じてやまない。
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10. 青汁教室の食養断想(1)健全な子どもを生むには | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
友成 左近
異常児の出生増加は人間尊貴上極めて重大 ところで、異常出産や異常児の出生、わけてもこれが最近だんだん増加していることには、それ相応の原因があるわけであり、原因によっては予防できるはずである。 だがこれは、なにぶんとも神秘な生命にかかわることであり、また科学的な調査研究には種々困難な問題を伴なうため、まだなにほども究明されていないのが実状である。 だからといって、根も葉もない言い伝えや迷信に盲従して、いたずらに取り越し苦労をしたり、また、どうにもならないことと、なりゆきにまかせていては、ことは打開されない。 不十分ながらも科学的に、そのおそれがあるといわれていることでも手がかりにして、人類が長い間つみ重ねている知恵に学んで、そこは賢明に推察して予防に最善をつくすことが肝要である。 と共に、もし異常児が生まれた場合には、できるだけ早期に発見して、その治療と福祉に最善をつくさねばならず、それには広く社会的政治的に行き届いた配慮が必要である。 ところが実状、異常児の問題心理については、個人的にも社会的・政治的にも、その出生予防よりも治療や福祉の方にウェイトがおかれているきらいがある。 だがこれは、同時に同等に、最善をつくして対処しなければならないことがらであり、筋道としては、まずもって予防に、そしてそのうえで治療や福祉に、というのでなければならぬ。 遺伝による異常児は近親結婚をさけて 人間しょせん生きものである以上、どんな子どもが生まれるか、ということは一面、生物学的な遺伝の法則に支配されている。 子どもとして生まれる新しい生命は、母親になる女性の卵子が、父親になる男性の精子を受精したときに始まる。 そして、この卵子も精子も、それそれ一個の細胞ではあるが、その内部にある染色体は、ふつうの細胞の半数、23個であり、この染色体が、それそれ数万個といわれる遺伝子を内包しているのであって、この卵子と精子それそれの遺伝子によって、どんな遺伝的素質をもった子どもが生まれるかが決定するのだ。 そこで先天的異常児が生まれるのは、まず第一に、この卵子か精子あるいは双方の遺伝子に祖先から代々うけついでいる異常がある場合であって、ふつう遺伝による先天的異常というのは、こういう場合である。 だが、今日の人類が生まれるまでの遠い昔の進化の歴史はさておき、人類の長い歴史の間に、生活環境にうまく適応できないような異常児は適者生存の法則のもとに、多くの場合、流・死産し、たとえ生まれても自然に淘汰されて、今日では、異常児を生むような遺伝的素質をもった成人は極めて少なくなっている。 とはいってもまだ、血友病や色盲その他の遺伝病をもっている人や、手足その他心身に遺伝のよる奇形・異常をもっている人が、全くなくなっているわけではない。 また、顕在的には別に異常はないが、生まれてくる子どもに出てくるような異常を潜在的にもっている人も、同様である。 そこで肝要なことは、近親結婚をさけることだ。近親者は、良し悪しにつけ、ほぼ同じような遺伝的素質をもっているので、双方の悪い方の遺伝子が重なって、異常児が生まれるおそれがあるからだ。 であれば、自分自身に、あるいは近親者に、なんらかの遺伝的な異常がある場合は、容易にたどることのできる範囲の近親者とは結婚しないのが賢明である。 異常児の出生には生活環境による場合が多い 流、死産した胎児や、異常出産であれ正常出産であれ、生まれた子どもに、奇形その他の異常があるからといって、それがすべて、祖先からうけついだ、いわば不可抗的な遺伝的素質によるわけではない。 そうした遺伝だけによるものと推定されるのは、流・死産児も含めて、せいぜい10−30%であり、その他は、多少とも遺伝的素質があるところに、それを助長するような生活環境が作用した場合や、もっぱらそうした生活環境の作用による場合である。 ところで、この生活環境は、動物のように自然そのままのものではなく、いろいろな意味や程度で人手を加えた文明的自然である。そしてこの文明は、もともと適応していきやすいようにと人手を加えたものではあるが、人手といい人知といい必ずしも常に十全なものではない。 ために、ときに結果的には、思わぬ副作用を伴なって、かえって適応していきにくい生活環境をつくりだしてしまうことがある。 とくに最近は、科学=技術と、それによる産業=経済の急速な発展によって、この副産物もまた急速に増大している。 人類は本性、その長い進化の歴史を経て、すべての動物のうちで、生活環境の変化に最もうまく適応していける生活的な素質を備えている。 だが、最近の生活環境の変化・悪化は、この適応能力をはるかに上まわっている。 このため最近、かつては極めて少なかった病気や、思いも及ばなかった病気が急速に増加・発生すると共に、遺伝とは考えられない異常児の流・死産や出生もまた増加しているのだ。 そうとしか考えられないのであり、科学的にもだんだん究明されているのであって、そこから異常児の出生予防に手がかりがえられる。 (つづく。この断想つづきは、遠藤先生が青汁教室であれこれと強調されていることを主題にそって整理したもの) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
次回参照 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
11. BHCの発癌性 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
BHCで野菜・食肉・牛乳・母乳などが汚染されていることは周知の通りだが、10月6日の第30回日本癌学会総会で発表された、奈良医大グループの研究によると、ラットに660PPMのBHCを24週間投与して全例に肝癌の発生をみたという。 (日本医事新報46・11・27号 学会見聞記より)
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12. 公害時代もこうやって行けば | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
友成 左近
むかしから健康長寿の要訣として、「頭寒、足熱、腹八分」とおしえられているが、私ども青汁仲間では、「いつもにこにこ、セッセと動き、イモ・マメ・ナッパで息災長寿」といいかえている。
この安全良質ナッパをもりもり食べ、青汁にして飲み
イモ・マメを主体とした完全食をとり、
自然のおきてにすなおに従って行くならば、公害いっぱいのこの時代にも、かならずや、いつも笑顔で元気にはたらけるだろうし、そうしていれば、あるいは人並以上の長が生きができるのではなかろうか、というのが私ども青汁仲間のひそやかな願望であり、時流にさからうささやかな抵抗でもあるというわけ。 (遠藤)
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13. 新会員となるの記 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
山形市 M.S.
心筋梗塞で入院して5ヶ月目になる。
「其の方が有難い病中だけでも、せめて、世と隔絶して、孤独を楽しみつつ、自己反省をしたいものだよ。ところであなたは、何をしているの?」 「朝はかけ足。年はもう70才になったから、老後の社会奉仕に青汁の会の山形支部長をやっているよ。青汁の事を知っているかい?」 「噂には聞いている。僕は健康管理事務を廿年間やったから、理論上青汁の効能は充分にうなづける。キャベツの化物の様なものを栽培してあるのを見た事もあるよ。然し、青汁ってとても飲みにくいんだってね。」 「ソリャ、青汁は青臭いにきまっているが、その強弱は植物の種類や、配合法にあるよ。」 K氏が置いて行った「健康と青汁」紙を読んでいたら、別に勧誘されたわけではないが、入会したくなった。 飲み悪いもの、継続の根気を必要とするものは、会員組織によりでもして励ましあわねばならぬと思ったからだ。 K氏と私の会話を聞いていた胃潰瘍の患者も入会したいと言う。「健康と青汁」紙は、狂信的な叙述がなく、植物の種類に拘泥せず、著書等の内容が無駄なく、そして極めて安価で、すべてが奉仕精神に溢れていて快いという。 山形の今の季節は、青汁原料にするものが未だ成長していないから、乾燥粉末を注文すべく電話していたら、聞いていた他の病友が更に新たに入会を希望して来た。 ここは病院内だから、勧誘してよいものならば、若者より年輩者が、初めての者よりかねて噂を知っている者が、そしてインテリ程容易に、遠藤青汁の会に魅せられる様な気がする。 元気になった患者グループの、婆さん連が巷の青汁の話をしていた。 話ぶりから推察するに、「健康と青汁」紙を容易に理解し得ぬ人々には、よい指導者がないと継続飲用が難かしいかも知れない。 K氏に貰い、家内に蒔かせたケールの種子の芽生えと、成長が楽しみである。 (46・5・2)
退院して帰宅したら、K支部長から頂いたケールの種子はもう発芽していた。成長が待ち遠しい。 山の麓にある家の周囲・・・ ・・・畑と雖も数年来農薬は使っていない・・・ ・・・は若緑の野草で満ち満ちている。ギシギシ・スカンポ(共にほうれん草同様、蓚酸を含んでいてあまりよくはないのでしょうね。お伺いします)・スギナ・オオバコ・ノカンゾウ・ヨモギ・クマザサの新芽・・・・・・等、牛馬兎の食べるものなら手当り次第に摘み、重さをはかり、ミキサーにかけて試飲した。 飲み悪い事、乾燥粉末の比ではない。が、粉末と生汁を交互に飲みつつ、徐々に生汁に移行方を練習しようと思う。 まさに難苦行だが、又、楽しみでもある。 (5月16日)
(ギシギシ、スカンポは感心しません。但し少量を混ぜるのは差支ありません。) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
14. 回虫もわかぬ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
直方市 R.M.
青汁は3〜4ヶ年続けておりますが、とても効果が出はじめました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
15. 持病の神経痛 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
愛知県 T.U.
冬中、細々と続けてまいりました青汁のおかげで、今年の陽気の変りめにも、持病の神経痛も出ず、よろこんでおります。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
16. 慢性的頭痛もち | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
北九州市 S.S.
目下育成中のケールの葉が採取出来るまでの代用として、キャベツの外葉を、毎日2合程飲用していますが、体調が非常によいことが感ぜられます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
17. 動脉硬化 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脳卒中や心筋梗塞の原因になる動脉硬化を防ぐには、まず、やせること。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
18. よろこびの毎日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
茨城県 S.T.
住み慣れない北国に移り住みましてから、すでに半年を過しました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
19. 湿疹 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
小児の湿疹の食べものについては、明かに悪化さすようなものがあるかどうかに注意し、もしあれば、それを避けるということ以外には、これといって特に制限したり、禁止する必要はない、というのが一般的の見解のようだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
20. 質問箱 ムシ歯と青汁 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
滋賀県 O.
問 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コラム紹介 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
長生きするには、 ストラッツ
老人の病気なる人なれば、 養生の為に、少し酒を飲み、 又は肉の類を、折々用ひてもくるしからず。 (町人嚢)
動物蛋白は人間にとって必須ではないにもかかわらず、 人類の大多数は肉にたいして天性ともいうべき食欲をもっている。 (Sapeika)
事柄にしても、病気にしても、 時によっては、薬でかえって悪化するのがある。 どんな時に薬を用いたら危険であるか、 それを知ることこそ、 腕利きの腕利きたる所以である ラ・ロシュフコオ
人生の言葉 体験を積むほど自分の歩みに自信が持てる。 (旅愁)
療治は病に臨みての事にして 平生は養生の道忘るべからず 三津梅園 養生訓
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