健康と青汁タイトル小 <1969年4月15日発行 第152号>
 目次



1. スモン(SMON)

     医学博士 遠藤 仁郎 

     近頃よくいわれるものにスモン(SMON)という病気があります。
     10年ほど前からやかましくなったもので、以前にはなかったし、外国にもない、わが国独特の病気だそうです。SMONというのは、

    ubacute(亜急性)
    yelo(脊髄)
    ptico(視神経)
    europathy(神経障害)。
     つまり、脊髄や視神経のやられる亜急性の病気という意味の言葉の頭文字をとったもの。ふつう、初めに、腹痛、下痢、便秘などの腸症状があり、ついで、数日〜数月(多くは1〜2週ないし1〜3ヶ月)後に、足先からはじまる神経症状――運動や知覚の障害、シビレ感など――が現われ、しだいに上行、一週間くらいで臍の高さまでに達します。
     その後、ながい間にわたり、軽快・増悪をくりかえし、運動障害は比較的はやくよくなるが、知覚の異常ことに不快なシビレ感は、いつまでも頑固につづき、なかなか完全には治りません。
     重いものでは、視神経もおかされ、視力がおとろえ、目がかすみ、ついには全盲になったり、死ぬこともあります。病原はわからず、家族のうちや、病院で、多数かかることもあるので、ビールスが原因だろうといわれていますが、まだ、その正体ははっきりしていません。

     したがって、治療法としても、多くの神経疾患にやられているように、過労をさけ、ビタミンを補給したり、副腎や脳下垂体のホルモンなどが試みられている程度で、適確なものは、まだわかっていませんし、完全になおることはない、といわれています。
     また、予防法にしても、病原ビールスがつかめれば、ワクチンも出来ようというものですが、今のところ、全くお手あげといった、まことに厄介な病気です。

     さて、この病気のもとがどんなビールスであろうと、また、今までに知られているものであろうと、最近現われたものであろうと、ともかく、こうした病気は、すべて、つまりは病原体と生体の抵抗力とのバランスによります。すなわち、たとえビールスの毒力が強いものであっても、生体の、そして神経系の抵抗力が、それをはねかえすことが出来るに十分であれば、やられるものではないですし、抵抗力が弱いもの、衰えているものでは、毒力はそう強くなくても、やられやすい道理。ところで、生体の、そして神経系の抵抗力を強くするのは、何はともあれ、それを養っている血液状態が正常であること、したがって、まず正しい栄養、完全な栄養が根本だ、というわけです。

     しかし、今日の日常食はあまりにも不完全。白米飯はいくぶん減ったようですが、主食の量は依然多いし、肉(獣鳥魚介)類、卵類の消費は著しく増し、砂糖や酒も多く、脂肪もうんとふえています。けれども、野菜、ことに良質ナッパ(ビタミン類がそろって多く吸収しやすいカルシウムにも富んでいる)の摂り方はいよいよ乏しくなって来ています。ために、熱量や蛋白質ばかりが多く、それらが体内で完全に処理されるために無くてはならぬビタミンやミネラルは甚しく不足している、という不完全きわまる食べ方になっています。
     そのためだけでも、代謝が不完全となり、いわゆる「血の濁り」をおこすことによって、生体の、そして組織の抵抗力を弱めることになるわけです。しかし今日では、なおその上に、種々の毒物の影響もまぬかれることが出来ません。危険な農薬がひどく乱用されています。食品の貯蔵や加工にあたって、あらゆる薬剤が用いられ(添加、混入)、色素や人工調味料が用いられていますが、その中には有害なものが少くありません。水も汚染されていますし(工場・鉱山廃液、農薬、洗剤)、空気も汚染されています。
     医薬品も乱用されています。もっとも、これら食品中や水・空気中の有害物の量は、その各々についてみれば、あるいは、とるに足らぬ微量にすぎないでしょう。しかし、あらゆるものが汚染されている今日では、日々とり入れる総量は馬鹿にならぬものになるかも知れません。

     また、それら相互の間の作用(相乗作用)によって毒力が強められることがないともいえません。おそらく、これ以外にもいろいろの悪条件はあるでしょうが、ともかく、化学薬品に依存することの甚しい今日の日常生活では、これらの複雑なからみ合いによって、生体の、そしてその組織の抵抗力が弱められることにもなるでしょう。
     こうして、ビールスの侵襲によって障害されやすくなっているのではないでしょうか。日常生活の不自然化、ことに食の乱れの甚しくなった最近になって、こうした病気があらわれたことは、その間の因果関係を思わせるものではないでしょうか。
     もちろん、これだけが、この病気の原因だというだけの勇気はありませんが、少くとも、これらの事がらが本病と全く無関係だとは断じていえないだろうと思います。そこで、この病気の治療にも予防にも、ともかく、まず日常生活の建て直し、自然化、とくに食の合理化、完全化――危険な農薬や添加物の心配のない安全商品だけによる、緑葉食・青汁を中心とした完全栄養をとることが大切だ、と考えます。

     別項(3ページ所載)の上津氏は、熱心にこれを実行された一人です。



2. 食養生についての断想(20)―主としてダシについて
前回参照

     この頃よく「おふくろの味」ということばをきく。
     主として中年以上の人が、子供のころ母の作ってくれた料理の味をなつかしんでいることばである。さて、このころ育っている子供は、中年以上になったとき、はたしてどういうふうに、おふくろの味をなつかしむであろうか。

     旅をたのしむ人々に、この頃よく、どこへ行っても似たような料理が出るし、それがまた似たような味であると、なんとも淋しがる人が少なくない。
     それは、食料の促成・抑制栽培や、貯蔵・加工や輸送・流通の著しい発達に伴なって、どこでも、いつでも同じ食料が手に入るからであり、また、地方特有の食料が軽視されてきたからであり、さらに、調味料とりわけ化学調味料の普及によって、調理とりわけ調味の仕方がどことも平均化してきたからであろう。

     料理とりわけ煮物・汁物の味わいは、材料の種類や質やその取り合わせ方と共に、調理の仕方とりわけ調味料の使い方できまることは、いうまでもないが、この調味料のうち、目にはよく見えないダシの使い方に深い関係がある。おふくろの味には、このダシの使い方に独特の知恵があり、料理の名人には、これに秘法があるようだ。

     これまでわが国では、ダシといえば主として、だしいりこ・こんぶ・かつおぶし・とりのガラ・さかなのアラなどが使われ、料理によって、うまく取り合わせ、使いわけていた。ところがこの頃は、こうした原材料からダシをとることがだんだんすたれて、化学調味料の使用に傾いてきたようである。それは、ひとつには調理に手数を省くためであろうが、ために料理に、豊な深い、そしてまろやかな個性のある味わいが少なくなり、また栄養上からも著しく劣ってくることを、決して忘れてはならない。

     これまで使われてきたダシの原材料には、この頃ふつうに食べている食物に少ない、各種のミネラルとビタミンと、良質の蛋白質が多量に含まれており、これは、完全栄養をはかるために必要不可欠なものだ。
     戦時中、外地のある捕虜収容所で、日本人はとりの肉を食べ、捕虜は骨でスープを作って食べていたところ、日本人より捕虜の方が栄養状態がよくなった、という話があるほどだ。この頃は、いろいろな化学調味料が発売されているが、かつては「味の素」ただひとつであった。これは、こんぶの味ともいわれ、小麦・大豆・糖蜜などを醗酵させ分解して取り出したグルタミン酸ナトリウムであり、日本人が発明し日本人が企業化して成功した代表的な商品である。
     この頃、「旭味」「日東味の精」その他の商品名で発売されているものも、このグルタミン酸ナトリウムである。また「ハイミー」「ミタス」その他の商品名で発売されているものも、これを主成分とし、さらに、かつおぶしの味とよぶイノシン酸ナトリウムや、とりガラの味とよぶクエン酸ナトリウムや、しいたけの味とよぶグアニル酸ナトリウムその他を、いろいろ配合したものである。
     「味の素」といえば、かつては極めて高価品であり、そう広くは使われていなかったが、この頃の化学調味料はすべて、別にそう高価品ではなく、どことも広く使われている。それは、化学技術の急速な発達によって、かつてのように小麦・大豆その他の、供給に限りがある植物性物質ではなく、石油精製の途中に出る、安価でいくらでも安定して供給される副産物を原料として製造するようになったからだ。

     けれども、こうして製造したものも、化学的に構造が同じであるから、調味にも変わりはなく、また有害でもないそうである。だが、はたしてそうであるか、また、製造工程で使った有害物が残存しているようなことは起こらないか、何十年かたってみなければ、今のところ、なんともいえないことだけは、一応アタマに入れておく必要はあろう。
     この頃はさらに、化学調味料やダシの原材料を使って作ったという「ダシのもと」といった、宣伝ではまことに重宝なインスタント調味料も発売されている。
     だが、はたして本当にうまい味つけができるのか、もっと重大なことに、変質防止・味・色・香その他に、どんな危険な添加物がはいっているか、とくと吟味して使用の可否をきめる必要がある。この頃よく、台所で、また食卓でヤタラと化学調味料を使っている人を見かける。だが、はたしてそれだけ味がよくなっているのであろうか。多くの場合、ただそう思って習慣的になっているためであり、事実、化学調味料は、一定量の使用で調味効果の限度に達し、それ以上は、いくら使ってもムダなのだ。また、別に使わなくても、たいして味わいに変わりのないことも少なくないのだ。
     それは、いうまでもなく、化学調味料は、もともと食物がしぜんに備えている数限りない味のもとのうち、ほんのごく一部を科学的に製造したものであり、本当の味わいは、数限りない味のもとが相互に作用し合って生じるものであり、ただ一種か数種の化学調味料を加えても、そうはうまくいくものではないからだ。
     いったい、調味とりわけダシの使い方は、食物がしぜん備えている味わいを引き立てることが本筋であり、その上、栄養によりいっそうの完全をはかることが望ましく、決して有害化してはならない、ということはいうまでもない。
     であれば、いたずらに化学調味料にたよることなく、古来の知恵にならって、少々手数はかかっても、ダシの原材料をあれこれと、それもよく吟味して、正しく上手に使うことが賢明である。そして、その味わいが本当に分かる健康なからだと、しゃんとしたマトモな味覚を養うことが肝要である。
     と共に、本当によい味を備えている食料をえらぶことも決して忘れてはならない。だが、この頃の食料には、栽培・飼育その他に手数を省いて、いたずらに増産をはかるためか、昔ながらの味わいを備えているものが少なくなっているようで、これはなんとも残念である。


次回参照

3. 木の芽立ち

     医学博士 遠藤 仁郎 

     木の芽立ちということがよくいわれる。3月〜4月、木の芽の出はじめる頃から、新緑の5月ごろにかけて、妙にからだの調子がよくなかったり、病気が出たり、悪くなったりする。(胃・十二指腸潰瘍・ゼンソクなど)以前、結核の多かった頃には、肋膜が出たり、喀血したり、かかったら最後助からぬと恐れられた脳膜炎などがよく出たのも、この時節だった。
     暗い、寒い、ながい冬が終って、明るい希望の春がよみがえり、野も山もみな緑。
     ほんとうに生きているよろこびが胸一杯に感じられる時だのに、なぜ、こういうことがおこるのだろうか。おそらく、それは、冬から春へのうつりかわりの時におこる気象の変化によるものだろう。
     真冬には、大陸の強い高気圧が張り出し、寒くはあるが、気象条件は比較的安定し、晴天がつづく。春さきになると、この大陸の高気圧の勢力が衰え、次々にやって来る低気圧によってかきみだされ、春雨、なたね梅雨、はしり梅雨などといったぐあいで、気象はひどく不安定になる。
     この気象の動揺は、ただちに神経(自律神経)にはたらき、影響をあたえるわけだが、神経の過敏なものには、その反応が強くあらわれ、ために、そのはたらきに甚しい変調をおこし、全身の不調を覚えたり、ついには発病したり、症状が悪化したりする。したがって、そうした気象の影響によって、身体上に異常がおこるためには、健康状態ことに神経系が不安定で過敏、興奮しやすいという条件が必要なわけ。
     そうした神経の過敏性、興奮性はどうしておきるのだろうか。それには、生れつきということもあろうが、日常生活の不自然不合理ことに食養のあやまりといったこともあずかって、その度を強めることにもなるようだ。
     たとえば、冬の間はとかく高熱量食(穀・肉・糖・アルコールなどの濃厚食)となる上に、いわゆる冬枯れの季節で、野菜とくにナッパ類に欠乏し、ビタミンやミネラルことにカルシウムが不足がちになる。
     ところで、神経の興奮性はミネラルことにカルシウムの不足でたかめられるので、こうしたカルシウムの不足状態が、1月あるいは12月頃から3月まで、3〜4ヶ月もつづき、春さきの、いよいよ草木の芽立ちはじめる頃には、神経の興奮性は最高にたかまり、甚しく不安定になって来ている、と考えられる。
     ちょうどそこへ、上述のような気象の動揺がくりかえされると、ついには、健康状態に破たんを来すにいたるのだ。なお、春さきほどではないが、ちょうど同じようなことが、秋風のたちそめる頃、いわゆる秋口にも、みられる。
     これも、真夏のあいだ安定していた南方の高気圧の勢力が衰え、気象が不安定になる時に一致するわけだが、真夏の炎暑のために、食欲が落ち淡白食となる(極端には白米飯に漬物といった)一方、野菜ことにナッパ類の不足(夏枯れ)でビタミン・ミネラル、ことにカルシウムの乏しい不完全栄養に陥る結果と、みてよいだろう。
     もっとも、この解釈は、いささか、例によって青物にかたよりすぎた私一流の屁理窟になっているかも知れない。けれども、真冬の間から、あるいは真夏の間から、うんとナッパを食べ、青汁をのんでいれば、それまで故障のおこりやすかった人でも、いつも快適で、木の芽立ちもなければ、秋口もなくなる、という事実が、これを十分に証明しているのではないかと思う。



4. 食生活はこれでよいか

    姫路市 S.M. 

     ある家を訪問した時、ちょうど、おやつの時間だったらしく、ママさんを囲んで、小さい姉妹がにぎやかに何かを食べていた。私は、そんな風景が大好きなので、しばらく母子の姿に見とれていたが、やがて、そこいらをつたい歩きしていた一番小さい子の口に、ママさんが、あめ玉ほどのバターのかたまりを、ポイと投げ入れるのをみて、びっくりぎょうてんしてしまった。
     思わず、「だいじょうぶなの?」という目を向けてしまったが、幼児はいかにもご機嫌な様子で、口をもぐもぐさせているし、ママさんの顔に屈託がなかった。
     こんな小さな子までが、バターの味を知っているのかと驚いたが、そういえば、このごろの子供はチーズも大好きで、テレビのコマーシャルでみるように、うちでも、もっとチーズを厚く切ってくれといって困るのよ、と近所の奥さんがこぼしていたことがあった。
     バターやチーズばかりか、うに(雲丹)なども、近ごろの子供は好きらしい。
     大人が食べるものを子供も食べて悪いということはもちろんないけれど、うにが好きな子供なんて、何となくかわいげがない感じがする。
     こんな感じ方は、私だけのものかもしれないから、頭が古いと非難されてもしかたがないが、若い人の食べ物に対する考え方というか、受け入れ方についてみていると、かわいげがないどころか、すさまじいほどのものがあって、心配になってくる。

     こんな話をきいた。
     聞かせてくれたのは、小学校の1年を受持っている先生だが、クラスの中に、どうしても給食を食べない子供がいたそうである。1ヶ月近くなだめても、すかしても、ガンとしてきかないので、給食を食べない子は、もう学校に来なくともよいと言ってしかった。
     そしたら、「学校の給食はまずいから食べなくてもよいとママがいった」と、泣き泣き訴えたそうである。他の子供への影響を考えると、そのままにしておくわけにもいかないので、後日、その母親を学校に呼んで話をきいた。
     そのいい分はこうである。いくら栄養のあるものでも、まずいと思って食べたのでは栄養にならないから、まずいものは食べなくてもいい、と子供にいった、ということなので、学校給食をあなたは食べてみたことがあるのか、と聞いてみると、食べたことはないけれども、値段から考えてみておいしいはずはない、という答えであった。
     それでは、一体、家では毎日どんなものを食べているのかと問うと、その時、その時、子供が食べたいというものを食べさせている。給食ではそうはいかないでしょうと、逆襲してきた、あげくが、毎日栄養剤をのませているからだいじょうぶ。
     給食ぐらい食べなくても心配はご無用だ、ということであったそうだ。話をしているうちに頭が痛くなってきた。と先生はいったが、私も少々頭にきかかった。
     こんな考えの人は少ないだろうと思うが、私どもは、毎日いただく食物について、もう一度、考えなおしてみる必要はないであろうか。衣食足って礼節を知るという言葉を思いだすが、このごろは、衣食があり余って礼節も失われ、精神も腐れそうになっているように思われて仕方がない。
     時代と共に、大人も子供も、その嗜好が変るということは今後もあることだろうし、悪いことだとも思わない。けれども、あれが食べたい、これはきらいだと、選択することだけ覚えて、与えられたことに対して喜ぶことも、感謝することも忘れてしまっては、生命に対して、あまりに傲慢すぎるような気がする。
     食べたいものだけ食べるというのは、生命力のうすれた病人か、老年者の特権で、健康な若い人がそんなことをしていては、肉体ばかりか精神の成長もとまってしまうのではないだろうか。
     母子心中や、一家心中というようなことが、このごろまた、新聞に報ぜられるようになってきたが、戦前は、ほとんど親子兄弟食いかねての悲惨な心中が多かったのである。経済の高度成長のおかげで、今の若い人たちは、日本にもそういう時代のあった事を知らない。知りたくなければ知らなくてもよかろうが、現代でも、後進国といわれる国の人々は、今日も、明日も、飢えにさいなまされているというのに、そのことすら知らないでは現代人として失格です。
     食べ物には、いつも、まず感謝して向うことにしたいものだ。食べ物に対する侮辱は自分の命に対する侮辱だと私は思う。




5. カンゾウ(萱草)

     春さき、わかい芽を摘んでヒタシモノにして食べた。
     青汁にももちろんなる。花も食べられるそうだ。
     効用の第一は、何としても、憂いを忘れる、ということらしい。
     本草書には、

       「漬物にして食へば、五臓を安んじ、人をして好んで歓楽して憂なからしめ、身を軽くし、目を明かにす」
      (蘇頌)

     南方全集には、
       「萱草は、その苗を食へば、楽しんで憂ひを忘れるとあって、一名忘憂、又、忘草。
       それから、日本でワスレグサといふ。今昔物語に、紫苑をみれば思ふ事を忘れず。ゆえに嬉しい事があれば紫苑を、憂ひある人は萱草を常にみよ、とある。
       今も、支那人、一種の萱草、ヘメロカンス・グラミネアの花を乾し、夥しく在外支那人へ送るを、茶に煎じて用ひ、金鍼菜と呼ぶ。
       前年米国で調べると、頗る摂生に益ありと分った。その苗を食ふと、少しく酔ふといふから、後家婆さんなどが、憂ひを忘るる便りとなるべく、さてこそ、人の老母を萱堂といふのだらう」
      (南方全集七)

     また本草には、
     「身体煩熱を治す」(大明)とか、
     「湿熱を利す」  (時珍)とあり、
     奇魂には、
     「汁をとって傷寒の病を治す」。

     なお「小便赤渋」によいとあり、
     富士川游編の民間薬にも
       「淋(小便の出にくい病)に
       萱草の葉せんじ用ふ。
       多く用ふべし」
      (経験千方)
     と出ている。
     真夏に赤橙色のうつくしい花が咲く。
     枕草子に、
       「花さはやかに、かさなりさきたる、
       うべうべしき所、せんざいにはよし」
     とあるが、野菜畑にも等しい不風流きわまる私のうちの庭でも、それなりの風情をそえてくれる。


6. スモン病にうちかつ

    倉敷市 Y.K. 

    スモン病とわかるまで
     昭和42年3月28日、24才であったが、肝炎を患って倉敷中央病院に入院した。
     そして、ふつうの治療以外に、それまで家庭の食物とかなりちがったものを食べ、青汁も1合飲んで、食養治療もしてもらった。が間もなく、下痢が始まり、これに4月いっぱい悩まされたが、ようやく治って、6月上旬には退院の話が出るほどに肝炎が軽快した。
     ところがそのやさき、朝起きたとき突然、両足先におかしな痛みを感じた。二週間後には、ヘソのあたりまでシビレ、足の裏になんともいえぬ痛みを感じて歩行不能となる。
     7月には病棟が内科より整形外科に移り、この間、三度も病名が変わったが、8月にはいってスモン病ということになった。

    スモン病というのは
     ところが、ちょうどその夜、テレビでスモン病の説明があった。この病気は、昭和34年頃から急に目立ってきたものであり、外国では余り見当たらないものだ。
     だいたい4月から9月にかけて発生し、初期に下痢や腹痛など腹部の異常が起こり、短い場合は数日で治り、長い場合は一年以上も続く。
     そのうち足の裏にシビレを感じるようになり、経過するにつれて、腰からヘソのあたりまでシビレて歩行不能となり、ときに胸部や頸部から手にも及び、視力障害を引き起こすこともある。
     まだ原因が不明であるため、有効な予防法も治療法も確立していない。が、過労が大きな誘因となっているようであるから、この予防にも、十分な睡眠と栄養をとって、体力を養い、時期をみて、歩行訓練その他の機能訓練を根気よくつづけることが大切である。
     だいたい、こういった説明であった。

    退院して歩行訓練を
     そこで、このまま入院していても見通しは暗いと思い、8月10日、歩行不能のまま、弟にかついでもらって退院した。
     そして、中風を患った人に見習い、弟の肩にたよって歩行訓練を始めた。
     また、近所の人のすすめに従って、整骨院にも20日間あまり通院してみた。
     そうしているうち、どうやら一人で、タンスをつかまえて伝い歩きができるようになった。だがそのうち、どうも小便の出方が悪くなった。病院で診察してもらったら、スモン病が悪化したのではなかろうか、ということである。
     そこで、近所の人のすすめもあって、整骨院をやめ、イトオテルミー治療を始めた。すると、だんだん快方に向かって、うまく小便が出るようになった。
     そして10月1日には、ステッキをつきながらではあるが、近くの鶴形山公園まで行けるようになった。

    肝炎再発で再び入院
     ところが冬の間に、再び肝炎が悪化してきたので、43年3月初旬、再び倉敷中央病院に入院した。こんども、肝炎の方はだんだん軽快していったが、スモン病はどうもはかばかしく治っていかないので、前回と同様、6月初旬に退院した。
     このとき、たまたま遠藤先生にお目にかかることができ、とくにご注意をうかがった。
     すると、家では入院中のような食養生ができかねるので、とにかく青汁を毎日6合飲むように、また、根気よく歩行訓練をするように、ということである。

    徹底的な食養生を近所の人にすすめられて
     だが、わが家に帰ってくると、歩行訓練は以前の通りに続けたが、青汁については、ついご注意を怠ってしまった。が、幸い間もなく、これをありがたく、また申しわけなく思い起こすことができた。
     それというのは、家で開いている店に、いつも無漂白パンを買いに来る近所の松井さんに、なぜとくに無漂白パンを買うのか、お聞きして、私のスモン病について話したところ、青汁その他の徹底的な食養生を熱心にすすめられたからだ。
     そこで早速、それまで毎日1合飲んでいた青汁を、だんだんふやして6合にし、また、毎日の食物に、できるだけ既製の加工食品を排して、純正食品を取り入れ、さらに、菓子や砂糖を殆んど厳禁にすると共に、米食を日に一回にへらして、代わりにイモやパン・ウドンや大豆を取り入れるなど、思い切った食改善につとめた。
     すると間もなく、これまでとかく便秘気味であったが、とみに便通がよくなり、やがて食事もおいしくなり、だんだん体に元気がついてきた。
     とりわけ毎晩、スモン病のためか歩行訓練のためか、両下肢がひきつって安眠できず、ときに地獄のような夜を送ることもあったが、だんだんと安眠できるようになった。
     そしてそのうち、毎晩気持よく安らかに眠れ、朝は気持よく目ざめ、毎日の歩行訓練にいよいよ精が出るようになった。そうして今では、肝臓・腎臓その他にも、これといった異常はなく、ステッキなしでサッサと歩けるようになり、店の手伝いも元気よくでき、シビレも殆んどなくなり、毎日張り合いを感じて生活している。
     (この2月中旬に、岡大のスモン病研究班で受診したときは、症状は何もない。スモン病ではなかったのだろう、といわれた。)
     と共に、これまで台所の手伝いなどしたことがなかったが、毎朝早く配達される青野菜を待ち遠しく待ち、これを洗ってちぎり、ジューサーにかけて青汁を作っている。そして、この時間がなんともいえず嬉しく、「これを飲んだら必ず治る」という信念が、いよいよ強く湧いてくる。そして「よくなる、よくなる、必ずよくなる」と口に出して言いながら作って飲むのだ。大自然の偉大さと、この活用をすすめて下さった遠藤先生や松井さんに深謝しながら飲むのだ。

    家族もみな丈夫になる
     こうした私に刺激されてか、家族もみな青汁を愛飲するようになり、目に見えて丈夫になった。とくに母は、これまで体が弱く、毎週日曜日は店を休んで休養をとり、実はこの日を待ち遠しく感じ、また、夕方早く店を閉める日が多かった。
     だが、今では、ときに日曜日も店を開くようになった。そして、来店される方に、ときに青汁をすすめるようにもなっている。

    青汁をお互い熱心に知り合いにすすめよう
     ふりかえってみると、なにぶん重症であったためか、毎日1合そこらの青汁を飲んだだけでは、目に見えた効果が現われず、また、毎日6合にし、その上その他の食物を改めても、特効薬のような効果は現われなかった。
     その間、気持のあせりもあったが、松井さんが度々熱心にすすめて下さったので、毎日6合の青汁を作って飲み、その上その他の食物も改めていくことができたのだ。
     また、借用した遠藤青汁の会機関紙「健康と青汁」の綴りを読んで大いに励まされた。もし、お互い知り合いで、青汁を知らない方にはいうまでもなく、飲んではみたが効果が現われず、ついやめてしまった方にも、熱心にすすめてあげようではないか。特効薬のような効果はないが、毎日つづけて、しっかり飲んでいけば、スモン病のような厄介な病気も治り、確実に健康となるのだ。
     そして、この効果を身におぼえるまでには、熱心なすすめと励ましが必要なのだ。私も、及ばずながら、自分の体験にもとづき、さらに広く深く青汁と食養生を勉強して、できるだけ多くの人々にすすめたいと念願している。

    (43・12・2)



7. 久しぶり日本に帰って

    ロス Y.I. 

     有益無二の「青汁の会報」を、海路5千哩のロスアンゼルスまで、遙々と、毎月送っていただきまして、誠にありがたく拝見いたしております。
     先生のみ教えにそえますだけのグリーンジュースの材料としての、新鮮度・純度からは、日本内地よりずっと恵まれておりますうえに、豊富なるがために安価だということは、在来「青キチ」連には、ひそやかな誇りと安心感をもたらしている次第でございます。
     久方ぶり、なつかしの「日本の正月」を味わうために、旧臘から在日しておりますが、これも、先生のご指示の通り、「旅行用緑葉パウダー」を毎日欠がさず飲用いたしております。
     母国を悪く云う気は更々ありませんが、農薬、着色剤、防腐剤、その他の薬剤で汚染された日本内地の野菜をつかってのグリーンジュースは、ノーサンキュ(=もう結構)と知人友人の家に泊った日も、人前で、大威張り説明つきで、ジャンジャン、パウダーを飲んでみせております。
     お蔭様で、64才の私が、ロスアンゼルスのような、世界一気候のよいところから、厳冬の日本の積雪の中を、寒風の中を、北は岩手県から、南は熊本県まで、“冬の観光”としゃれておりますが、「オバーチャン若いね」と褒められて、
     「あたり前。日本内地にいながら『遠藤青汁の会』を知らない人には話せないね」と、もう一つ威張ってみせます。明朝、羽田を発ちましてロスに帰ります。


8. 青汁材料の入手について

     青汁愛好家のみなさん、遠藤先生と青汁のおかげで毎日お元気におすごしのことと思います。
     私の宅でも、なんともいえぬ、おいしい味のする冬分はいうまでもなく、どうひいきめにいっても、ちょっとまずい夏分でも、毎日休まず青汁を作って、一人1合ずつ飲んで、しごく丈夫にすごしています。
     ところで、青汁新聞で拝見しますと、一日1合は最低量で、2合3合と、もっと沢山飲めば、さらに丈夫になるとのことです。私の宅でも、もう少しふやしたいのですが、青汁材料のケールがちょっと高価なので、家計上どうしたものかとアタマをいためています。

     当地では、宅まで配達して頂いて、一袋(だいたい400グラム)60円ですが、みなさんの地方ではいかがですか。青汁新聞で拝見しますと、毎日2合から3合以上お飲みになっている方がかなりおられるようですが、どれくらいかけておられるのでしょうか。
     私の宅では、夫婦2人きりですが、一人軽く1合のむだけで、月に約1880円かかるので、2合3合以上となると、たいへんな金額になります。別にこれといった病気にかかっているわけではないので、他に少々やりくりしても、ちょっと決心がつきかねているしだいです。

     また当地では、青汁の配給といったことはなく、青汁材料の栽培ができない宅では、ケールを配達してもらって、宅で青汁を作ることになっています。
     これは、独身生活者にはちょっと不便でしょうが、家庭もちには、費用の点からも、成分や味の点からも、また衛生上からも、まことにけっこうなことです。ところが当地では、ケール栽培者と消費者との間に、配給のお世話をして下さる方がおり、この方が、ケールを洗い、ビニール袋につめ、これを配達者が配達するようになっているのですが、みなさんの地方ではいかがですか。栽培者が直接消費者に配達しているのでしょうか、その間に配給者や配達者がいるのでしょうか。もしいるとしたら、ちょっとぶしつけなことですが、その手数料はどうなっているのでしょうか。

     また、青汁材料の品種の選定や、その成分や味や安全の保証については、だれが指導的な責任をもっているのでしょうか。私たち消費者としては、栽培者にも配給・配達者にも、それ相応の利益は当然なことと考えながらも、できるだけ成分も味もよく、必ず安全なものを、しかも安価に手に入れたいのが、これまた当然の願いです。
     それには、さしあたり、配給者がケールをわざわざ洗ってビニール袋につめる必要はなく、畑から取り入れたまま古新聞でくるむだけで、けっこうだと思いますが。というのは、ケールは、畑から取り入れたとき、他の野菜のように、土などでそうよごれているわけではなく、また遠藤先生が常々おっしゃっているように、もともと安全栽培をしているものは、別にそう洗う必要はないわけです。

     それに、配達中どうしても多少はよごれ、また、しなびてもくるので、配達後、必ず洗って水分をつけ、とくに冬分以外は冷蔵庫に入れて、ピンとさせて青汁を作るわけです。
     また、ゆくゆくは、よくいわれているように、できれば栽培者が直接責任をもって配達し、たえず消費者と顔を合わせるようにできないものかと思いますが。
     また、配給・配達者がいても、栽培者と消費者の中間段階というよりも、栽培者と消費者の間を取りもつ立場にたって、お互いが度々顔を合わせるようにできないものか、そうした仲間を作るようにしてはと思いますが。
     そうすれば、栽培者も配給・配達者も消費者も、それだけ安心もでき、安定もするようになるわけです。そして、成分も味もよく、しかも安全なものが栽培され、また鮮度のよいものが安く配達されるようになるわけです。

     とりわけ、遠藤先生がたえず強調されているように、この頃の野菜栽培では、品種の選定はさておき、有機質肥料が少なく化学肥料が多く、その上、危険な農薬を使うことが、いわば常識となっているため、ふつうに栽培したものは、とかく成分も味も劣り、その上、多少とも危険なものになっているわけです。そこで、栽培者と消費者と配給・配達者がお互いに仲間になって、たえず顔を合わせ、互いに理解し信頼注意しあうようにすれば、それだけ成分も味もよく、しかも安全なものが手に入るようになるわけですが。



9. 植物性脂肪の効用

    脳卒中・心臓病、植物性脂肪で防げる
     国立栄養研実験で常識破る。コレステロール急減、治療にも手がかり。脳卒中や心臓病など、動脈硬化が原因の病気は、米などでんぷん過多で起きる。
     しかし、こめ油など植物性脂肪を食べると発病が防げるばかりか、治療効果まである。わが国死因のトップをいく脳卒中や心臓病とその食生活との関係を調べた研究が、このほど厚生省国立栄養研究所でまとまった。
     これは、昭和30年から行なった各地の実態調査と、動物や人体実験のデータをまとめたもので、脂肪食がいけないといわれてきた脳卒中や心臓病のこれまでの“常識”を打ち破るもの。
     狭心症の発作を起した人がこの油だけ毎日食べ、2ヶ月足らずでなおった例もあり、脳卒中・心臓病・高血圧症に対する新しい食事療法のキメ手としてこの研究は注目されている。

     脳卒中は昭和25年ごろから結核を抜いてわが国死因のトップになり。昨年は17万2129人がこのために死んだ。心臓病も、同じく33年からガンについで死因第3位になり、昨年の死者は74720人。不思議なことに、わが国では食生活の進んだ都市部より農村部の方が死亡率が高く、山形・秋田県など東北地方と、長野・山梨県などの死亡率は東京や大阪などより2倍以上の高率を示している。

     国立栄養研究所では、こうしたナゾを解くため、毎年東北各県と長野・山梨県の農村に出張、合計約2千人の人たちの栄食と病気の関係を調べた。
     この結果、これらの農村では、主食偏重のため、たんぱく質やビタミンなど、でんぷん以外の栄養素が不足し、労働が激しいこともあって、農民の多くが外見も身体そのものも早く老化し、年齢以上に動脈硬化が進んでいることがわかった。

     たとえば、岩手県のある部落では、一日一人当り全カロリーの8割以上を米食などのでんぷんでとっており、山形県の調査では、20代の青年が50代の人より血液中のコレステロールが多くひとつの老化の目安である副腎ホルモンは、40代の壮年の人が都会の健康な60代と同じ値だった。
     また、こうした農村部で多食されるでんぷんは、体内で牛の油(ヘッド)と同じように、飽和脂肪酸の多い堅い脂肪に転化し、このため、さらに動脈硬化を起しやすい体質にさせていることが、実験で確認された。

     一方、研究所の実験室では、あらゆる脂肪摂取を極力制限した動脈硬化症の病人食が、事実適当なのかどうか、細い実験を行なった。
     方法は、十人以上の健康な女子に、各種の食用油を毎日60グラムずつ一週間与え、血液中のコレステロールの増減を調べるというもの。この実験が、7年間にわたり続けられた。この結果、この油、コーンオイル(とうもろこしからとった油)、サフラワーオイル(紅花の実からとった油)、小麦胚(はい)芽油、サンフラワーオイル(ひまわりの実からとった油)など、植物性食用油を食べた人は、1週間で血液中のコレステロールが10%から17%も減り、大豆油やごま油、植物性マーガリンも若干コレステロールを減らす効果があるとわかった。
     しかし、反対に、天然バターやラード、動物性(ほとんどが鯨油)マーガリンは、17%から25%もコレステロールがふえた。またシロネズミを使った動物実験では、しいたけを毎日5、6個食べたネズミは血液中のコレステロールが12%減り、こんにゃくの粉を5%混ぜたえさを食べたネズミはコレステロールが半分以下となった。

     このほか海草の成分のアルギン、リンゴやミカンの皮に含まれるペクチン、くるみなどの木の実からとった油、各種の食用キノコなど、山の中の“仙人”が食べるような食物性脂肪は、確実に血液中のコレステロールを減らす効果があった。
     これらは、いずれもリノール酸のような不飽和脂肪酸を多量に含む脂肪で、実際に、こうした植物性脂肪を狭心症の発作が起きた人に2ヶ月間毎日与えたところ、はじめ血液中のコレステロールが100C.C.中300ミリグラムあったのが、日本人の標準である200ミリグラムに下がり、症状は消え血圧も目立って低くなったという。

     現在、脳卒中や心臓病など、動脈硬化症の治療法としては、病院でも、患者も安静にさせて、コレステロールの血管付着を防ぐ薬品を与えることなどが行なわれているが、一般には「完治は不可能」という意見が強い。
     こんどの研究は、こうしたむずかしい成人病の治療にひとつの手がかりを与えるもので、栄養研究所の鈴木慎次郎栄養生理部長は、「完全になおるまでには時間がかかるが、いまの段階で、食事療法が最も有効であることは確かだ。30歳を過ぎたら動物性脂肪から植物性脂肪へ食生活を変えてほしい」と言っている。

    (日経 43・8・23)



10. がらがら声治る

    広島市 T.M. 

     私儀ますます元気にて、先生のご指導による青汁党をつづけております。
     今では、私の伝授により青汁党になったもの約30名。
     それらが、また伝授したりして百名以上になったと存じます。
     またご送付下さいましたケールの種子も、毎年採取、分配しておりますので、これも、先生からの種子の孫曽孫とひろがっていることと存じます。
     こうして人を喜ばせ、弱い者を助けるということは楽しいことだと、66才の今日、つくづく痛感しております。
     さて、これら我党の士の中に、さいきん、鼾声の激しかった者(肥厚性鼻炎、蓄膿症を幼時やり、老来がらがら声で、我々も喉頭癌にならねばよいがと思っていた者)が、薬店でオリーブ油を買って来て、鼻の奥や咽頭に湿布しているうちに(勿論、一ヶ月前、私のすすめで青汁党になり、物凄い熱心者)、鼻の奥や咽喉が、朝起きた時カラカラに乾くのが止り、一緒に、がらがら声が大分治ったので、一杯やると、お礼だと、仲々いい声で、明治調の詩吟や、黒田節をやってくれます。
     青汁もオリーブ油も続けるんだ、といっています。私見では、治ったのは青汁のおかげだと信じますが、オリーブ油をながく続けてもよいものでしょうか。
    答 差支ありません。青汁だけでよいとは思いますが。(遠藤)


11. 虫がつかぬ

    岡山県 Y.O. 

     4月と5月に、青汁教室で頂戴いたしました種物全部が見事に成育いたしまして、ケールをはじめ、その他も沢山出来ました。
     30坪をご指導通りの作り方をいたしますに、少し遠いものですから、有機質に石灰をまぜ、時折はこびましたが、仲々骨が折れました。おかげで、地がこえました。そして、青虫が案外つきませんので、不思議な感じがいたしてなりません。
     このように虫取りに骨折らずに作れますなら、苦労はありません。
     少しはいるという程度です。以前は、穴だらけと申してよいくらい、虫にやられて困っていましたのに。
     (堆肥や緑肥などの有機質肥料や石灰が十分だと作物が健康で、虫や病気にやられなくなるのです)


12. シンをついている

    栃木市 K.O. 

     青春時代、体が弱く、すぐ風邪をひき、気持の暗かった日々を送りました。
     自分としまして、いろいろの健康法をやりましたが、「青汁」がやはり、毎日の食を正し、一番丈夫になるシンをついているように思います。
     いま色々忙しくて、予定通り「青汁」を飲んでいません。落ちつきましたら、すぐケールをとって来て「青汁」をつくり、先生のいわれる緑葉食を、妻と一緒にやってみようと思います。当地では、「青汁」といっても、なかなかわかってくれず、早く普及に努力しなければ、と思っております。


13. 狭心症の発作おさまる

    下関市 T.K. 

     先生の青汁のお話は、お礼の申しようも無い程ありがたく、感謝のうちに、永年にわたり実行いたし、お蔭様で無事な日々を過ごさせていただいております。
     狭心症でしょうか、胸からこみ上げてくる発作も、2〜3年前より殆んどなくなりました。いつまでも、いつまでも続けて愛飲したいと思います。


14. 調子がよい

    兵庫県 M.K. 

     この春、友人よりケール苗をいただき、植えました。
     みごとに大きく育ち、毎朝、3枚づつのんでおります。
     大変、身体の調子がよくよろこんでいます。


15. 永らくの皮膚病

    大分県 S.O. 

     軍隊時代からの皮膚病ももう完全に根治いたしました。
     血圧も順調で、暑い夏も軽快に過ごしています。


16. 元気のよい病人

     よく肥り、血色のよい病人が少くない。
     一口にいって、ご馳走の食べすぎによる血の濁りのための病気だ。
     そういうものには、以前は、断食をすすめたり、潟血をした。
     今は、皆欲ばりで、わがままなので、ますますご馳走でなければご機嫌が悪いし、輸血はしてもらっても、血をとられるなんてとんでもない、といった具合で、ただ薬ばかりにたよっている。
     イモ、マメ、ナッパの完全食の少食に徹底することが出来ねば、せめて、週一回か二回、野菜果物だけの日にしたり、青汁だけの日にしてみてほしいものだ。



17. 自然の法則に従って

    仙台市 T.S. 

     現代の病は食生活の誤りから、といっても過言ではありません。
     酸性過剰体質になっておるからと考えております。
     小生の体質も同じでした。玄米菜食、青汁食をつづけましたら、本当に健康になりました。
     今後は自然の法則にしたがって、百才突破作戦に進もうと考えております。
     それには、食だけでなく、身、体ともに健康な体、無心の境といいますか、いろいろ体験したいと考えております。


18. 眼も快調

    倉敷市 M.I. 

     お蔭様で眼の方も快調。子供たちも元気です。長年の胃腸病まで治りました。


19. 質問箱 挿芽するとき

    清水市 H.K. 


     挿芽するとき、脇目をかいで、葉を全部とりのぞいて、枝だけにして挿すのですか。


     そうです。少し長けた脇目がよろしい。大きい葉をとり除き、小さい葉だけにして挿して下さい。



コラム紹介

    薬といふものは、皆な毒物にして、平日嗜むべき物にあらず。
    病に攻められくるしむ時、止む事を得ず病邪を駆するに用ふる物なり。
    今世の人は身を養ふ物とおもひ、持薬などとて、日毎に薬を服し、
    却て身をそこなひ世を早くする人多し。

    小川顕堂 養生嚢



    心を養ふは欲を寡くするより善きはなし、
    その人となり欲寡ければ存ぜざる者ありと雖も寡し。
    その人となり欲多ければ存する者ありと雖も寡し。
    孟子



    美人と名馬は、誰だって好きだ。
    しかしこれのみに心をとらわれては、
    名をけがし、徳をやぶってしまう。
    ジンギスカン



    わすれ草吾が下紐につけたれど
    醜の醜草ことにしありけり
    家持
    わすれ草垣もしみにうゑたれど
    しこのしこ草なほこひにけり
    万葉集
    わすれ草種とらましを逢ふことの
    いとかくかたきものと知りせば

    恋ふれども逢ふ夜のなきはわすれ草
    夢路にさへや生ひしげるらん
    古今集



    茶は能く悶を散ずれども功をなすこと浅し。
    萱は憂を忘るといへども力を得こと微し
    (白)(和漢朗詠集)



    人生は学校である。
    そこでは不幸の方がよい教師である
    フリーチェ



    青汁の…キャッチフレーズ
                         深山 旅愁
    大自然の天恵を飲もう。青汁はからだに美と力を与える。
    大自然の緑血を飲もう。青汁は病者の生命を伸ばす。
    大自然の活力を飲もう。青汁は都会人の健康を保つ。



    人生の声
    沙門  悟
    決断は一日おいた朝がよい。








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