健康と青汁タイトル小 <1959年7月15日発行 第35号>
 目次




1.アセモ

     医学博士 遠藤 仁郎 

     名まえの示すように汗にまけて出るものですから、汗かきの者に多いが、皮膚の抵抗力にも関係します。大体ふとっているものに出やすいのですが、それは肥えていることは分厚い脂肪の外套を着ていることなので、体温の発散が悪いため、汗をかいてこれを調節しているからです。
     さて、肥えるとか痩せるとかいうことは、生まれついた性質(体質)によることはいうまでもないのですが多くの場合食べすぎからです(運動の不足もありますが)。からだに脂肪がつくのは脂肪食が多いためと普通かんがえられますが、それよりも、むしろ糖質(澱粉や糖類)の過剰の方が、もっと大きい原因で、穀物や芋や砂糖や菓子類がすぎるとよくふとります。それに、こうした食物に偏って、野菜や果物が不足すると、カロリーばかり多くて、ミネラルやビタミンが乏しいので、からだ全体の抵抗力がよわるのと同じく、皮膚の抵抗力もよわりいろいろの刺戟にまけたりバイ菌におかされたりしやすくなります。
     そこで、汗の刺戟(そういう濃厚食での汗は、そうでない場合よりも濃厚で刺戟が強いともいわれます)でもすぐにやられ、アセモになり、進んで膿んだり腫れたりします。ですから、アセモは、偏食がちで菓子ずきの子供やブクブク肥りのものに多いし、母親の食べ方が濃厚食に傾いていたり、砂糖のつかい方の荒い人工栄養の赤ん坊などに、ことに多いようです。
     また着物や部屋の模様にもよります。今ではもうそういう馬鹿なことをするものもないでしょうが、以前には、よく風邪をひかすまい、お腹をこわさすまいとして、真夏の最中にも、厚着をさせて包みこんだり、部屋をしめ切ってしまったりなどしたものです。 これでは、まるで「むろ」の中で冬装束をしているようなものです。汗は出る乾きは悪いで、よわい皮膚はすぐにまいってしまいます。
     ですから、アセモの予防にも治療にも、まずあまりブクブク肥らぬことです。それには、栄養素のよくそろった完全食を少しとるようにし、青汁を励行。穀類の偏食や糖分の濫用をさけ、間食には菓子はやめて果物にします。母乳栄養の赤坊なら、母親の食べ方を出来るだけ完全にして(緑葉食、青汁)、出る乳の性質をよくするようつとめる。といってもお腹はよくすくし、所謂滋養をとらねばという気持がつよくて、つい濃厚食の過食になりがちですから、せめて青汁だけでもしっかり飲み、赤坊にも飲ます癖をつけることです。また人工栄養ならば、充分に青汁を配合した乳にし砂糖は入れぬか、ほんの少しだけに止める。
     そして一方、衣服はなるべく薄く、出来れば素裸にする。部屋は風通しをよくし、夜間も窓は解放して、夜具もうすく、出来れば腹巻きだけにしてやる(なれればこれもいりません)。乱暴みたいですが、食物が完全ですから、それでも決して風邪をひいたり、お腹をこわしたりなどするものではありません。汗のかき方が少いから相当暑さのきびしい夏でもアセモを出すことは無く、たとえ出ても大したことはありません。
     頸すじや腋下、股のタダレなども同じで、結局肥りすぎがもともとの原因ですから、食物に注意するだけでもかなり防げもするし、よくもなります。
     ついでにアセモやタダレにつける薬について。
     昔から天瓜粉や亜鉛華などが使われていますが、やはりそういうものが一番無難です。なるべく混り物のない純粋なものをもとめ、袋に入れて、軽くたたく。要は肌を乾かすのが目的ですから、特別な薬でなくてよろしい。いやに勿体をつけた、むつかしい薬のはいった奴は却ってカブれたりするものです。ことにペニシリンなど新薬の配合されたものになると、知らぬうちにそれに感作されて過敏体質になり、あとで思いもよらぬ大事故(はげしくショック死といったような)のもとになったりすることもあります。
     アセモくらいのことでそうした目に会ってはたまったものではありません。
     それはともかくとしても平生の注意をおこたっていて、薬ばかりにたよろうとする、所謂文化的なやり方は、あまり賢明だとは申し上げられぬ、と私は思います。
    (1959・7 遠藤)



2.私の健康法

    富山市 K.T. 

     私は明治28年20歳で四校医学部へ入学(当時は一部、二部、三部みな無試験でした)。私は小さき士族の長男にて学費の都合上医学部へ入学しました。
     2年生の外科総論に、木村孝蔵教授(後に大阪高等医学校へ転任)が冷水摩擦の強健法を力説され、私は愚直者ゆえ、そのまま信じその翌日より今日に至るも励行しています。(明治44年11月独逸からの帰途西比利亜汽車浴室にても行いました程です)
     数年前から、熱湯(アチチという程度)にて、毎朝手拭にて全身をぬらし、石鹸をつけ、「亀の子タワシ」で全身を強くこする(従来入営の兵隊さんが亀の子タワシ法を行っていたと思います)。
     茲に特に申上ぐるのは、熱き湯で陰嚢部の罨法を適当に励行する事です。
     それから冷水で全身を拭いてから、乾燥のタオルにて能くコスリ、サルマタをはき、徒手体操を行う(昨夜入浴しても今朝また行う!)。
     卑見では、外皮(外表)の知覚神経が、生命の中心なる間脳へ刺戟を与え、それから脳下垂体と副腎へ「ストレス」を与え、内分泌をも高むる事が、有効並にまた自律神経系の均斉を良くする事だと考えています。
     明治41―43年(1908―1910年)、その期間は満3カ年に1ヶ月切れましたが、ミュンヘン大学(2年)、ウユルツブルグ大学(1年)。この3カ年間に独逸人流に好んでジャガ芋をたべる習慣を覚えました。黒パン好きですが入手不可能。永らく米食を致しませぬ。
     当金沢医大病理学教室へ入ってから6年になりますが、学費上の都合とまた田上式我流の食養法にて、全部自炊しています。それは毎日ゴマの油、ワカメ、ニンジン、ジャガ芋、パン少々、バター、蜂蜜を用います。富山から鰯のテンプラ、焼豆腐の煮つけ其他、時節により質素なおさいを持参する。茲に特記したきは牛乳を毎日3合用いること。近来はクキタチ(青野菜の一種)を軽くゆでてたべます。富山では(毎土曜帰宅し)青汁を用います。本日も約3合を服用、健康保全増進につとめています。
     遠藤先生の卓説と偉業には深く敬意を表している。私共医学に在る者は、かなりに多き虚弱体質、又は不治的疾患、或は老年病等につき、世人と共に懊悩しています。今日医学が進歩せるも、病養上殊に食生活上の根本義に於て、緑葉食青汁の話、幾多の有益な実証につき大いに学び深く反省し、遠藤博士式「安価完全保健食完全治病食」を絶叫したいのです。
     この点には岡山県三木知事(3選の名誉あらるる)、倉敷中央病院長山崎博士方の立派な序文、並に遠藤先生の自序が強き確信を以て医学上の見地から述べられてあり、且つ又県衛生部長並に新聞社方々の理解ある御協力、即ち岡山県の傑出せる厚生保健観は全国羨望の的です。私共は全国的に実行さるる事を切望するのである。
     私は斯の尊き優越なる遠藤博士式食養法を、自らの大なる誇りとし、深き自信を以て、遠近の知己友人同僚等、かなり沢山の人々に勧誘し、又「ケール」の種子をも汎布寄贈し、宣伝に努めている。こは隣人愛=神の趣旨=であるからです。
     富山本宅の息子(医博)夫妻も共鳴し、新鮮豊富な青野菜食並に青汁服用を嗜好しています。
     各位と共に私達は遠藤食養法を讃美し、深く感謝の生活をしているものです。
     主よ願くはこの偉業発展の上に守り給え。聖名を崇めて祈り奉る真実真実。(4、28、研究室にて83翁謹記)

     ◎田上先生は本年83才。家業は御令息にゆずられ金沢大学医学部石川病理教室にあって、今なお孜々として御研究に精進されています。(遠藤記)



3.保健と体操(5)
前号参照クリック

     貝原 邦夫 

     8両脚を開き、うでの振りをつかって、踵を動かさないよう体を左、右に廻す。振り終った腕は力を抜いて軽く尻にふれる。眼は振り終った手先を見る。

     9脚を大きく開いて、腕の振りを利用して、前は地上すれすれに、後は天に向って出来るだけ大きな円を描く気持で左、右に体を大きく廻す(膝を屈げると動作が大きくなる)

    10整理運動
      体の力を抜いて軽く腕を前に上げ下げしながら、ひざを半ばまげ伸しする。

    11呼吸 
      腕を前から上に挙げ側に下す。又は掌を外にかえして静かに呼吸運動をする。

     註
     ・回数は数回〜20回位まで体の調子に合せて適当に。
     ・戸外で行う場合は9の次に全身の力を抜いてバネの様に軽く50〜100回位まで跳ぶ。

     完 



4.(随想) 生きていた鼓動(13)
前号参照クリック

     K.I. 

     これまでに、よく健康を取りもどすことが出来たことに、私は不思議な驚きを感じています。そして、驚きが脚跡をふりかえって見て唯感無量です。あの他人から見たら馬鹿げた安静度、大事の上に大事の歩踏みをして来た療養、春は陽気な風を運んできましたけれど、桜花便りのニュースは、浮かれた流行歌をただよわして誘いましたけれど、勿論、私は病室をぬけ出して、浮かれた若人達にまじって、お花見をしたかったですが、又、夏は涼風を黄昏の窓へ送ってくれましたけれど、あの薄着姿の美しい人達と一緒に、夜一の街を歩きたく思いましたけれど、現在(入院当時)のタイムは、たとえ1時間でも大切なタイムなのだと思い、今少しぐらいと無理したばかりに、先でどんなに後悔するかもしれない。
     ベットの上で、おとなしく療養しておこうと、はやる心をしかりました。そうした心構えが結果に於ては良かった様に今はしみじみと思え出し、自分のその当時の心の有り方に感謝したくなります。と当時に、その頃を思い出して、御厚情に接しましたK・C・Hの院長、副院長、婦長を初めレントゲン科のT医長、外科のF医長、それから病舍付の看護婦さん達そのほかお世話にあづかった人々へ心からの敬虔な感謝を捧げさせて頂きます。
     特に、外科医長F医師――藤岡先生の、私へ寄せられましたお言葉の数々は終生忘れないと思います。
    〃痛かったら言えよ、注射を打ってやるからなあ〃 〃がまん出来るか、も少しだからなあ、辛抱せいよ〃これ等の温い言葉は、当時病室の廊下を足音高く来られたF医長のボリュームある足音と交錯していまはかえって頼もしく思い出しています。
     何事によらず、無理することはよくないようです。〃無理を通すから、道理がひっこむ〃 その通りだと思います。私が胸部を手術をしなければならないハメに落ち込んだのも、無理をした結果だったのです。よくこの点を考えてみてください。あなただって思い当ることと存じます。そして、予感と言うものも有るようです。それがよく的中することに驚きます。
     〃今日は行きたくないなあ〃とか 〃こんなことしない方が良いようだ〃とか 〃ほしくないのになあ〃とか こんな時は、自分のいま一つの他の言葉が教える声にしたがった方が、たいていの時に良い結果を得るように思えます。病気の療養だって、薬品にだけたよって居るので良いでしょうか。その他に、心の持ちかたや食べものにも考える処はないでしょうか。私は大いに有ると思います。心の持ち方、つまり気分のありかたが一番だと思います。次に食べもの即、自然食に近い食物を主にすべきだと思います。その次が薬です。無理のない肉体の静養のなかで、適当な量を、必要な薬を、気長に服用することではなかろうかと思います。

     いまわしい胸部の病気で長く病床におありの人達へ私は申上げましょう。〃元気を出すのですよ、ね、元気を、いいですか、病気にのまれちゃ駄目ですよ〃と・・・・。

     私も手を差し出しますから
     あなたも手を差し出してくださいね
     しっかりと握手しましょう
     血をわけたキョウダイみたいに
     私が歩んできました
     この病気でのみちすがらの事で
     あなたの知りたい事がおありなら
     あなたのお役に立つことが有りますなら
     私はお話し致しましょよろこんで

    ・・・・私は再び申します。〃元気を出して下さい〃と、
        そして、〃がんばるんですよ、いいですか、と・・・・

     いま私の眼の前には、黄バラの木がいくつかの蕾をつけて居ます。その或る蕾は、ふっくらと、いまにもひらくかにみせています。なかばひらき咲いて、甘い香を放っています黄バラの一つに、私は見入っています。このバラの木だって、そうだよこがらしに荒らされた日もあったのだね。霜をかぶった朝もあったのだね。そして、春のこの季節に、こんなにも美しく、これ程にも甘い香をただよわせているのだね。涙のあとの喜び――そうだよ、これが人生の本当の味なんだ。
     私の別のいま一つの意識は、こんな風景を描いて、こんな想いにふけっているのです。大自然のなかには多くの捨て難い教訓を私たちにだまって教えています。

     完 



5.骨折の後療法

    香川県 T.Y. 

     32年10月16日工場の屋上より、瓦が割れまして、地上9メートルぐらいの所より転落し、右大腿部開放性骨折し、高松市の外科病院に入院しました。
     肉はぐずぐずになり、足はぼってり腫れ、化膿しました。そして病院に5ヶ月おりまして退院しました。
     その時三木町のマッサージに行き青汁の話をきき、それから毎日毎日実行したところ、体は元気になり、骨は1/4ぐらいしかついて居ないのに、自転車にも乗れるようになりまして、現在の体重は17貫くらいになり、胃も腸も健康になりました。(33、7、16)



6.グリンジュース

    吉備小 E.D. 

     グリンジュースはにがいが、いろいろなことを考えるとにがいどころか、かえって私のような者には、おいしいくらいです。
     吉川先生、小使のおばさんが毎日大変えらいのに、つくってくださったのに、にがいと言うのは悪いと思います。そう思っていても飲むときが来ると知らず知らず「少しよ。にげえばあじゃあ」と言ってしまいます。
     私がにがいと言うグリンジュースを飲んでいるのはこんな理由があるのです。
     私は大変やせているので「骨皮筋子さん。メエメエやぎさん。」と友達に言われました。
     その時から体重測定のある日は朝なきながら学校へ行きました。又(夏でもズボンをはいて、学校へ行こう。)と思ったことも何度かあります。スカートをはいて行くと男子に「おい、足がおれそうなぞ。」と、言われました。私はくやしくてなんとか、ふとる方法はないかと、そしてお母さんにラジオでせんでんしているビタミン剤をかっていただいて飲んでみました。ききめがありませんでした。
     いよいよ5年になる日がきましたが、心は真暗でした。それは新しい友達に「やぎ」といわれたらどうしようと心配していたからてす。そしていく日かたったある日やはり私と同じあだなの岸本さんが「あんた、グリンジュースを飲んでごらん。私は冬になったら肌がわれてくるから飲んどんよ。」とおしえてくれた。これはよいことを聞いたと思いさっそく次の日から飲むことにしました。ふしぎなことにグリンジュースを飲むようになってからは乗物よいしないようになり、おいしくなかったごはんもおいしくなりました。夜ふとんにはいってもなかなかねつかれなかったのが、ふとんにはいるとすぐねむれるようになった。
     それからは人がなんといっても(フン、そんなこといようやれ、グリンジュースを飲みよんじゃから、今に太るんじゃから)と心の中でいってやりました。グリンジュースはビタミン剤より高かなききめがある。
     グリンジュースをつくる野菜をつくってくださるお百姓さん、運んでくださる人、吉川先生、小使のおばさん、たくさんの人のあたたかい気持はとおといということがわかりました。そして自然にとれるビタミンのおかげかもしれません。ふとった人を見ると今に私もあんなになるかと思いながら楽しみにして飲んでいます。そしてふとった私のすがたをゆめみながらその日を待っています。



7.体の調子

    東京都 S.S. 

     私も青汁2年目の夏が近づき、ますます調子が良好で、体のぐあいが(あちこち)わるくなっても恢復が早いことが目立ちます。これがこの頃の体験発表でございます。

    (34、3、19 通信より)



8.半身不随

     只今低血圧の70才のおじいさんの中風で半年過ぎた方の治療をいたしています。
     青汁を唯一の力として、1日に少しづつですけれど何回ものんでいられます。
     左半身ブラブラでした。少しでも動かすと痛み、大変でした。
     それで、いつも焼けた灰の中に手を入れている様だったのですが、私が行きかけて50日、手も足も引く力が出て来ました。通じも自然便があるようになってよろこんでいられます。
     柿の葉、アオジソの葉、アカザの葉、浜チシャ、オクラの葉、ケール、キャベツに加えてのんでもらっています。(33、8、15)



9.喘息のシブトさ

     大阪市 M.Y.

     お陰様でどうにか過させて頂いています。あれこれやってみますが続けて出来て、副作用もなく、しかもよく効くというのは青汁以外にありません。
     どれもこれも効能書の様な効果はサッパリあません。
     喘息のシブトさにはホトホト弱らされますが、大事に抱いて行くより仕方がありません。

    (33、1、5 通信より)



10. 質問箱

    和歌山県 T.U. 

    野草樹葉には?
     御著にハコベ、ヨメナ、クローバー、柿、藤、松等の名前がありますが、その他手近にある野草樹木にはどのようなものがありますか?


     いろいろあります。
     「緑養食青汁の話」の材料のところにもあげている通りです。まだまだ沢山利用できるものはあります。しかし名前が地方によってちがうのもありますから、植物図鑑をみたり、その道のくわしい方(小学校や中学校の先生など)にご相談下さい。



11. ニンジンの汁

    西宮市 Y.S. 

    青汁の中にニンジンの汁を入れるとビタミンCをなくするとか? 
    ニンジンの葉は青汁に適当でしょうか。


     ニンジン(根)にはビタミンCをこわす酵素がありますからその心配はあります。しかし入れる分量と時間とによることですから少量を入れすぐに飲むのであればそう大した影響はないでしょうニンジン葉は大変よい材料です。精々ご利用下さい。








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